衝突! 辺境伯対大森林の覇王 ~スレイン王国辺境伯領掌握編~
第81話 女神が姿を現し、お告げを与えた場合(1)
とりあえず、王都の巡察使たちは男爵を殺しそうな勢いだったので、やめるように叫んだのだが、その、男爵を殺しかねない巡察使が、おれに声をかけてきた。
「・・・ここまできてやめろとは、方針変更ではないのか?」
「いい加減にしろよ。方針なんて知らないって。そもそも、最初はどういう方針だったんだよ?」
「王家は、辺境伯領内での争いとして、静観する方針だったな」
その一言に反応したのはおれではなく、男爵とキュウエンだ。
「な・・・」
「そんな・・・」
男爵とキュウエンは言葉を失う。
この二人は、王都の、王家の仲裁を期待していたのだ。
傍から見ていたら、そんなことは望んでも叶わないものだと思うのだけれど。
まあ、含蓄のある、一言だったな。
王家、は、ね。
「それだと、この前の方針変更ってのは、男爵に陰ながら協力する、という変更だということだよな?」
「その通りだ。だから、あの険しい渓谷を突破してきた手練れはみな突き落として始末したし、辺境伯の間者も始末した、な・・・」
「門衛を巻き添えにしたけれどな・・・まあ、そのやり方には口を出さないけれど・・・。そうすると、今、言った、今回の方針変更は、男爵を殺すところまで含んでいるのか?」
「これだけの兵士に囲まれ、命を狙われたのだ。もはやこの男に手助けする価値などないだろう? ここで殺しておかないと、いつまでも狙われ続けるぞ」
「おれは、おれのやりたいようにやると言ったはずだ。男爵を殺すのなら、その後はおれがあんたたちの相手になるが、そっちは、それで、いいんだな?」
「・・・おまえの敵に回る気はない」
男は、落ちた男爵の銅剣を蹴り飛ばして男爵が拾えないようにすると、三人で男爵を囲む体制はそのままにして、銅剣を鞘に納めた。そして、周囲を確認し、おれを見る。
「・・・なぜ、そう頑なに殺さないのだ? 時間の無駄ではないか?」
「相手が弱いし、殺さずに無力化できるからな。まあ、腹が立つってことも含めて、殺しはしないが痛い目には合わせるけれど。できれば、ここの兵士たちには、辺境伯の軍勢と戦って、この町を守ってほしかったんだけれどね。ここまでぼろぼろにすれば、それも、もう無理だろうな。それにしても、ずいぶんと殺したもんだ。人の命の扱いが軽いんだよ、おまえらは」
「・・・己の命が優先であることの何が悪い」
「・・・見解の相違ってことか。言い争う気はこっちもない。それで、おれに対してやたらと協力的な理由は、王家以外の方針ってのが、どっかにあるんだろうな?」
「・・・」
返事はなく、沈黙と、視線だけが返ってきた。
王家の方針が静観だとしても、王家ではない何かは、別の方針をこいつに、この巡察使に示しているのだろうと思う。
今日までの巡察使の動きは、とても静観とは言えない。どちらかというと、おれに、積極的に関わろうとしてきたし、おれにとって必要なら男爵の手助けも厭わなかった。
ただし、その、王家以外の何かは、いったい何者なのか、よく分からないのだけれど。
外の騒ぎが収まり、フィナスンと手下たちも神殿の中に入ってきた。どうやら兵士たちとの戦闘は終了したらしい。
「オーバの兄貴! 無事っすか?」
「フィナスン。手下たちも。怪我はないか?」
「いや、そりゃ、怪我人はいるっすよ、でも、ここの兵士どもに殺されるようなヤワな奴はウチの手下にゃいないっす」
「怪我人は後で治療しよう。それにしてもおまえ、男爵を敵に回してどうするんだよ? まあ、全ては、この、訳の分からん状況をなんとかしてからだけれどな」
おれはフィナスンに、男爵とそれを囲む三人を示した。
「・・・うちの手下どもは、男爵には逆らってもオーバの兄貴には絶対に逆らわないっす。あと、この三人、めちゃめちゃ強いっす。外の兵士の半分以上、たったの三人で殺したっすよ」
「なに・・・」
男爵が傷ついた肩を押さえながらつぶやく。「いや、三人がかりとはいえ、負けたのだ。相当な手練れであるというのは間違いないが・・・」
「兄貴、この三人は、味方っすか?」
フィナスンと手下たちは、共闘したにもかかわらず、警戒を解いていない。男爵の兵士たちより、よほど優秀な気がする。
フィナスンたちが味方になってくれたというのはおれにとっては幸運なのだろう。
「・・・だそうだが、味方なのか?」
「それは、こっちが聞きたい。本当に、おまえは王都の手の者ではないのだな?」
巡察使が三人で男爵を囲んだまま、おれを振り返らずにそう問いかけた。
顔も見ないで問いかけるってのはどうかと思うが、男爵の力を警戒するのは仕方がない。
三人がかりだから追い詰めることができたが、巡察使たちにとっては、男爵との一対一なら、どうなるかは分からない相手だ。
「あの時も言ったが、よく聞けよ。おれたちは王都とは何の関係もない。おれがやりたいようにやるだけだ。その結果、男爵や、辺境伯が、どうなろうと、おれはかまわない。ただし、今、ここで男爵を殺されるのはおれが困るからな。殺したら、この場で今すぐおまえらを殺す。それだけだ。おれにそれができないと思うか?」
「・・・こちらがここまで加勢しても、それでも味方とは考えないとは、な。それで、おれたちに向かって言えることは、それだけなのだな?」
「・・・別に、他にもいろいろ言えるけれど。そもそも、おまえらは、なんでここまで来たんだ?」
「さすがに、100人近い兵士だと、助けが必要な人数だろうと思ったのだが・・・まあ、一人で辺境伯の陣に乗り込んで軍師を始末して、次の朝にはこっそり戻っているような奴だということを忘れていたな。こういう助けはいらなかったみたいで、申し訳ない」
どうやら巡察使の奴は、おれが陰で動いていたことを男爵に聞かせるつもりらしい。
辺境伯の軍師を始末したと聞いて男爵の顔色があきらかに変化しているし、キュウエンが小さく、オーバさま、とつぶやきながら見つめてくる。
崇拝の視線はどうかご遠慮願いたい。
「・・・男爵に渡したナードの油の大甕も、本当はオーバの兄貴が用意したものっす。黙ってろって言われてたんで、言わなかったっすけど」
フィナスンも巡察使に便乗して、おれが陰ながら男爵に協力していたことをアピールしている。
男爵の顔色はさらに悪くなった。
まあ、そっちはもう、今さら、だ。
「そっちこそ、今まで、男爵たちに見つからないように行動していたのに、ここで出てきて姿を見せるってのは、どうなんだよ?」
「我々はもう辺境都市からは手を引く。神殿を襲った時点で、これ以上、陰から支える理由はない。ここには用はないのだから、今さら姿を見せても大した障害にはならない。それよりも、ここにいる、道理の分からぬ愚か者は、即座に不要と切り捨てるべきだと忠告しておきたいのだが?」
「馬鹿な部下の馬鹿な言動が理解できなかったんじゃないか? 考えれば分かることを、考えないようにしてあきらめたんだろうけれどな。それだけ、その部下を信頼してたってことだろ。まあ、おれもわざわざ自分のことを男爵たちに教えるつもりはなかったし、知らなかったことを他のところから聞いて、驚いたんだろう。おれが王都の密偵だと本気で勘違いをしていたみたいだからな。王都と本当に関係がなかったもんだから、なんか、裏切られた気分だったんじゃないか?」
「それを言われると、こちらも耳が痛いな・・・。まあ、自身の最大の味方をわざわざ敵に回すような支配者がいるのだ。この町はどのみち滅びるしかなかろうな」
「・・・オーバさま、この人たちは、いったい・・・?」
「打ち負けて囲まれた状態ですまないが、この三人はいったい何者なのだ? オーバ?」
キュウエンと男爵が、そろっておれを見つめる。
やれやれ。
どこまで混乱しているのやら。
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