第68話 女神が誉めてくれた場合(2)



 この状態をリイムやエイムが見たら、どう思うだろうか。


 同じ大草原出身の者として怒りを感じるか、口減らしをしなければならない氏族の者としてふがいなさを感じるか、それとも、大森林で暮らす自分たちの幸運を感じるか。または、その全てか。


 しかし、意外なのは、もっと、こう、残酷な奴隷の状態を勝手にイメージしていたものだから、鎖でつながれたり、鞭で打たれたりとか、してるんじゃないかって、考えていたんだけれど。


 どちらかというと、売買されて連れて来られてはいるが、権利を大幅に制限された市民、というような感じがする。

 もちろん、貧困状態には追いやられてはいるのだが。


 中には、貧民区を脱し、麻服を着て、牧場経営をしている解放奴隷みたいな奴もいるらしいし。

 キュウエンに聞くと、領主に自分を買い取るだけの麦を支払えばいいとのこと。

 フィナスンが取引している羊牧場の主がそうやって自立したらしい。他にも数人はいるという。どこにでも、優秀な者は含まれているということか。


 貧民区の人たちも、複雑な思いがいろいろとあるだろう。

 自分たちを見捨てて売った氏族への苦い思いや、低賃金でこき使う辺境都市の麻服たちへの反骨心、何よりやるせない貧しさへの思い。

 でも、ひょっとすると、何も考えずに、腹が減ったとだけ、思っているのかもしれない。


 おれはクレアと姫様のところへ近づいた。


「クレア、おれたちも食べよう。姫様も、一緒にどうだ?」

「えっ? 私は・・・」

「オーバ。お姫様がこんなの食べたりしないわ」


 お前も竜の姫だけどな。

 心の中で毒づいてみる。


「・・・何か言った?」

「いや、別に」


 どうして気づく?

 竜眼か?


「あの、私にも、頂けますか?」

「姫様、食べなくてもいいんですよ?」


 クレアがキュウエンに問い返す。


「いえ、子どもたちが美味しそうに食べているので、私も食べてみたいのです」


 子どもたちが美味しそうに食べているのは、日頃はろくなものを食べていないからだと考えられるのだけれどね・・・。


 先に食べていたフィナスンの手下たちが、自分の器を置いて、慌てて姫様であるキュウエンの分の猪なべを用意する。手下たちは姫様であるキュウエンが食べるとは思ってなかったらしい。


 ま、こんなところも、予想外の姫様なんだろうな。


 おれも、自分の分とクレアの分を用意して、クレアに手渡す。


 手下から受け取った姫様が、何の迷いもなく、口をつける。


「・・・美味しい」

「もう二、三日、肉を寝かせたら、もっと美味いらしいな」


 そういうのまでは、よく分からないが、肉はもっと熟成させた方がうまいらしい。


「この肉はどうしたんですか?」

「森で、しとめた」

「・・・」


 なんか、変なものを見る目で見られているのは気のせいだろか?


「そういえば、門衛からそんな報告があったと聞いた気がします。何かの間違いだと思ってましたが、お二人ならそれくらいは、できるんですね・・・」


 また何か、妄想の世界に入ったらしい。

 もういいや、放っておこう。






 次の日、貧民区の代表だという三人の男たちが、神殿に来た。


 何のお礼もできないが、何かの時には、必ず協力する、必ず恩を返す、と言っていた。


「そんなことは気にしなくていい。また、何か手に入ったらもってくよ」


 おれはそう言って、何度も礼を述べる三人に手を振った。


 三人が帰った後、セントラエスがため息をついた。


「ふぅ・・・あの方たちも、もう少し遅く生まれていたら、アコンの村で暮らせたかもしれないのですね。リイムや、エイムたちのように」

「アコンの村の方が幸せだとも限らないぞ」

「まさか? 圧倒的に、安心できる暮らしができています。スグルはもっと自信をもっていいのですよ?」


「この前の、薄パンを焼いて渡した時に、一切れのパンを分け合う姿を見てさ、うちの村で食べられて幸せだって言ってる子たちより、よっぽど強く、誰かとつながっていられるんじゃないかって、思ったんだよな」

「・・・そのつながりは、苦しいから、生まれたのでしょう?」


「苦しい中で、自分以外の誰かを思うってことが、人間の醜さを乗り越えて生きている気がするんだよなあ」

「スグルも、アコンの村のみんなのために生きてきましたし、今も、いろいろとスグル以外の人族のために尽くしています。スグルはとても素晴らしいと。私は守護神として、誇りに思います」


 そう言って真剣に見つめられて、おれは思わずセントラエスから目を反らした。






 フィナスンが荷車を五台出して、カスタの町への隊商を組んだ。

 そのうち荷車一台分は猪肉だ。あとは麦粉がメインで、珍しいものとしては薬つぼがある。最近、辺境都市アルフィで評判の傷薬だ。寝る前にぬると翌朝には傷がきれいに治るらしい。

 いや、らしいって、それ、おれとクレアがセントラエスの指導の下、作らされているんだけれど、おれたちは自分に使うことがないから、効果には責任がもてないんだよな。


 麦粉のほとんどは、ピザ売りで入手したらしい。どんだけ売ったんだか。


 実は女神の祝福がかかった霊薬なのだが、それは誰にも言わないようにしている。というか、言ってはいけない。絶対に。責任は持てないが、効果は間違いない。上級神の祝福・・・。


 セントラエスは、ちょっと、やりすぎかも。


 フィナスンの隊商に、おれとクレアは、護衛という名目で同行している。

 まあ、歩かずに、荷台に乗っているけれど。


 そんなおれとクレアに、歩きながら話しかけてくるのがフィナスンだ。


「兄貴、猪の肉は、何と交換するか、決めたっすか?」

「ああ、できるだけ、たくさんの塩と、干し魚だな。あとは、珍しいものがあれば、交換してもいいかもな」


「交渉は、こっちに任せていただけるので?」

「・・・任せるけど、どんな感じで交渉するのか、見せてもらってもいいか?」

「はあ、そりゃ、別に」


 フィナスンは首をかしげている。「見ても、何もないっすよ? 兄貴に対して、上前をはねるようなマネはできないっす」


「・・・ああ、フィナスンが信じられないんじゃなくて、おれが交渉ってもんを見て学びたいんだ。分かるか?」

「兄貴には、そんなもん、いらねえ気がするんすけどねえ・・・」


 それは、買いかぶりというものだろう。


 いろいろとスキルがあるから、交渉がうまくいく、というのはあるかもしれないけれど。






 途中、護衛らしいことといえば、赤犬の群れの撃退だけだった。


 三日目の夜に、隊商が取り囲まれていた。


 十二匹。


 それはおれがスクリーンの鳥瞰図で判断できただけで、他の、フィナスンの手下たちは、かなり怖がっていた。そもそも、おれには接近してきていることが見えていたので、怖れようがなかった。


 レベルは3から5。

 フィナスンたちからすると、群れに襲われるのはかなり厳しい。


 赤い目が、特徴で、夜の闇に光る。

 確かに、不気味だ。動くと、赤い光が流れていく。


 結局、フィナスンと手下たちは灯り係。たいまつで周囲を照らしていた。


 おれが七匹、クレアが五匹。とどめを刺したのは合計五匹で、残りは逃げた。逃げた赤犬たちも無傷ではないけれど。


 そのまま、血抜き。

 とにかく、肉は食う。


 はっきりいって、おれとクレアにしてみれば、肉屋が自分から肉を差し出してくれたようなもの。


 犬肉が、意外と美味しくて、驚いた。でも、内臓はなんとなく食べずに済ませた。


 内臓に挑んだフィナスンの手下が、セントラエスの胃腸薬と解熱剤の世話になっていたので、うまく危険を回避できたのだろう。


 赤犬を食べた、その次の日。


 おれたちは久しぶりにカスタの町の門を抜けた。





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