第70話 女神には不可能な作戦がなかった場合(2)



 クレアがおれの向かいのいすに座って、セントラエスがおれの背後に立つ。実体化していない時は、ごく普通に成人サイズだ。


 夜の打合せである。


「それで?」と、クレア。

「何が?」と、おれ。


「男爵と辺境伯、どっちをぶっ飛ばすの?」

「竜の姫、スグルはそういう短絡的な行動をとらないと思います」


「今まで、赤竜王さまも含めて、大牙虎とか、大草原の氏族とか、これまで全部殴ってきたみたいに聞いてるけど・・・」


 誰だ、そんなことをクレアに言ったのは・・・。


「それは・・・」


 おいこらセントラエス。

 そこは否定してくれ。


 もちろん殴ったり、蹴ったりして解決してきたけれど、それだけじゃなかったはず。

 それだけじゃなかった。


 間違いない、いや、たぶん。


「どっちを殴るとか、そういう話じゃない」

「・・・まあ、辺境伯には、まだ会ったこともないものね」


「それを言うなら、男爵も、だろ」

「あ! 言われてみれば・・・」


「姫さんと何度も顔、合わせてるから、男爵もよく知ってる気になってたな」

「キュウエンはいい子よね。殴るなら辺境伯だわ」


 クレアはシンプルだ。殴る、もしくは殴らない。分かりやすい。


 あ、いや、別に辺境伯を殴ったりはしませんけれど。


「それで、セントラエス。誰だった? 姫さんか、男爵か、それともフィナスンか」

「男爵でしたね」

「何の話?」


「おれたちを見張っていた奴のこと。誰に報告してるか、セントラエスに分身を出して追跡してもらって、確認してもらった」

「あ、だから、この前森に行った時、いつもよりちょっとだけ小さかったんだ」


 そう。いつもは高学年なのに、中学年くらいのサイズになってた。微妙な違いなのでほとんど気づかない。


「セントラエスが密偵として本気で調べたら、おれたち人間ごときじゃ、防ぎようがないしな。そうか、男爵か」

「・・・駄女神、それって、オーバの守護の範囲を外れてない?」


「外れていませんよ、赤トカゲ。スグルを護るために必要な情報を集めていただけですから。私の全てはスグルを護るためです。それも含めて、今なら、あの乱暴者からも完ぺきに護ってみせます」


「あの乱暴者って、赤竜王さまのことよね・・・」

「それで、男爵とフィナスンの関係は?」


 この話は長くなる上に本題から反れるので口をすぐにはさむ。


 赤竜王は間違いなく乱暴者だと思うけれど、乱暴者だというとクレアが否定して、二人・・・一柱と一頭が言い争うから。


「なんで、ここでフィナスン?」


 クレアが首をかしげる。

 よしよし。話が戻って良かった。


「クレア、おれたちを見張ってた奴が、森までついてこなかった時は、森までついてくる時と、何が違うか分かるか?」

「あれ? そういえば、猪や鹿を運んだ時は、ついてきてないわね」


「それに、カスタの町へ行った時も、だな」

「・・・フィナスンがいる時は、見張りが付けられてない?」

「もしくは、フィナスンが、見張りか」


 まあ、フィナスンと知り合った時の状態から考えると、おれの見張りとして付けられたというよりは、見張りをさせるには都合がいい、という風に考えられるけれど。


「男爵とフィナスンはつながっていますね。でも、フィナスンが男爵の配下という訳ではないようですから、互いに利用し合う関係で、男爵の方が、立場が上、命令ができる、ということでしょうか」


「なんで、そこまで分かるの? あ、消えたまんまで、見たり、聞いたりできるからよね」

「それだけで分かるってもんでもないだろ。セントラエス、説明してくれ。おれとしては、フィナスンは信じたい」


「スグルの希望に添えるかどうか、分かりませんね。ただ、フィナスンはスグルの情報を男爵に伝えているけれど、中には伝えていないことも、あります。例えば、カスタの町でのナフティとの話などは、伏せられています」

「そうか・・・」


 それなら、フィナスンは男爵とのつながりはあっても、あくまでもフィナスンの立ち位置で動いているってことか。そのために必要なら、おれの情報も、売れる内容は売る。それは当然といえば当然のこと。

 まあ、おれやクレアは、別に隠れてこそこそ行動している訳ではないし、隠したいことは隠してるから、問題はない。

 そもそもフィナスンは辺境都市を守りたいのだから、男爵と協力関係にあるのは自然だ。


「それと、フィナスンも、ナフティも、男爵も、スグルに対する認識は、キュウエン姫と大差ないですね。王都から来た、何者か、です。最初にカスタの町から入って行動した偽装が機能していますね」

「予想外の効き目があって困ってるけどな・・・」


 仮に、王都に密偵を送って情報を集めても、おれたちについては何も情報は出てこない。そんな情報はあるはずがないからだ。

 おれやクレアは王都とかに行ったこともないからな。

 まあ、いろいろな話から推察する王都との距離から考えると、送った密偵が戻る頃には、こっちはいなくなっている予定だ。

 そもそも情報が全く手に入らなかった時点で、密偵の判断は、王家がそれを隠している、となる可能性が高い。そういう思い込みの上司から指示されているし。


 辺境都市が兵士を商人に偽装させて大森林まで送りこんだ事情は把握できた。


 まあ、その事情は、辺境伯と辺境都市の領主の対立という大きな問題過ぎるけれど、このままだと、大森林へ男爵は人を送り続けるだろうし、辺境都市の抱える問題は解決できない。


 どうすれば、大森林のため、アコンの村のためになるか、を考えるのがおれの役目だ。


 これ以上、余計なことが増えないといいな。






 フィナスンに頼んで、貧民区での炊き出しを行う。


 朝イチで、ナフティから、辺境伯の使者が辺境都市に向かっているという急ぎの情報が届いた。


 そろそろ、ここを離れるタイミングかもしれないと考えて、おれたちがいなくなってからも続けられる炊き出しの形を確認してみたかった。だから、フィナスンに頼んで、食材、薪、大鍋などを用意してもらった。


 食材はフィナスンの提供で、作業もフィナスンの手下たちが手伝ってくれているが、一番熱心に働いているのは実はキュウエン姫だ。


 かまどの火起こしから、材料の切り分けに、大鍋のかきまぜまで、なんでもやる。

 クレアとも、親しく話していて、笑顔がふりまかれる。


 ザッツ、プリンセス・スマイル。


 配られた土器の器が温かいのはスープのぬくもりだけではないのかもしれない。


 もちろん、神殿の評判もうなぎのぼりで上昇中だが、それでも、おれたちはあくまでも余所者枠だ。もともと辺境都市で暮らしている姫さんの人気に及ぶはずがない。

 ほとんどの辺境都市の人たちは、キュウエンファンクラブの会員になっているだろう。


 それでも、反発している人はいて、舌打ちや不満が聞こえてくる。


「聖女気取りか・・・」


 そういう一言が聞こえたのは、偶然だった。

 だから、咄嗟にふり返ることはできなかった。


 それが、『日本語』だったと気づくまでに四、五秒。

 いや、いつも言語スキルを意識していたからこそ、それだけの短い時間で気づけたのだろう。


 まさか、という思いと。

 他にもいたか、という納得と。


 複雑な心境でふり返った時には、その一言を発した人物は見当たらなかった・・・。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る