第67話 女神が出会った女の子を警戒した場合(2)



 初、貴族。貴族っていうのかな、こっちでも?


 ご令嬢だな。男爵令嬢だ。

 お嬢様だ。

 オジョーだ。


「はい?」

「・・・いや、なんでもない。おれはオオバだ」


「オオバのつ、妻の、クレアよ」

「・・・まあ、いいか。それで、男爵令嬢キュウエンさまがなんでここに?」


 おれとクレアの結婚てのは、あれだ、偽装結婚だな。一時期流行したこともあるだろう。偽装結婚であんなにかわいい子が家にいてくれたら給料払うって、そりゃ。

 まあ、恋の歌もはやるよな。ダンス付きでさ。偽装結婚とはいえ、クレアは、まあ、かわいい部類に入るな、確かに。うん。中身は巨大なドラゴンなんだけれど。


「いえ、貧民区で暴れている町の人がいるって聞いたものだから・・・」

「ああ、暴れてたぞ」


「・・・暴れているというか、逆に身動きできそうにない感じがはっきり見えるのだけれど」

「叩きのめしたからな」


「た、叩きのめした? この人数を?」

「手加減はしたぞ」

「手加減? どうやって? 多勢に無勢で? いったい何があったの?」


 なんか、会話が噛み合ってない気がするが、気のせいだろうか。


「落ち着いてもらえると嬉しい」

「え、ええ、そうですね。暴れている人がいるって聞いて、慌てて止めにきたのだけれど、もう少し分かりやすく、この状態を教えてもらえるかしら?」


「あいつらが暴れていた、おれが殴った、静かになった。簡単に分かりやすく言ったぞ」

「分かりやすいけれど、いろいろ足りないと思います・・・どうして?」

「あいつらが、おれの大事なかまどを蹴り飛ばしやがったからだ」


 そう言って、崩れたかまどと、地面に落ちたトマトソース味の薄い豆パンをおれは指差した。


 キュウエンは、それを確認して、目を細めた。


「かまどで、貧民区の人たちのために、炊き出しをしていたの?」

「炊き出しというより、焼き出しだな」


「あなたが、食べ物を用意したの?」

「貧しい者がいる一方で、豊かな者がいる。余っていれば、それで誰かを助ける。施しってのはそういうもんだろう」

「驚いたわ。そんな人がいるなんて」


「そうか? 貧民区の人たちは、おれたちが渡した薄っぺらなパンを受け取ると、自分が食べるよりも先に年寄りや女の人に切り分けてたけどな。たまたま、たくさん麦粉が手に入ったおれが施しをするのと、いつも貧しい人がようやく手に入れた食べ物をさらに分け与えるのでは、その価値は何倍も違うと思うんだが」


「・・・」

「ところで、こいつら、怪我はそこまでさせてないから、おれたちは帰ってもいいか?」

「けんかはダメなんですけれど、けんかとは少しちがうのよね?」


「けんか? こんな弱い連中と? ないね」

「衛兵でも、ここまではできないと思うのだけれど・・・いいわ。そのうち、神殿に行かせてください。その時にまた、いろいろと話を聞かせてくださいね」


 あらら。

 なんて物わかりのいい男爵令嬢なんだ。


 そう言った後、男爵令嬢は倒れてうめいている男たちを一人ひとり、確認して、怪我のようすを調べていた。


「また、新しい女の子・・・」


 背中から聞こえてきたセントラエスのつぶやきは聞き流すことにした。


 おれはクレアにあごで合図をし、崩れたかまどはそのままにして、二人並んで歩き始めた。もちろん麦粉の入った大袋は持ち帰った。平石は、あとで回収したいと思う。


 ただし、まっすぐ神殿に戻ったのではなく、途中、フィナスンのところに立ち寄った。


 フィナスンからいろいろと聞く、いいきっかけをもらえたと思う。






 まあ、フィナスンから、変わったお嬢様だということは情報を得ていた。


 しかし、まさか、翌日の朝に突然神殿を訪ねてくるとは思っていなかった。


 しかも・・・。


「内密の話があります。どうか、お人払いを」


 そう言うと、神殿に来ていたお礼参りの人たちを追い出してしまう。もちろん、お礼の品は置いて行かせて。


 こんな感じで、ゴリ押しだ。

 令嬢って、お淑やか、が基本だったのではないだろうか。


 とどめに・・・。


「分かっています。流れ者の姿は目眩ましで、お二人は、王都から送り込まれた密偵ですよね。いいえ、お二人の正体を明らかにして、捕縛しようとか、そういうつもりではないのです。必要なだけ、この辺境都市アルフィの情報は私が知る限りのことをお伝えします。しかし、こちらとしても、王都の情報がほしいのです。どうか、どうか、互いの情報を譲り合って、穏便に済ませる道を考えませんか?」


 思い込みが激しいときている。

 なんだこの妄想少女は?


 物分かりの良さが一周回って、分からないところまで分かってしまったらしい。


 いや、おれたちへのスパイ認定は、まあ、当たりではあるのだけれど、その方向が全く違う。

 確かに、王国内からやってきたように偽装はしたんだけれどね。


「薬草に関する深い知識、そして、治療の見立てや腕前はもちろん、あの人数の男たちを武器もなくあっさり昏倒させる戦闘術。さらには、貧民への施し。かつて、この神殿を盛り立てたというトゥエイン司祭の話のようです。いえ、そう仕向けるように動かれているのですね。お父様に会うために」


 怖い。

 この子、怖いよ。


 全体像としては完全に外しているのに。

 これでもかっていうほど、勘違いしているというのに。


 どうして、部分的には的確に当てているのだろうか。

 怖いな、本当に。


 おれたちがスパイ活動をしていること。

 貧民区での施しなど、かつて有名だった司祭のマネをしたこと。

 そうやって男爵との伝手を得ようとしていること。


 このへんは大当たりだ。


「辺境都市アルフィは、王都への反逆の意志はありません。どうか、ご寛恕を」


 王都への、ね。


 ここの男爵位は、辺境伯から授かるというのは確認済みの情報だ。

 王都の王家からの爵位では、ない。


 ま、とりあえず。


 このまま、この妄想少女をしゃべらせておくのは、まずい。

 それだけは分かる。


 心のどこかで、この勘違いを使うとおもしろいかも、という声が聞こえるが、我慢だ。ここは我慢だ。おもしろさに揺れ動いてはいけない場面だ。


 おれたちは、王都とか、この国のこととかを知らなさすぎるからな。

 これに乗っかったとしても、どこかでボロが出る。


「何か、勘違いされてます、よ。なあ、クレア?」

「ええ、勘違いですね、勘違いです・・・」


「そう言わずに、分かっているのです。あれほどの力を持つ者など、そうそうはおりません。昨日の者たちが衛兵だったとしても、結果は同じでしょう」

「確かに、腕っぷしには自信がある方だけどね・・・」


「フィナスンは完全に手下になっているようですし、カスタの町のナフティも言いなりだと確認済みです。私も、これでも、いろいろと調べてはいるのです」


 怖い。

 勘違いしたストーカーに追い回されているような気分だ。


 いや、ある程度、わざと目立つ行動をとっていたのだから、このくらいのことは調べられているというのは普通なのかもしれない。


 父親の男爵にも、情報は届いている可能性が高い、か?

 まさか、男爵令嬢単独?


 かなり変わったお嬢様だとは、フィナスンも言っていたけれど。


「あの、おれとクレアを、ここから、この町から追い出すつもりなのか?」

「まさか、そんなことは考えておりません。私は、お父様の行動がアルティナ辺境伯を刺激して争いになった時に、王都からの仲裁がほしいのです。ですから、おそらく、巡察使か、外務官か、どちらかを務めている方だとお見受けして、ご助力を願っているのです」

「ご助力とか、言われてもね・・・」

「ねえ・・・」


 おれとクレアは目を合わせる。


 どうやら、辺境都市の男爵は、辺境伯に反旗を翻すつもりらしい。娘としては、それを止めるか、その結果として最悪の事態にならないように行動している、というところかな。


 聞きたくなかったよね、これ。聞いてしまったことによって、まずいことになる可能性があるし。


「キュウエンさま。勘違いされた上に、言ってはいけないことを口にしているのでは? おれたち、それを聞いてしまって、ひどい目に遭わされるような気がするんだけれど?」

「ひどい目に合わせるなど、とんでもないです」


「おれたち、密偵でもないし、巡察使とか、外務官でもないし、キュウエンさまの勘違いですよ?」

「はい。正体を隠さなければならないことは重々、承知しております」

「だから、違うって」


 だめだ、これは。

 こっちの話を聞く気がない。


 さてと、どうしたものかねえ・・・。


「おれたち、王都の情報とか、知らないけど?」

「・・・それも、かまいません。もしもの時、もしもの時に、争いを望まぬ者がいて、助けを求めているということを知っておいてくださるだけでもいいのです」


 なんか、悲劇のヒロインになっていますが、どうしろと?


 やっかいな感じがするよなあ・・・。





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