第66話 女神が植物博士に変身した場合(1)



 翌日、フィナスンは約束通り、チーズを手に入れていた。


 サイズは、まあ、小さいか。石鹸くらいのイメージ。石鹸じゃないけど、外は白で、中は明るくて薄い黄色、かな。レモン色かも。


 銅のナイフで、短い方の角を削っていく。柔軟性のない鰹節のように、チーズが削られていく。


 パン生地にトマトソースをぬり、塩漬け肉をまぶして、ナードの実をしぼった油をかけて、そこにチーズをまんべんなくのせていく。


 4枚のピザが準備完了。


 火加減の指示を出しながら、焦げるぎりぎりでチーズがとろける。


 ああ、この香り。

 ピザだな、ピザ。


 米を食べた時とは、また違った感動がある。


 おれに1枚。

 クレアに1枚。

 フィナスンに1枚。


 残りの1枚をクレアが食べようとしてフィナスンが慌てた。


「姉御、それはあいつらの分なんで・・・」


 どうやら、フィナスンの部下たちに切り分けてやるつもりらしい。

 クレアはものすごく残念そうな顔をしていたけれど。

 それ以上に手下たちの方が絶望的な顔をしているからやめてあげてほしい。


 部下たちが、口々にうまい、うまい、と言いながら食べている。


「兄貴、この肉、何の肉っすか? 羊じゃ、ないような・・・」


 これは猪の肉です。

 でも、それは教えられません。


 うちの村では着実に家畜化が進んでいます。もはや、豚、と呼んでもいい頃かもしれない。

 おれはにやりと笑って、何も言わなかった。


「この赤い、甘くない果物といい、この肉といい、大きな取引のにおいがしやす。しかし、教えてくださらねえとは、何か、理由が?」

「・・・黙って食え」

「はい・・・」


 正直なところ、トマトソース抜きでも、羊の肉とチーズとナードの実の油で、かなり美味しくなっていると思う。

 なんで、今までなかったのか、そっちの方が不思議だ。


「なんで、今までチーズを使わなかったんだ?」

「・・・いえ、解放奴隷がどんな風に食べているのかも知らなかったすね。おれたちは食べたこともないっす。奴隷はもちろん、解放奴隷とも、お互い、そういうやりとりをすることもないっす」


「交流はないのか?」

「完全にないってこたあ、ねえっすけど。食べ物の情報を交換するようなことは、ないっすねえ。知っていれば、とっくに食べてますよ。これは、辺境都市の食事を変えちまいます。それくらい、うまい。これで、なんとかひと山、あてられねえもんか・・・」


「食堂とか、どうかな?」

「しょくどう、っすか? それは? いったい?」


「・・・料理した食べ物を食べさせる店、だな」

「メシなんざ、みんな、自分のところで食べてまさあ。そんな店に来るもんっすかね?」


 外食というスタンスが存在しないのか。

 そうすると、店を開くってのは難しいか。


「じゃあ、焼いて、切り分けたものを売り歩くか」

「・・・んー、それなら、できるか、どうか。麦粉を小袋ひとつか、ナードの実を半皿か、大きめの干し魚とか、まあ、それくらいの何かと交換っすかね」


 貨幣がないと、不便だなあ、本当に。


「ピザは売れ残ったら、自分たちで食えばいいだろ。試してみたらどうだ?」


 そうですね、試しにやってみます、とフィナスンはうなずいた。


 あ、でも、トマトソースは提供しませんし、肉は別の物をご利用ください。


 そこまでサービスはしませんよ、と。


 でも、残ったチーズはもらって帰った。

 フィナスンの物はおれの物。


「・・・それ、そんなに簡単には手に入らないんすけどねえ・・・」


 聞こえるか、聞こえないか、ぎりぎりのフィナスンのつぶやきは黙殺した。






 フィナスンのところを出て、おれとクレアは門へと歩く。


 門番とは特に問題なくやりとりして、外へ。すごいな、フィナスン効果。


 目指すは山地の、森。


 そして、森の中へクレアと二人で踏み込むと、セントラエスが実体化した。


 いつも見る、成人のセントラエスではなく、小学校高学年か、中学一年生くらいの、微妙なサイズのセントラエスが、そこにいた。


「うわ、ちっちゃいわね。どうしたのよ?」

「・・・いろいろとあるのです、私にも」

「あ、そう。じゃ、聞かない」


 クレアはあっさりしている。

 まあ、セントラエスが微妙なサイズなのは、分身を村に残しているから。


 今回の旅に一緒に来たのは、四分の三スケールのセントラエスだ。


 まあ、中級神だった頃の、十分の一、手乗りフィギュアサイズのセントラエムは、まだまだ力が不十分だったのだが、レベル70を超え、上級神になってからの生命力や精神力の数値はケタ違いに大きい。

 四分の三スケールとはいえ、生命力は五万超え、精神力は六万超え、だ。

 赤竜王に言わせれば、神族の攻撃力は乏しいらしいが、守備力はほぼ完ぺきと言っていいし、生命力や精神力も膨大だ。


 まあ、あの手乗りセントラエムはとても可愛いから、すっごく楽しめたんだが・・・。


「・・・スグル、何か?」

「いや、何も・・・」


 もちろん、高学年セントラエスも可愛いのは間違いない。

 クラスにこんな子がいたら、話しかけられなかったんじゃないか、と思う。


 別にロリコンではない。そういうことではないのだ。


「それで、昨日の夜の、作戦なのよね?」

「はい。ついてきてください。急いで回収しますよ」

「おう」


 おれとクレアは、高学年セントラエスの後に続いた。

 ぐんぐんと森の中へ分け入って、立ち止っては周囲を見回す高学年セントラエス。


 そして、ある木の根元をびしっと指差す。


「竜の姫は、あの木の根元に生えている、水色の小さな花をつけた草を根から抜いてください。ああ、全てを抜かず、何株かは残すようにしてください」

「はいはい、水色の花ね~」


 さらに、反対側の木の方をもう一方の手で指し示す。


「スグルはあそこに生えている、白い花と黄色い花を、花の形を崩さないように集めてください。少し茎がついているくらいでいいです。紫の花は触らないように。毒があります」

「・・・分かった」


 クレアは鼻歌交じりに、おれは毒の紫の花を慎重に避けながら、高学年セントラエスの指示通り、草花を集める。


 もちろん、高学年セントラエスも、何かの葉を熱心に集めている。

 時折、何もない空間を見ては草花に視線を戻しているので、おそらくスクリーンを利用しているのだと思う。神界辞典で薬にできる草花を確認しているのだろう。


 それで、何をしてるのかって?


 それは、作戦名、神殿復活治療キャンペーン。

 今、高学年セントラエスの指示で集めているのは、薬の材料になる草花。


 実は、おれとクレアが神殿に寝泊まりを始めてから、辺境都市の人たちが、ちらちらと神殿をのぞき見していくのだ。珍しいってのは、その通りだとは思うけれどね。


 それなりの人数が気にしているようだったので、こっちから声をかけてみたら、「昔、神殿では怪我の治療をしてもらえたって聞いたけど・・・」と、怪我や病気の相談が多数あった。


 もちろん、小さな怪我から、絶命寸前の複雑骨折まで、問題なく治療できるのは、できる。神聖魔法を使えば。それだけの神聖魔法が使えるし、自信もある。


 だけど、まあ、神聖魔法は、やりすぎだろうと思ったから、それはやらなかった。辺境都市では神聖魔法が使われなくなってずいぶんと経つらしい。


 でも、そうやって神殿をのぞき込む人がとにかくあとを絶たない。本当にたくさんいるのだ。それを放っておくのはなんだか気持が落ち着かない。


 それなら、簡単な治療はどうにかできないかとセントラエスに相談したところ、薬を作って治療するというアイデアが出た。


 薬にできる薬草は、セントラエスが教えてくれる。動物博士で、さらに植物博士とはびっくりだ。ま、それは神界辞典を使うんだってことは分かってはいるけれど。


 すり傷や切り傷のための傷薬、鎮痛用の湿布薬、腹痛関係の胃腸薬と、三種類の薬を用意して、人助けをする。そのために薬草を採集にきたのだ。


 高学年セントラエスは、学級委員のようにきびきびとおれたちに指示を出し、薬草を集めさせる。もちろん、高学年セントラエス自身もしっかり働きながら、だ。

 ドジな駄女神っぷりはどこへやら。レベルアップで強くなって、おれと一緒に赤竜のクレアを圧倒したくらいから、自信のある姿を見せてくれている。もともとが美しいもんだから、とても凛々しい。


 しっかり者で、面倒見がいい学級委員の女子って、いいよな。

 やるな、高学年セントラエス。


 繰り返すが、決してロリコンではない。


「スグル、手が止まっています」


 はい、ごめんなさい。

 もうさぼりませんから、先生には言わないでほしい。


 なんて、ね。





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