第80話 女神以外にも意外といろいろな存在に守られていた場合(1)
異変だ。
やれやれ。面倒な。
スクリーンに映る光点の動きを見て、これは異変だと感じたおれは、奥から木剣を取り出し、腰に差した。
あまりにも、多くの光点が神殿へと集まっていたのだ。しかも、そのうちのひとつは男爵で、ほとんどの光点は敵対的な赤の光だった。
木剣を用意したおれを見たクレアも、何かあったと察して立ち上がり、治療のために並んで待っていた数人の住民をかばうように立った。
治療が中断されるという突然の事態に驚いた人たちは、クレアとおれに何かを言おうとしたのだが、おれたちの雰囲気に気圧されて、そのまま口をつぐんだ。
礼拝堂が沈黙に満たされた。
一瞬の静寂。
次の瞬間、静寂を打ち破るかのように、ぞろぞろと人間が入ってきた。
男爵と、兵士たちだ。それと・・・。
「あれ? あいつら、どこかで・・・」
「スグル、知り合いがいますか?」
「いや、あいつは確かナルカン氏族の・・・」
セントラエスは覚えていないらしい。
服が、羊毛から作られた服だ。今回、服装で見分けることの重要性がいろいろ分かった。
まあ、服装に限らずだけれど。それに、おれには記憶スキルがある。本気で思い出そうとすれば、すぐに・・・。
そう思っていたら、何かを叫びながら、その男が駆け寄ってきた。
「うおおおおっ、殺してや・・・」
危ない奴だな。
おれは木剣を振るって、そいつの足を折ると同時に、そいつがナルカン氏族の一員で、加えてエイムの兄で、いつだったか、ライムにぼこぼこにされた奴だったなと、思い出していた。
男は、足を折られた結果、床に倒れて、転がった。
ここの礼拝堂はただの広いスペースで、机とか、いすとかがある訳ではない。まあ、祈りを捧げるポーズが土下座にしか見えないのは何とも言えないのだけれど。
確か、こいつの名前は・・・ナイズ、だったはず。
「ぐああっ、この、殺してっ、やるっ」
「うるさいな」
そう思ったので、木剣を二度振り、腕を一本と鎖骨を折った。
ナイズは気絶して、その場で沈黙した。
適度な骨折の痛みは、うまく気絶させられるので重宝している。
さて、ここまでなら、ナイズのおれに対する個人的な恨み、ということで終わりになるのだけれど、どうだろうか?
おれは男爵と向き合った。
ただし、互いの距離は武器が届かない位置、だ。
「いきなり、なんだ、これは。失礼な奴を連れてきたもんだな、男爵」
「オーバ、そなたは・・・」
男爵が何かを言おうとして、兵士の一人がそれを遮る。
その動きが気になったので、よく見ると、これまた、見たことのある兵士だった。いや、兵士だということは分かっていたが、その時は確か、商人のフリをしていたな。
虹池から流れる小川沿いで会った、行商人に偽装した兵士長だ。生きていたのか。
「ガイズ、あの男に、間違いないか」
「ああ、あれは大森林の、オオバ。大森林の村の長だ」
「そうか」
あれは、エイムの父親で、ガイズだな。
草原遊牧民族語で、そのやりとりをした後、兵士長は男爵を見て、スレイン王国語で話した。「スィフトゥ男爵。間違いありません。ガイズはあの男が大森林のオーバだと証言しています。私が大草原で出会ったのも、この男で、やはり大森林の者であるかと。その時にも、あの赤い髪の女が一緒にいました」
「・・・そうか」
男爵は重々しくうなずいていた。
兵士長が前に進み出て、銅剣を抜き、おれに突き付けるかのようにまっすぐに構えた。後ろにいた兵士たちも、おれとクレアを囲むように展開し、抜剣していた。
正直なところ、この状況で、剣を突きつけられる理由が思い浮かばない。
おれが、大森林のオーバだったとして、それが剣を突きつけられ、命を狙われる理由になるとは思えない。いったい、どこがこじれてしまったのだろうか。
「終わったな、オオバ。辺境都市までわざわざ死ににくるとは愚かな奴」
ガイズがにやり、と笑って言った。まあ、この場でおれの前には出て来ないだけの賢さは身に付いているらしい。息子よりは頭が回るようだ。
ガイズからは、どうやら深く恨まれているらしい。これで、命を狙われる理由のひとつは分かった。
ナルカン氏族から裏切り者が出たと聞いてはいたけれど、ガイズとナイズだったのか。エイムも大草原に出たメンバーに入っていたはず。嫌な思いをしただろうな。
おれは遠くにいるだろうエイムのことをちょっとだけ心配した。
まあ、エイムならすぐに気持ちを切り替えて、親子や兄妹だという関係をばっさり切り捨ててしまうんだろうけれどね。リイムとノイハをくっつけようと画策した時みたいに。
亡くなった英傑ニイムの薫陶を受けて育ち、政治的なセンスが一番いいのがエイムだ。大草原に残っていたら、ドウラの相談役として活躍していたことだろう。おかげでうちの村は助かるけれど。
「大草原から辺境都市に売られる子どもたちをかすめ取った大森林の長だな。誰にも気付かれずにこのアルフィに潜り込み、ここまでよく隠れ通したものだ。大人しく捕まれば命は助けるが、どうする?」
この兵士長の言い分はどうだろうか。
そもそも、たかがレベル4で、おれに何かできるとでも思っているのか。
その部下の兵士たちも、似たり寄ったりか、それ以下だから、何人で囲んでも、おれとクレアにとっては脅威になどならない。
そして、言ってることが、おかしい。おれからすると、言いがかりでしかない。
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