第72話 もう一柱の女神は実体化するなど考えてもみなかった場合(1)
ソリスエルは実に、守護神らしい活動をしていたようだ。
つまり、イズタヤクモという転生者を、ただ見守っていただけだ。
もちろん、話しかけたことなど、ない。
ソリスエルにも、イズタにも、それを可能とするスキルがないしね。
つまり、守護神とはいうものの、守護をしているのかと言えば、何もしていないのと同じ。本当に見守っているだけで、怪我をしそうだとか、裏切られそうだとか、そういう場面でも、見ているだけ。
おれの場合、いきなりセントラエスを頼っていた気がするけれど。服とか、くつとか。
ま、いい。
ソリスエルの転生の担当はこれが二回目。
一回目は17年間見守って、その時の転生者が流行病で病死したところで天界に戻されたという。
自分で戻るのではなく、見守っていた相手が死んだら、いつの間にか天界に戻っていたらしい。それから次の転生の順番待ちだったとのこと。
守護神となる下級神って、どれくらいいるんだろうか。
それにしても、だ。
転生について説明し、スキルを選択させ、転生させて、ただ見守る。
誰とも話すこともなく、ひたすら見守る。
それ、どんな苦行?
孤独で、さみしくて、達成感もないだろうに。
まるで、罰でも受けているような。
ソリスエルの場合、最初の転生も、今回のイズタヤクモの転生も同じだ。
イズタヤクモは転生して10年を過ぎたらしい。
「・・・神殿で、実体化して立っている、しかも誰かと話しているという今の状況は、考えてもみませんでした」
「・・・だよね」
30年近く、ほとんど誰かと話すこともなく、ただ人を見守るだけ。
二度、転生を担当してソリスエルはレベル14。
セントラエスによると、守護神としての初級神はレベル10になってから最初の転生を担当するということらしいので、前回も、今回も、転生者はレベル2だったということになる。
転生後にスキルを獲得し、レベルアップしたこともない。アコンの村でがんがんレベルアップが行われている現実は教えられない気がする。
まあ、死因が自殺として減点された転生ポイントで固有スキルを選択させれば、そうなるのも自然だ。
考えれば考えるほど、おれとセントラエスは特殊な事例だな・・・。
まあ、それはいいとして。
「こっちとしては、ソリスエルが見守っているイズタヤクモのことを知りたいし、彼の情報をこれからも提供してほしいと思っている」
「イズタのことをですか?」
意外だ、という表情でソリスエルは答えた。「イズタがそれほど重要だとは思えませんが・・・」
「そのイズタのことだけれど、この辺境都市のキュウエン姫に対して批判的だってことが気になった。それとね、イズタの固有スキル、「鉱脈自在」ってのが、知りたいしね。ソリスエルはおれたちのことをどこまで知ってる? つまり、イズタはおれたちのことをどう考えてた?」
「固有スキルですか・・・。イズタは、この神殿のことは警戒していました。突然やってきたと思ったら、ここ最近の辺境都市の話題の中心ですし。イズタ自身は、辺境伯のところから三か月前に移動してきました。辺境伯に仕えたいようですが、それなら辺境都市を探れ、手柄を立てろ、と言われていますから、いわゆる間者です」
「あ~、そっち系だったか・・・そもそも敵方なら、キュウエン姫は目障りだよなあ・・・」
「イズタは神殿の男女、つまりオーバさまたちのことは王都の間者だと考えていましたが、最近はその考えを改めたようです」
「・・・なぜ?」
「目立ち過ぎだ、とこぼしていました。間者なら、あんなに目立つはずがない、と」
納得。
おれたちを王都の使いだと勘違いを続けているキュウエン姫などは、冷静に考えられていないのかもしれない。イズタの感覚の方が正しい見方だ。
「イズタは辺境伯のスパイ、工作員か。まあ、そういうのはお互い様だろうしな。だからこそ、おれたちみたいに目立つ行動をするのはスパイのはずがない、と、そう考えるよな、普通。それで、あんな使えそうな固有スキルがあるのに、なんで辺境伯はイズタをお試し期間にしてんだ?」
「あのスキルが使えるかどうかと言えば、はっきり言って、使えない、です」
んー・・・。
良さそうなスキルだと思うし、金属とかに関係しそうだから、こっちの世界を大きく変えそうなスキルで、しかも、野心や企みがありそうな感じの辺境伯なら、のどから手が出るほどイズタがほしいはずだと思うけれど・・・。
「・・・そうか。イズタが固有スキルを使おうとするには、レベル2ではステータスが足りない、か」
「おっしゃる通りです。あの固有スキルは、何か、鉱脈を探し当てることに効果を発揮するスキルなのですが、イズタが使いたい時には忍耐力の数値が足りない状態でした。本人は原因が分からず、困っていました。イズタには自分のものも、他人のものも、ステータスを見ることはできないので」
「イズタに鑑定系のスキルはないもんね。それで、「鉱脈自在」を使いたい時ってのは?」
「町はずれへ出かけ、危険な森や崖まで行くと、イズタはそれだけで生命力や精神力、忍耐力を消耗していました。その崖などを固有スキルで調べたいのだけれど、消耗した後では忍耐力が足りずに効果を得られない、ということの繰り返しです」
鉱脈を探しに探検するけれど、その探検自体で疲れてしまうから、ここだ、という場面で肝心の「鉱脈自在」スキルを使えない、ということか。しかも、ステータスが把握できないから、どうしてそうなるのかが理解できないと。
いや、もう。
残念な固有スキルの典型的な例だろう。
別の意味では、予想通り、でもある。そういうことをずっとセントラエスと話し合ってきたのだ。
そもそも人間の基本ステータスでは、生命力・精神力・忍耐力はレベル×10が通常だ。イズタのレベルは2だから、忍耐力は20で、固有スキルはスキルレベルがかなり高くならないと消費する忍耐力を減らせない。
ちなみに固有スキルを使う場合、消費する忍耐力は16が基本。レベル2では頻繁に利用できないスキルになる。
どれだけ優れた固有スキルだったとしても、それがまともに使えないステータスだったのなら、宝の持ち腐れ以外の何物でもない。
「一日一度は使えるくらいだと思うけれど・・・。そこで寝て、起きて、すぐ使えばいいのに?」
「そういう場所は、安全に眠れる訳ではないのです。安全な場所では、鉱脈を見つけても大した鉱石の量を確保できないらしいので・・・」
「・・・結果として、使えないスキルになる、か。でも、誰かと組めれば・・・」
「その、組みたい相手が辺境伯です」
「あ、なるほど。このへんじゃ、一番の権力者だから、当然と言えば、当然か」
「しかし、ほとんど成果を示せないので、今の状態です」
「ほとんど? じゃ、どんな成果を示した?」
「三年間で、一年間にひとつずつ、小さな矢じりを」
「矢じり・・・」
「辺境伯は、よい矢じりだと、ほめてはいましたが、あまりにも数が少なくて・・・」
「イズタはその矢じりのこと、材料のことは何て?」
「鉄と呼んでいました」
「鉄、か」
「世界を変える力があると、辺境伯に訴えていました」
「世界を、ね・・・」
確かに、そうだ。
鉄には、それだけの影響力がある。
小アジア、古代ヒッタイト王国。
製鉄技術を独占し、バビロニアを滅ぼし、エジプトと戦い、シリアの覇権を握った。この時、世界初の条約が結ばれたとされているし、世界史の必須暗記事項だ。
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