第81話 女神が姿を現し、お告げを与えた場合(2)
おれだって、できれば、誰かにこの状況を説明してもらいたい。
それに、ここまでの話を聞いていたら、こいつらが何者かなんて、分かるだろうに。
まあ、キュウエンや男爵にとっては、分かっていて、それでもその事実を認めたくない、ということもあるのかもしれないけれどね。
ふぅ、とおれは息を吐いた。「・・・この三人は、キュウエンが探していた人たちだ。一人は巡察使で、残りの二人も、まあ、似たようなもんだ」
「まさか、オーバさま・・・」
「その、まさか、だよ。キュウエン。この三人は正真正銘、本物の、王都の手の者、だ。それと、今までに何回も言ってきたけれど、改めて言うぞ。おれは王都とは何の関係もないからな」
キュウエンはその場で固まり、男爵はごくり、と唾を飲み込んだ。
時間を巻き戻すことはできない。
死んだ人間が生き返らないのと同じだ。
「王都から巡察使が来ていたことを知っていたのだな?」
「ああ、知ってた」
「それも、支配者は自分で獲得しなければならない情報だったのだな?」
「おれは、そう思うけれどね」
巡察使は男爵にもキュウエンにも興味を失ったように、力を抜いて、他の二人に向けて軽くあごを動かし、三人そろって、そのまま神殿の外へと出て行った。
本当に、おれのことを助けに来てくれただけらしい。意外と親切でびっくりだ。敵だと決めたら容赦ないけれど。
おそらく、そのままこの辺境都市アルフィを去るのだろう。血にまみれた剣を持って。
あれ? あいつら、結局は辺境伯に味方したって、結果になってないか?
男爵は、三人が去った神殿の入口を見つめながら、拳を強く握りしめ、顔を赤くしている。
「なぜ・・・なぜだ。なぜこうなったのだ・・・」
「ん? そりゃ、自業自得だろ」
「く、そなたは・・・」
「大草原で何があったのか、さっきの兵士長から聞いてないのか?」
「・・・報告は受けた」
「そっか。じゃあ、これは知ってるのか? 大草原の氏族同盟を崩壊させるために、セルカン氏族の子どもをさらって、難癖をつけてセルカン氏族と他の氏族たちの戦闘に持ち込んだ辺境都市の隊商がいたこと。その隊商が実は兵士たちの偽装で、エレカン氏族とヤゾカン氏族をそそのかしていたことを」
「どういうことだ?」
「・・・あんたが大草原に行かせた密偵たちが、大草原の氏族同盟とおれたち大森林を敵に回すような行動をしたってことさ」
「馬鹿な? 部下たちに命じたのは、大草原の調査だけだ!」
「それ以上にやっちまったんだろうな。手柄がほしかったか、もしくは、大草原の誰かに踊らされたか、そのどっちかだ。両方かもな」
おれは、入口付近で二度と口を開かなくなったエイムの父、ガイズを見た。
おれを避けるようにして入口付近にいたため、入ってきた王都の密偵に斬られて死んだのだ。
息子のナイズはおれが骨を折っただけだから、一応、まだ生きてはいる。
偽装商人を演じた兵士長も、骨折で気絶しているだけだ。
ガイズは運が悪かったのだろう。
「そこの兵士長は、大森林の直前まで来て、仲間を二人失い、生き残った他の二人ともはぐれて、しかも大森林のことはほとんど何も情報を得られず、だ。大草原を探って、大森林との関係を突き止めたものの、大森林のことは何も分からないまま。そんな状態で、何の手柄もなく、ここまで戻るに戻れなかったんじゃないのか。
結果として、いろいろなことに手を出し、大草原に大きな争いが起きて、辺境都市は氏族同盟から敵だと認識されたもんだから、戻ってきても、まともな報告などできないんだろうよ。
そこに、大森林のおれがこの町の神殿にいると気づいたもんだから、おれのことを敵だと始末するように、男爵、あんたを誘導したんじゃないか、という風に考えてみたんだが?」
「まさか?」
「・・・まあ、男爵と兵士長のやりとりを直接見てた訳じゃないからな。でも、誘導された奴は誘導されたことに気づかないかもな。よく思い返してみろ。これまでに、おれが、あんたの不利になるようなことをしてきたのか?」
「いや、そなたは、アルフィの町を守るために、協力を・・・」
「うん、そういうことだな。おれが王都の関係者か、大森林の関係者かというちがいについては、おれが男爵に協力していた事実と切り離して考えれば簡単だったのに。その、協力者であるおれを兵士長は殺そうとしたにもかかわらず、あんたは止めようともしなかっただろう? さすがにおれだって、こんな目に遭ってまで、あんたたちを助けるつもりはないからな。明日、この町を離れるよ。おれと一緒に行くという住民を連れて」
「オーバさま!?」
キュウエンが慌てておれの名を呼んだ。
おれはキュウエンを振り返りもせず、そのまま男爵を見た。
今は姫さんの相手をしている場合ではない。
「邪魔するなよ、男爵? ただでさえ、この騒ぎで100人くらいの兵士が戦えなくなったんだ。これだけ戦力が減ったら、東の外壁、もたないだろ?」
「・・・100人、か。今さらだが、痛い、な。なぜか、今は、辺境伯が攻めてこないのが救いだが。いや、それも・・・もう言うまい。オーバ、そなたは、100人が相手でも、何ひとつ動じず、平気で打ち破る。その上、頼みもしないのに助太刀がどこからか現われる。助太刀などなくとも、100人全てを打ち倒せるほどに強いにもかかわらず、だ。アルフィの町は、そういう強い味方を、今、失ったのだな」
ちなみに、今、辺境伯が攻めてこないのは、突然軍師がいなくなって、混乱しているからだと思います。その軍師は、全裸で森の中に吊り下げられてます、はい。やったのはおれです。
軍師がいなくて、辺境伯軍が動かないというのも、本当に短い期間のことだろうし、ここまで来て、軍師がいないから戦わない、などということもないだろう。
「おれはいつでも、おれの好きにするだけだ。男爵に協力したのも、この神殿での暮らしがそれなりに楽しかったからだし、そうしたかっただけだからな。気まぐれだよ。ま、女神の力も借りて、住民には避難を呼びかけるぞ。住民がアルフィには一人も残らないかもしれないが、覚悟しとけよ」
冗談だ。
そんなことはありえない、と思いつつも、笑ってそう言ってみた。
ぎすぎすとした会話は、楽しくない。
「・・・せめて、住民の命ぐらいは救ってもらえるのなら、文句も言わんし、邪魔などせんよ・・・」
男爵は全てをあきらめたように、小さくそう言った。「本当に今さらだが、そなたを信じることができなくて、すまなかった」
おれは何も答えなかった。
おれたちの会話を無視して、クレアは再び住民たちの治療を始め、フィナスンの手下たちは、礼拝堂に倒れている兵士たちを、怪我人も、死人も、次々と外へ運び出していった。
神殿の外での怪我人や死人も同じだ。淡々としたその作業っぷりは、この町とフィナスンとの決別を感じさせた。
男爵は、全ての兵士が運び出された後、最後の最後に神殿を出た。キュウエンは一歩、男爵の方へと足を踏み出したが、二歩目が続かない。そして、そのまま神殿に残った。おれも、クレアも、そんなキュウエンに対して、特に何も言わなかった。
こうして、辺境都市の落城につながる、神殿での争乱は幕を閉じた。
近いうちに、辺境都市は落ちる。城を落とすなら中から落とせとはよく言ったものだと思う。東の外壁をどれだけ攻められても持ち堪えた兵士たちが、この神殿での戦いで数えられないほど死んだし、骨折によって戦闘不能になった。
手強い敵には、その中に争いの種を蒔けばいい。
おれたちも、いつかそういうことをやられる可能性があるってことを忘れないようにしたい。
男爵が神殿に攻め入り、おれたちがそれを返り討ちにしたことは、辺境都市の住民にすぐ知れ渡った。信じられないような話なのに、信じられていることが不思議だ。
その場に、治療を受けに来ていた住民がいたのだから、隠しようがなかった。
しかも、住民たちは、神殿での治療にかなり頼っていたので、神殿を攻めた男爵を悪く言うことはあっても、兵士たちを返り討ちにした神殿のおれたちをあしざまに言うことはなかった。表面上は。
表面上はない、ということが大切だ。
キュウエン姫が生きていたということも、今ははっきりと伝わっている。
これまでは、らしい、という噂程度だったものが、大怪我をした姫は神殿で治療を受けて、そのまま匿われていた、という風になっている。あ、これ、真実だったっけ。
セントラエスは、積極的に神姿顕現のスキルを使っては後光をともなって空に現われ、辺境都市の住民たちに向かって「大草原へお逃げなさい」と女神のお告げを繰り返した。
神殿周辺が血まみれになった、その翌日。
フィナスンは荷車を整え、全ての手下を集めて、西門の前に待機していた。クレアとキュウエンは荷車の後ろにちょこんと座って、二人で雑談をしながら出発を待っていた。
辺境都市は静かだった。今日もまだ、辺境伯の軍勢は攻め寄せてきていないらしい。ただし、撤退もしていないから、攻め寄せてくるのも時間の問題だろう。
東の外壁を乗り越えられたら、町は蹂躙される。
少しでも、辺境都市から離れておきたい。
どれくらいの住民が一緒に逃げるのかは分からないが、数が増えれば増えるほど、進度は遅くなるはずだ。大草原までの道は細い。渓谷沿いの隘路なのだ。
今の静かな町のようすなら、一緒に逃げる住民は少ない可能性が高い。
そうすると、外壁を乗り越えられた時、町の中にたくさんの『獲物』がいる状態なので、大草原へ逃げるおれたちのところまで、辺境伯の軍勢が押し寄せることもないだろう。
人数が少ないのなら、そのまま大森林まで移住させても問題ない、というのもありがたいのだが、それは狙いを外すことになる・・・。
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