第66話 女神が植物博士に変身した場合(2)



 十分に材料を集めた後、灰色兎を二羽捕まえて、少し血抜きをしてから、辺境都市へ戻った。


 セントラエスは実体を消して、背後霊モードだ。なぜか、成人サイズになる。不思議だ。どちらにせよ、おれには見えるし、触れるのだけれど。


 兎はフィナスンのところに預けて、いくつか道具を借り、神殿へ戻る。


 そこからは背後霊モードのセントラエスに声だけでこき使われて、薬作り。フィナスンから借りた道具が大活躍だ。


 おれもクレアも、不必要なくらい筋力ステータスが高いので、すり潰したり、混ぜ合わせたりするのが早い。セントラエスによると、通常の倍以上に作業が早いらしい。


 取り皿に傷薬、湿布薬、胃腸薬が次々と完成していく。そして、フィナスンから分けてもらったいくつかのつぼに薬を種類別に詰め込んでいく。


 そして、完成した薬は、セントラエスから光を与えられてって・・・。


「セントラエス?」

「祝福を与えています。これで、効果は倍増しますよ」


「いや、それは、やり過ぎじゃないか?」

「祝福を与えたとしても、神聖魔法の治療にはとてもじゃないけれど届きません。せいぜい、小さな傷なら、翌日にはきれいに治る、という程度でしょう」


「・・・それって、どうだろう?」

「ま、治らないより、治った方がいいに決まってるわ」


 クレアはあまり考えていない。

 まあ、いいか。


 薬の効き目がいいなんて、喜ばれても、嫌がられる訳じゃないだろう。


 そんなことを思っていると、またしても、神殿の中をのぞき見する人影が。

 目が合うと、片足を引きずって、歩いて逃げた。スピードが遅い、というか、おじいさんだ。しかも、足をねんざしているようなので、動きが遅いのも当然か。


「待ってください、足は大丈夫ですか?」


 おじいさんが立ち止って、おれをふり返る。


「薬があります。治療しましょう」


 おれはおじいさんに肩を貸し、神殿の中へ導く。

 クレアはいすを用意して、おじいさんを座らせた。


 セントラエスの指示通り、カエデの大葉に湿布薬をぬって、患部に貼りつける。

 冷たい感触に一瞬だけ顔をしかめたおじいさんは、次の瞬間、表情を崩した。


「冷たくて、痛みがひくのう」

「そりゃ、良かったわね。明日には治るんじゃない?」

「そうか、それは助かるのう」


 おいおいクレア。


 おれは、対蜘蛛の巣決戦兵器である棒術の棒をおじいさんに渡して、杖にするように伝えた。


「痛めている方の足で歩かないようにな~」

「気をつけてね~」


 おじいさんは、二、三度、立ち止ってふり返っては、手を振ってくれた。






 次の日、普通に歩いてやってきたおじいさんが、棒術の棒を返しながら、小さな麻袋に詰めた麦粉をくれた。

 治療代のつもりらしい。いや、ねんざ、治るの早すぎだろ・・・。


 それから、女の子の腕の切り傷には傷薬をぬり、おっさんの打ち身には湿布薬を貼り、その日の治療は終了。

 もちろん、用法や用量は主治医のセントラエスの指示に従っております。


 翌日には干し肉とパンが届いた。その日のうちに、三人、治療して、さらに次の日には羊毛と薪と川魚が届いた。

 治療したら次の日に何かがもらえる。豆だったり、イモだったり、食べ物ではない何かだったりと、本当に助かる。


 気づけば、一日に二、三人の治療をして、何かを分けてもらうというパターンが出来あがっていた。


 十日ぐらいして、フィナスンが神殿まで手下を連れてやってきた。


「オオバの兄貴、なんか、評判になってやす」

「どんな?」

「神殿にありがたい薬師の夫婦がいるという話っす」

「え? そう?」


 クレアが頬を染めて嬉しそうにフィナスンの肩をばんばん叩いた。


 やめてあげて。

 フィナスンの顔、痛いのに痛いって言えない感じだから。


 なんだか面倒だから、話題を変えて、ピザ売りの話を聞いてみた。


「はじめは、売れなかったっすねえ」


 ほほう。

 これはこれは。


 はじめは、ということは、最終的には売れたらしい。


「手下どもが、売れ残ったら自分で食べられるからと、売れないように、売れないように、人気のないところや、買いそうにない奴らのところに売り歩いていたらしいっすね」

「・・・なんだ、そりゃ」


「それだけうまかったって、まあ、その気持ちは分かるんでねえ」

「で?」


「・・・もちろん、手下どもは、しめました」

「それからは?」


「あいつらも改心してがんばりましたよ。おっさんの独り者を狙うようにさせて・・・ピザは、一度売れたら、次の日もって、同じ奴が買ってましたね。だいたい、小袋に入った麦粉と交換っつー感じですか。小袋の麦粉で、ピザは三枚焼けっから、大儲けっすよ」


「大儲けか、それで?」

「兄貴、売ってるピザは、パンの四分の一だけ、たったの一切れなんで、大儲けっす」


「・・・確かに。それはすごいな」

「売れば売るほど、手下どもも食べられるって気づいてからは、熱心に売ってくれてまさあ」


「なるほどね」

「・・・それで、兄貴には、お礼として、これを」


 フィナスンは、麦粉が入った大袋をふたつ、手下に運ばせて、クレアの前に置かせた。


「・・・そんなに売れたの?」


 クレアが大袋を見て、それからフィナスンを見た。


 大袋は、小袋のいくつ分になるのか分からないくらいのサイズで、それがふたつもあれば、おれとクレアの二人では当分食べ物に困らない。


「いやあ~、これくらいはすぐに取り返せそうなんすよねえ。兄貴たちにはこれからもお世話になると思いますし、受け取ってもらいやす」


 にやにや笑いながら、フィナスンは帰っていった。笑いが止まらない、といった顔だ。


 まさかのフィナスン、ピザ長者。

 チーズなしでこのレベルだとすると、チーズを加えたらどうなってしまうのか・・・。


 まあ、あの味気のない焼いただけのパンを食べていた人たちからすると、びっくりするような美食なのかもしれないな、と思う。

 辺境都市の人が、アコンの村に来て食事をすると驚くだろうなあ・・・って、タリュウパが驚いてたよな、そういえば。


 それでも、ピザ売りは近いうちに限界はくると思うけれどね。

 そんなに、同じ物が売れ続けるってことはない。ある時期がきたら、一定数は売れてもそれ以上伸びなくなるだろう。そうして、交換する物や麦粉の量が減ったりする。

 今はただのピザブームでピザバブルだろう。珍しいからみんな盛り上がっているだけで、これからピザがみんなに馴染むと価格は低下していくはずだ。

 作り方も簡単だし、すぐに自分で作るようになるだろうしね。


 フィナスンからの麦粉と、治療した人たちからのお礼で、ここでのおれたちの生活は大丈夫そうだ。


 いろいろと話せる相手も増えて、着実に情報も集まってきている。

 そろそろ、動いてみるのも、いいかもしれない。


 別に、暴れたりする訳ではないですよ、念のため。


 繰り返す、暴れるつもりなど、ないのです。





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