第69話 女神には全ての話が一切関係ない場合(2)



 かまどを囲む女たちにいくつもの質問を浴びせ、魚介スープの作り方と材料を説明させて、実物を並べ、その中のひとつ、調味料のつぼを示して、その調味料を作った人間を呼び出させて・・・待つこと一時間。


 途中、狼狽したナフティが謝りまくったり、青ざめたフィナスンがナフティを支えたりする中。


 調味料を作った人物がナフティの手下に取り囲まれてすくみあがって登場した。


 そして。

 おれは、この世界での味噌の製法を手に入れた。


 もちろん、ひとつぼ、実物も入手。


 その後、おれは上機嫌でナフティの屋敷の料理を堪能したのは言うまでもない。


 この日以降、フィナスンの手下やナフティの手下が、おれの前では直立不動だったり、絶対服従だったりしたが、この二人の人心掌握術のすごさに、おれはただ感心したのだった。


 二人をそのことで誉めたら、そんなことはないと謙遜されたけれど。






 和やかな食事を終えて、穏やかにナフティがもらした。


「・・・死ぬかと思いやした」


 なぜだ、ナフティ?


 そこ、フィナスン。

 どうしてうなずいている?


「とりあえず、フィナスン。手下ぁ、別室へ行かせていいか」


 ナフティは、意味ありげにフィナスンを見た。


「あ、いいっす。おい、おまえたちは・・・」

「はい」


 手下は素直に別室に移動する。

 割と広い空間なのに、おれとクレアと、フィナスンとナフティだけが残った。


「人払いするってことは、例の件っすね」

「ああ、そうとも。オオバの兄さん、クレアの姐さん、大事な話がありやす。聞いてくだせえ」


 そう言って、ナフティとフィナスンが語り始めたのは、アルティナ辺境伯と、スィフトゥ男爵の関係悪化についての話だった。






 五年前。


 アルティナ辺境伯は、スィフトゥ男爵に対して、上納させる麦の量を増やした。


 アルティナ辺境伯が任じた男爵は他にも二人いるが、その二人も同じように、上納させる麦の量を増やしていたので、スィフトゥ男爵は不満を持ちながらも従った。


 そもそも、上位領主が、任命した下位領主から、何かを奪うのはごく普通のことで、それが問題になることはない。下位領主だって、領主である限り、誰かから何かを奪っているのだから。


 税とは、そういうものだろう。


 その分、よりよい政治をすればいいのだけれど。


 その次の年も、麦を多く差し出して、三年目。


 三人の男爵領のうちのひとつが、上納する麦の量が元の麦の量に戻ったという。


 確認してみると、住民を辺境伯の直轄地に移住させる代わりに、上納する麦を減らして元に戻したということだった。厳密には、元に戻った訳ではないが・・・。


 それならば、と。


 スィフトゥ男爵も、残る一人の男爵も、住民を辺境伯の直轄地に移動させるように差し出し、麦は元の量だけを送った。


 辺境伯は、それをそのまま受けた。


 そのことで特に問題は起こることもなく、三年目は過ぎた。


 四年目、スィフトゥ男爵以外の二人は、三年目と同じように、住民を移住させ、元の麦の量を辺境伯へと届けた。


 スィフトゥ男爵には、移住させられる住民がいなかった。


 三年目に、人を移住させた分、大草原から子どもたちが流入するはずだった。そういう意味では、増加する人口のあてがある分、他の男爵たちより、マシな状況のはずだった。


 ところが、あてが外れる。

 大草原から、流入する子どもが減ったのだ。

 結果として、人を移住させることはできなかった。


 しかし、スィフトゥ男爵は、元の量の麦しか、辺境伯に届けなかった。


 当然、辺境伯は怒った。


 叱責の使者、麦の追加を要求する使者、怒りを伝える使者など、いろいろと送りこまれてくるが、スィフトゥ男爵はそのうちに必ず、と答えて、そのままにした。


 わざと、そうしたのか。


 それとも、そのうち、なんとかするつもりが、大草原からの子どもの流入がその年も少なく、どうすることもできなかったのか。


 それは分からない。


 そして、五年目の今年。


 大草原からの子どもは激減している。流入による人口増加は望めない。


 一年前に辺境伯を怒らせ、送られた使者は冷遇した。


 そんなスィフトゥ男爵が選んだ道は・・・。






「今年は、人も、麦も、届けなかったっすよ」


 まさかのゼロ解答。

 完全な敵対の意思、か?


「領主さまの言い分っすけど、五年前と四年前に多めに届けた麦と、三年前に移住させた人たちで、今年の分は足りていると言ったっす」

「ん?」

「つまり、今年の分は今までに届けた分で、辺境伯が五年前に増やしたこと自体が間違っていて、そんな勝手は許されないと、言ったっす」


 敵対的対応だけれども、理論的に戦おうとしたってことか。

 軍事的な衝突は避けたいって、ことだな。


 あの姫さんが神殿でぺらぺらしゃべってたこととつながる。


 辺境伯よりも上の、王都の、王家の介入で、うまく仲裁してもらえば、こじれた関係もどうにか修復できるかもしれない。


 そんなにうまくいくとは思えないし、いくはずもないけれど。


 それで・・・。


「なんで、おれとクレアにその話を?」

「王都から来た兄さんたちなら、辺境伯も、男爵も、なんとかなりやせんかね」


 だから、どうして、王都から来たってだけで、なんとかなるという答えが導き出される?

 そもそも、おれたちは王都から来ていないのだけれど、それは秘密。


「オーバに、叩きのめしてほしいってことよね」


 クレア・・・。

 ナフティとフィナスンのさっきまでの話のどこに、そういう流れがあった?


「クレアの姉御、それは最後の手段っす・・・」


 最後の手段としては、アリ、だったのか・・・。


 まあ、辺境都市からの密偵が商人を偽装して、大草原に送り込まれている理由はよく分かった。おれが口減らしの子どもたちを求めて大草原に手を伸ばしたタイミングと、辺境伯が支配下の男爵に増税したタイミングが、たまたま重なった。


 分からないのは、辺境伯が増税した理由、か。


 まあ、調べる気もないけれど。


 辺境都市の男爵は、運が悪かった。

 だけど、大草原に調査のための密偵を送ったり、辺境伯との交渉に屁理屈をこねたりと、かなりしたたかな人物像が見える。


「ナフティやフィナスンは、男爵の味方なのか?」

「・・・姫さんのことは、それなりに好きっすね。でも、まあ、だからといって、男爵の味方かとゆーと、それもないっす。ただ、アルフィの町だけは、守りたいっす」


「おれは、この町を巻き込みたくないだけでさあ。男爵も、辺境伯も、別におれたちの暮らしなんぞ、見ちゃおりやせん。ああいうお偉い人は、昔っからずっとお偉い。ちらりと見たこたぁあっても、まともに話したこたぁない。関係ない人でさあ。本当は、そんなことにゃあ関係なく、おれたちは、ここで必死に生きるだけでさあ。その生きるだけってのを、邪魔されたかぁねぇ」


 ナフティは、おれをまっすぐに見た。


 あの目。

 言葉にはしないだけの分別はあるが。


 キュウエン姫と同じだ。


 おれは、ナフティに対して、あいまいに笑うしかなかった。


 まあ、大量の塩袋といい、味噌のレシピといい、ナフティから受けた分の借りは、どこかで必ず返す。

 そのことだけは、決めた。


 クレアが、いつの間にか、おれの手を握っていた。


「竜の姫・・・その手を離さないと、結界で弾き飛ばしますよ。いいですか。警告はしました。私がスグルの気持ちを重んじてこの場に姿を出さないからといって、あなたには何の遠慮もしませんから」


 クレアが慌てておれの手を離した。


 おれに直接関係しない深刻な話をいくら聞いても、セントラエスは平常運転だというのは、セントラエスらしくて、こっちが冷静になる。


 さて、と。

 どうしたものか。


 まあ、辺境都市に戻ったら、ひとつ、はっきりさせておこう。





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