第71話 女神が上位者だと分かる場合



 神殿での治療院活動をクレアとセントラエスの分身に任せて、おれは辺境都市をあっちへうろうろ、こっちへうろうろとしていた。


 目的は、人探し。

 正確には、ちょっと違う。


 まあ、試してみたいことがあるというか・・・。


「スグル、本当にやってみるのですか?」


 おれは何も答えない。

 周囲の人には見えないセントラエスの姿と、周囲の人には聞こえないセントラエスの声。

 返事をしたら、変に思われる。


「まあ、止める気はありませんが・・・」


 それは、そうだろう。


 そのために、昨夜、さんざん話し合ったのだから。昨夜のことだけでなく、これまで何年も、こういう場合についてはいろいろと考えていたし、想定した話もしてきたのだ。


 しかし、簡単に見つけられると思っていたが、なかなか目当ての相手は見つからない。


 結果として、うろうろ、うろうろと、辺境都市を歩き回ることになり、これまで以上にこの町の地理にくわしくなった。

 まあ、鳥瞰図を使えば、くわしい必要は何もないのだけれど。


 こっちの顔を知っている人が増えているらしく、大草原の出身者からも、麻服の人たちからも、あいさつみたいな声かけを受ける。


「いつも、ありがとう」

「今日は一人か?」

「奥さんどうした? 逃げられたか?」

「どう? ちょっと寄ってかない?」

「ねえねえ、今度はいつ来てくれるのさ?」

「姫様がやさしいからといって勘違いするなよ?」


 このようなあいさつを投げかけられるのだけれど・・・。

 どのへんまでが、あいさつだろうか?


 お礼やからかいはともかく、ちょっとしたナンパと、食べ物の要求、釘刺しとか、すれ違いざまのあいさつと思っていいのやら。


 とにかく、こっちは名前も知らないけれど、向こうはこっちを知っている感じで、知り合いが増えた。どうせ目立ってしまうのだから、目立つことを気にしない、という方針だったので、その結果がこれだということもできる。


 まあ、知らない人の方が大多数であることは間違いない。

 それに、今日も、うろうろしていると尾行がついてきている。

 これについても、もう、辺境都市の神殿で寝泊まりを始めてからずっとだからしょうがない。


 でも、まあ、今からやろうとしていることは、どうせ尾行者には見えないから問題はない。目の前でやったとしても、見ることはできないのだから。


 それにしても、目的の相手は見つからない。


「うろうろと探し回るから、見つからないのではないですか」


 確かに。

 どこかで、立ち止まって、待ち伏せした方がいいかもしれない。


 それなら、とおれは中央広場を目指した。






 そして、中央広場で待つこと、およそ三時間。

 尾行者は途中で交代していたが、おれは交代できない。

 長かった。


 しかし、一日目で、見つかったのだから、幸運だろう。


 それと、赤竜王がおれのことを「背負い者」と呼んだ理由がよく分かった。


 その男は、右肩の上に、美しい女性を連れていた。いや、男を見つけたというよりも、その肩の上に浮いている守護神を見つけて、この男がそうだと判断したのだ。


 美しい女性とはいっても、この場にいる何十人もの人間のうち、見えているのはおれだけだろうと思う。金髪でボブカット。ぷかぷか浮いた背後霊ポジション。

 いくつもの色の糸でいろいろな刺繍の入ったワンピース。裸足の足首の片方にアンクレット。


 これが見える者からすれば、背負っているという表現は分かりやすい。


 そういえば、赤竜王は見えてなかったな。いや、セントラエスほどのレベルではなければ、竜眼で見えるのだ。


 レベル差とは、本当に大きな壁である。


 もちろん、守護神を背負った男も気になる。守護神がいるということは、間違いなく転生しているはずだ。気づいたのは、言葉。しかも、つぶやきの日本語。日頃から、どの言葉を使うか、意識していて良かった。


 その、転生者である男がおれの前を横切り、通り過ぎた瞬間。


 おれは、男の死角から、見えないように動き、金髪ボブカットの神族がアンクレットを付けている左足を掴んで、引っ張った。


「えっ・・・?」


 金髪ボブカットが驚きの声を漏らす。その声は誰にも聞こえはしない。


 よし、掴めた。

 そのまま引っ張って移動する。


 予想通りだ。

 男と守護神を引き離すことができた。

 男は、そのまま、振り返ることもなく、まっすぐ歩いていく。


「なっ・・・これ、どういうこと?」


 金髪ボブカットは混乱している。


 おれはまず、歩き去っていく男の背中に対人評価スキルを使用してから、金髪ボブカットには対人評価スキルと神眼看破スキルを重ねがけする。


 男の名はイズタヤクモ、レベル2で、応用スキルをひとつと、固有スキルをひとつ。固有スキルがあるのは転生者のはず。

 確か、固有スキルは8ポイント、応用スキルは2ポイントで、転生ポイントが10ポイントということは前世の終わりは自殺ということになるはず。懐かしいな。

 まあ、自殺と判定された事故死もあるので、神族たちの勝手な判断でポイントは決まるのだけれど。

 それにしても、この固有スキルは・・・守護神との用事が済んだら、この男にはよく話しかけてみるべきかもしれない。


 守護神の方はおれに足を掴まれて、引っ張られているので、男はひたすら一人で歩き去っていく。


 混乱している金髪ボブカットの女神は、ソリスエル。レベル14。


「嘘? 神眼看破で、何もステータスが見えないなんて・・・名前さえ・・・」


 金髪ボブカット女神が、何か、混乱しながら口走っているが、放っておく。


 まあ、おれに向けて、鑑定系の上位スキルである神眼看破をかけたけれど、何もステータスが見えなかったと。そういうことだろう。

 驚くのも無理はないが、ステータスが見えないのは当然とも言える。

 種族が神族で固有スキルを持つなど人族を超える面もあるが、おれとの間ではレベル差が50以上あるのだから。


 まあ、この金髪ボブカット女神のつぶやきに返事をすると、周囲の人が不思議に思う。


 ただでさえ、おれの右手は何も掴んでいないように見えるのに、何かを掴んでいるような形になって見えているのだ。早く、人目につかないところへ行きたい。


 そのまま神殿まで、むなしい抵抗を続ける金髪ボブカット女神を引っ張って移動した。


 とりあえず、実験は成功だ。

 おれは、神族を捕まえることができる。

 守護神と転生者を引き離すことができる。


 そして、おそらく。

 神族を攻撃すれば、殺すことさえ、可能なのだろう。


 そういうわけで、とりあえず、女神、一柱、捕獲完了。






 神殿には、クレアだけがいた。もう治療は済んだらしい。もちろん、セントラエスもいるが、姿を消している。

 おれについてくるのと、神殿に残るのとに分身していたセントラエスはひとつに戻った。まあ、アコンの村にいる分身はそのまま分身しているのだけれど。


「セントラエス、この女神は、セントラエスが見えてないのか?」

「そうですね、レベル差があり過ぎて、私が本気で姿を消すと、見つけることはできないでしょう」

「・・・声が・・・守護神がいる?」


 おれに足を掴まれたまま、ぷかぷかと宙に浮いた金髪ボブカット女神は、きょろきょろと周囲を確認している。「・・・エス・・・まさか、上級神さまなの・・・?」


 なんだか、ヘリウムガスの入った風船を持っているみたいな感じだ。

 動きからすると、やはりセントラエスのことは見えていない。


「・・・なんで、神族って、美人なの? ずるいわよね」


 クレアの視線は、はっきりと金髪ボブカット女神の方へ向けられている。


「クレア、見えるのか?」

「そうね。あの駄女神とちがって、私の竜眼がはっきりと通じる相手みたいよ」


「・・・竜眼? りゅ・・・赤い髪、赤い瞳・・・まさか、人化した赤竜族なの? あ・・・クレアファイア、名前と種族だけしか、神眼看破で読み取れない・・・竜族に間違いない・・・そんな、この人間の方が竜族よりもレベルが上?」


 金髪ボブカット女神は、クレアからおれへと視線を移動させる。


 懸命に足を動かし、おれから逃れようともがく。

 もちろん、おれの手を振り払うことはできない。


 なんか、水泳の練習でもしているみたいに、宙でバタバタしている。


 不意に、ボブカットの髪がふわり、と揺れた。


 次の瞬間、光が金髪ボブカット女神を包み、おれの右腕がはじかれそうになる。


 おれはそのまま右腕に力を込めて、金髪ボブカット女神の足を握り、左手を振るって女神を包む光を粉砕した。光はガラスの破片のように飛び散った。


「め、女神結界を片腕で消し去った・・・」


 ああ、やっぱり結界だったか。

 はじかれそうになったからそうじゃないかとは思ったけれど。


 金髪ボブカット女神は、脱出の切り札らしき結界をあっさり打ち破られ、もがくのをやめて呆然としている。


 さて、話しかけるとしますか。

 おれは金髪ボブカット女神のステータスを確認しながら、口を開いた。


「大人しくした方がいいって、分かったみたいだね。名前は、ソリスエル。下級神でレベルは14。スキルは、学習、信仰、共通語、瞑想、神楽舞、神聖語、神界辞典、転生幇助、命運六面、技能神助、物品授与、女神結界、神眼看破と、固有スキルが反射之盾、か。生命力が最大で700なら、こっちがその気になれば、二、三発ぶん殴るだけであの世行きだけれど・・・神族って死んだらどうなるんだろ? まあいいや。おれは、神族が見えるし、触れる。ステータスも、だ。力の差は納得できたかな?」


 こくこくこく、とソリスエルが三回うなずいた。


「この手を離すと、そのまま飛んで、建物なんかはすり抜けられるってことも知ってる。逃がすつもりはないから、逃げようとしたら・・・分かるよね?」


 こくこくこくこくこく、とソリスエルが五回うなずいた。


「ま、それでも、完全に逃げられないように手を打つけれど。セントラエス、お願い」

「はい。分かりました。実体創身を使います」


 そうセントラエスが言った直後、重力に引かれたソリスエルが落ちてくる。


「きゃっ」


 おれは足を掴んでいた手を離し、慌ててソリスエルを抱きとめる。


 ナイスキャッチで、お姫様だっこの状態になった。


「あ・・・」とクレア。

「・・・失敗しましたね」とセントラエス。


 どういう意味での失敗だ?

 柔らかな感触は役得だと考えたいところだけれど?。


「う、嘘、これ、体? 天界じゃないのに、実体がある?」


 時間制限があるし、セントラエスがその気になったら途中でも解除できるのだけれど、そのことは言わない。


「これで、物体を通り抜けはできないからな」


 おれはソリスエルの両足を地につけ、そのまま上半身を引き起こして立たせる。


「あ、ありがとうございます」

「・・・さらってきた者としては、お礼を言われる立場にない気もするが、ま、いいや。こっちには今のところ、これ以上の害意はない。話を聞いてもらえるかな?」


 おれは立たせたソリスエルを見つめた。

 こくり、とゆっくりうなずいたソリスエルに、実は拒否権はなかった。


「生殺与奪の権利はそちらにあると認識しています。どうぞ、ご自由に」


 まあ、その通りなんだけれど、こっちもそこまで強引に進める気はない。

 誘拐しといて何言ってんだ、という話かもしれないけれど。


 クレアがおれの隣に並び、ソリスエルにいすをすすめる。

 ソリスエルが座り、おれとクレアも腰を下ろす。


「そちらの方は、竜族なのですね?」

「そうよ。クレアって呼んで」


「どうして人族の姿を?」

「・・・? 竜の姿だったら、この町はどうなってると思う?」

「・・・そうですね。あさはかでした」


「まあ、オーバと一緒に旅をするなら、こっちの姿の方がいいということなんだけれど」

「オーバさま、ですか」

「ああ、おれはオオバ。オオバスグルだ」

「下級神ソリスエルと申します」


「あと、駄女神もいるわ」

「赤トカゲ、黙ってもらえますか・・・」


 小さな白い光がぐんぐん大きく広がり、さらに輝きを増していく。

 その中から、セントラエスが姿を現した。


 成人の姿だ。実体化する「実体創身」のスキルではなく、姿を見せる「神姿顕現」のスキルを使ったようだ。まあ、実体化してしまうと、アコンの村に残している分身の力の分、小さくなってしまい、高学年セントラエスになってしまうからな。


 こっちの方が威厳はあるし、そういうことだろう。


 セントラエスはゆっくりと床に降り立った。


 ソリスエルはいすから立ち上がり、床に膝をついた。片膝ではなく、両方、つまり、正座の状態だ。そして、そのまま手をついて、深々と頭を下げる。


 土下座じゃねーか。


「下級神ソリスエルと申します。以後、お見知りおきを願います」

「セントラエスです。その名は覚えました。頭を上げてください」


「はい、上級神さま。現界に肉体を賜りましたこと、感謝申し上げます」

「一時的なものです。気にしないように。それよりも、いすに戻ってください」

「はい」


 セントラエスに言われて、ソリスエルはいすに戻った。

 セントラエスも座る。


「駄女神なのに、エラそう・・・」

「赤トカゲは口を開かない方がいいですよ?」


 おれからしたら、セントラエスとクレアの間のいつものやりとりだが、ソリスエルは顔を少し強張らせている。ひきつっているともいうか。


 ここに。

 世にも奇妙な、人族、神族、竜族の会談が開かれた。


「じゃ、さっそくだけれど、ソリスエルのことを教えてほしい」


 おれは最初に、そう切り出した。


「誰かと話すこと自体、久しぶりと言えるのですが・・・」


 そういう語り出しで、ソリスエルは話し始めた。





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