第80話 女神以外にも意外といろいろな存在に守られていた場合(2)



 ま、親切に草原遊牧民族語を使ってくれているみたいだけれど。

 こっちはスレイン王国語で言葉を返すとしよう。


「こっちにはっきりと剣を向けておいて、後で命乞いとか、絶対にするなよ、行商人のフリをしていた兵士長さん。しかも、言いがかりにもほどがあるしな。大草原の氏族が売りに出す口減らしの子どもたちを辺境都市で引き取りたいなら、おれたちよりもいい物と交換すればいいだけだろう? おれたちが引き受けられたってことは、おれたちの方が辺境都市よりもいい物と交換しただけだ。安い代償しか用意できないくせに、自分たちが譲ってもらえないからといって、かすめ取ったなどと言うのは、恥知らずの一言だな」


「なっ・・・」


「しかも、おれたちが誰にも気付かれずにアルフィに潜り込んだ、だと? 笑わせるなよ? おれたちは堂々と姿を見せてこのアルフィに入ったし、ここの神殿を使う許可は男爵本人が出したものだ。それに、おれたちは隠れていたことなんか一度もないぞ。誰に隠すこともなく、堂々とここで暮らしてたって、はっきりしてるからこそ、おまえがおれたちを見つけられたんだろうが」


「くっ、よそ者のくせに・・・」

「よそ者だから、なんだ? お前は馬鹿か、兵士長。おれが辺境都市に何かしたのか? 何もしてないだろうに。それなのに、言いがかりを付けてきて、それでおれに大人しく捕まれだと? 捕まえたいのなら、始めから分かりやすく力ずくで来い」

「ぐっ・・・」


 兵士長が怒りで顔を赤くする。


 さて、これで兵士長は言い負かした。


 あとは、和解の方向に・・・。






 その次の瞬間、神殿の外から大声が響いた。


「オーバの兄貴っっ! 無事っすかっっ! 今、助けるっすっっ!」


 フィナスンの声だ。


 スクリーンで確認すると、20を超える青い光点、味方の色の光点が増えて、外の兵士たちと戦い始めている。フィナスンとその手下たちが暴れているらしい。


 あいつら、こんなに堂々と男爵に敵対して、大丈夫なんだろうか?

 これって、反逆になるんじゃないのか?


 味方になってくれる気持ちは嬉しいけれど、あとあとまずいんじゃないのかなあ・・・。


 怒号や悲鳴が外から聞こえてくる。

 戦端は既に開かれているらしい。


 敵対という既成事実ができてしまった。

 和解の方向性がどこかへ行ってしまった。


 フィナスンは親切心や忠誠心みたいなもので、おれを助けようとしたんだろうけれど、これじゃ、ガイズや兵士長の思うつぼってところかもしれない。


「フィナスンか・・・」


 男爵がつぶやいたが、フィナスンについては、兵士長は何も反応しない。そこではなく、戦端が開かれたという事実、その一点に意識があるようだ。兵士長が怒りを込めて叫ぶ。


「外に別働隊を用意していたか! 正体を現したな!」

「別働隊とか、知らないよ、そんなのは。もう、どうでもいいから、とっととかかってこい。馬鹿と話してもキリがない」


「くそっ、口ばかり達者な奴め! 男爵!」

「・・・待て、ロウェン」


 男爵が兵士長を止めた。「オーバ、そなたは王都の者ではないのか?」


 まだ言うのか、このおっさんは。

 最初っから、一度たりとも、王都の者だなんて、おれが言ったことはないだろうに。


 人の話を聞く気があるのか、まったく。


「いい加減にしろ、男爵。何回言わせるんだ。王都のことなど、おれには分からない。はっきりと、そう言っただろうが」

「そうか・・・では、そなたは、大森林の村長なのだな?」


「ああ、そうだ。おれは、大森林の村の長を務めてるぞ。だからどうした?」

「・・・そ、うか」


 男爵が口をつぐむ。


 おれには嘘をつく必要がない。男爵が知らなかっただけだし、聞かれなかったから答えなかっただけのことだ。

 ま、わざわざ教える気もなかったけれどね。嘘とは、ちょっと違う・・・言い訳だけれど。


「おれが大森林の村の長だと、どうするんだ、男爵?」


「今、このアルフィを東西で挟み撃ちにされる訳にはいかん。辺境伯の軍勢だけでも、苦しいのだ。大草原側まで狙われたら、ここは守れん」


「それで?」

「なぜ、だました?」

「だました? おれが、いつ? だました覚えはないな?」


「そなたが王都の者で、最後の最後には辺境伯との間に入って仲裁してもらえると、そう考えて、辺境伯と戦ったのだ。そなたが王都の者でないなら、王都の仲裁は受けられぬ。辺境伯とは最後までぶつかるしかない」


「おれが王都を通して仲裁するだって? 勝手な想像をふくらませて、それが違うとなったら、おれの責任になるのか? そもそも、仲裁してもらう前提で戦うのなら、始めから、辺境伯の要求をのめば良かったのに、断って事態を悪化させたのは自分だろう。それに、おれは最初から王都とは何の関係もないと言ってきたぞ。勝手に勘違いをしたくせに、おれの責任なのか? ふざけるなよ」


「もういいでしょう、男爵。裏切りの代償は身体で払ってもらえばいい」


 兵士長が男爵を腕で押さえるようにしながら、兵士たちに叫んだ。「かかれ!」


 だました覚えはないのだけれど、男爵の方にはだまされた覚えがあるらしい。

 互いに理解を深め合う時間が足りなかったのだろう・・・なんて、そりゃ、原因はおれが本当のことを話さなかったってところなのだろうと分かってはいる。

 いや、本当のことを話していたけれど、わざわざ教えなかった秘密があったということか。正直なところ、どうでもいい。

 辺境都市の支配者が男爵のままだろうと、辺境伯に変わろうと、その時の支配者とおれは交渉するだけだ。


 神殿の外だけでなく、ようやく、神殿の中でも事態は動き出した。


 決して、望んだ形ではない。


 それだけは、分かってもらいたいところだ。


 おれは、どんなことでも暴力で解決するような人間ではない・・・はずだ。今から何人も叩きのめしていくのだけれど。


 さて、と。


 戦況は、一方的、と言っていいのだろうか?

 人数差からすれば、その一方的は逆になるはずなのだけれど。


 逃げ惑う怪我人、つまり治療を受けにきた住民たちに襲い掛かる兵士たち。兵士のくせに、自分たちが守るべき対象を何だと思っているのやら。まあ、抵抗せずに降伏したら、何もしないようだけれど。


 残念な話だ。


 それで、クレアを怒らせてしまった。

 まあ、クレアの実力には何の問題もない。クレアに襲いかかってくる兵士たちは顔面への一発のパンチで昏倒させられている。一応、殺してはいないらしい。すれすれだと思うけれど。

 さらに、治療にきていた住民たちを襲っていた兵士は、どんどんクレアが沈黙させていく。


 本当に怒ってるな、あれは。


 看護師さん的な感じで、治療に来ていた人たちにクレアはとても優しく接していたから、その人たちが襲われたら、そりゃ怒るよなあ。

 そういうところも、クレアらしくて、笑ってしまう。面倒見がいいんだ、クレアは。





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