第65話 女神が竜族の誇りを問うた場合(2)



 辺境都市までは隊商の荷車に合わせたペースで五日だ。


 その間に、クレア目当てで夜這いに来た男たちをぼっこぼこに撃退したり、その中に隊商の主であるフィナスンが含まれていたり、そのことでよーく話し合った結果として、いろいろと有利な条件を交渉したりしながら、五日が過ぎた。

 隊商の主であるフィナスンをはじめ、殴り倒した連中は全員ぺこぺこするので、ここでもまた、ある意味では居心地が悪く、ある意味では過ごしやすかった。


 なんでこのパターンが繰り返されるのか、疑問に思っていたところ、どうやら流れ者の女性の仕事は娼婦というのがごく普通のことらしい。


 それが本当かどうかはまあいいか。おそらく、本当なのだろう。

 娼婦は最古の職業という説もある。古代ギリシャなんかだと、結婚の持参金を稼ぐのに身体を売るとかなんとか。処女性なんて、どこへやら、だ。


 まあ、それで、食事などを対価にクレアとあれこれしたいと考えての夜這いだったが、クレアにもおれにも、手酷くやられて撃沈。

 もちろん、クレア自身も、クレアにあれこれしたいという男たちの要望・・・欲望を受け入れる気は微塵もなかったのだけれど。

 おれが手出しなんかしなくても、クレアに勝てるはずもないのだけれど。


 川沿いを荷車に乗せて頂いて進みながら眺めた麦畑は、かなり広い。これなら、米ではなく麦とはいえ、かなりの食糧を確保できるはずだ。

 フィナスンに聞いてみると、今育っている麦は夏前に収穫して、それからは豆を育てるとのこと。麦と豆の二毛作、か。


 荷車に積み荷と一緒に乗るって楽だな、と思いながら辺境都市に到着した。


 辺境都市の門を抜けるのに苦労する予定だったが、おれたちにへこへこする商人のフィナスンが一言で門衛と話をつけてくれた。あっさり入れてこれも驚いた。


 結果として、かなり都合のいい手下ができたので、よし、とする。いいぞ、フィナスン。


 フィナスンは偽装ではない本物の商人で、辺境都市ではそれなりの顔役らしい。まあ、荷車を五台も所有し、何人もの部下を従え、五日の距離の町と交易してるってのは、そういうものなのかもしれない。なかなか使える男だ。


 住むところがないけれど、クレアにあれこれと男が寄ってくるのは困るとフィナスンに相談したところ、いったいどうやったのか、おれたち二人が神殿育ちの流れ者ということで、閉鎖されて放置されていた神殿を整えるという条件で、領主の男爵から神殿の使用許可をとってきた。


 予定よりもはるかに目立ってしまったが、まあ、拠点の確保ができたから、これでいいとしよう。






 何年も、開かれることのなかった神殿の扉は、開くと同時になんとも言えない臭いを漏らした。ほこり臭いというのがもっともあてはまる気はする。

 中は、暗くてほとんど見えないが、入り口からの光で、蜘蛛の巣に満たされていることが判別できた。


 蜘蛛の巣で埋め尽くされている建物って、何年開けてないんだか。


 棒術用の棒で、蜘蛛の巣をからめとり・・・というか、内部が蜘蛛の巣しかないって、今さらだけれど、すごい状態だよな?


 大量にからめとった蜘蛛の巣は、草だらけの前庭で、誰も見ていないことを確認してから火炎魔法で焼却した。


 一歩中に入るとまた蜘蛛の巣が・・・。


 からめとって焼却、からめとって焼却を繰り返して、外から確認して窓だと分かっていたところまでたどり着き、窓を解放。


 窓からも光が入ると、さらに奥にある大量の蜘蛛の巣が見えて・・・。


 イライラしたクレアが、炎熱息で燃やせばいいんじゃない、と言い出したので、一度、フィナスンのところに戻り、お願いをきいてもらって一時的で安全な寝床を確保した。もちろん食事付き。


 とにかくクレアには落ち着いてほしい。

 あれは神殿ごと燃やし尽くす気だ。


 翌日も蜘蛛の巣の処理。クレアがイライラしたらフィナスンのところへと戻る。食事付きで。


 その次の日も、これまた同じ。


 そうして四日目、内部の蜘蛛の巣を排除して、空気を入れ替え、ほこりを落として、おれたちは神殿内部の生活空間を制圧した。


 蜘蛛の糸を子どもの頃に聞かされた者としては、蜘蛛に被害を与えたくはなかったのだけれどね。あの状態ではそうもいかない。


 そうして、蜘蛛の巣を排除して、辺境都市での神殿暮らしが始まった。


 まあ、単に神殿を寝泊まりの場所にして、日中は草刈りをしたり、草刈りをしたり、と神殿の前庭、中庭、裏庭、そして周囲を整えていく。


 食事については、フィナスンが気をきかせて、丸くて薄っぺらいパンを届けてくれる。なんていうか、具なし、ソースなしのピザ、みたいな・・・。


 蜘蛛の巣を排除した次の日にはフィナスンのところへ出向いて、トマトを潰して煮詰め、それを焼く前のパン生地にぬって、銅のナイフできざんだ塩漬け肉をぱらぱらとまんべんなく散らしてから、パンを焼かせた。


 ちょっと焦げたが、チーズなしのピザができた。


 フィナスンも食べたがったので、もう一枚焼いて渡す。


「うまい! 兄貴、なんだこれ?」


 喜びの表現としてはどうだろう?


 それと、フィナスンの方が年上だと思うが、実はずっと兄貴呼びだ。


 フィナスンはトマトを分けてほしいと言うが、残ったトマトソースで我慢させた。トマトはまだ袋の中にあるけれど、簡単には渡せない。

 トマトは生命力が強くて栽培しやすいしな。このへんの食文化を変えてしまうかもしれない。いくらトマトを好きになってもらえたとはいえ、そこまではできない。

 トマトソースを渡す代わりということでもないが、麦を粉にする方法を教えるように言うと、首をかしげながら、石器の道具を持ってきた。


 たて20センチ、よこ50センチくらいの平らな二枚の石が重なって、下の石の中央に切れめのようなところがあった。

 上の石を持ち上げて麦をのせて、上の石を下ろして、二人で上の石を押し合って左右に動かすと、下の石の中央の切れめから、細かく砕かれた麦が落ちてきた。


 回転させない石うすみたいなものか。


 パンを焼くのも石窯だし、石材加工の技術がやっぱり大森林よりもかなり高い。金属器があるのだから、当然といえば当然のことか。

 でも、この石うすみたいなのなら、アコンの村でも、川沿いでいい感じの石を探せばなんとかなりそうだ。麦粉に石の粉が混じりそうだけれど。


 そんなことを確認していたおれの後ろで、トマトソースを食べ尽くしそうな勢いでピザを焼かせていたクレアをフィナスンが必死に止めていた。


 クレアはトマト好きだもんな。


 フィナスンにチーズはないかと、動物の乳を固めたような保存食の話をすると、羊の乳からそういうものを作っている者がいるという。解放奴隷、らしい。

 大草原から売られてきて、解放されたということだろうか。聞けば、そうだという。

 アコンの村でも、エイムの弟、バイズを中心にチーズは作ってくれている。

 麦粉ができたら、ピザ祭りを開催するとしよう。ナードの実の油ってオリーブオイルみたいな感じだったし、それも加えてみようか。


 それを使えばもっとうまいぞ、と言うと、明日も来てください、兄貴、必ず用意しておきやす、みたいな手下感抜群のフィナスンが笑っていた。


 そのつもりはなかったにせよ、暴力で下に置いていた関係からは、ギブアンドテイクで、ちょっといい感じになった気もするが・・・どうだろう?






 夜の神殿には、獣脂で灯りを確保した。


「食べ過ぎですよね、竜の姫?」

「いいのよ、美味しい物は食べるべきだわ」


 クレアはこの旅を楽しんでいるらしく、セントラエスとのやりとりも毒が抜けているようだ。いつもなら、あなたは食べられなくて残念ね、くらいは言うはずだからな。


「セントラエス、最高神って、今じゃ、それほど信仰されていないのか?」


「どうでしょうか? 少なくとも、辺境都市では、あまり影響力はないようですね。何十年も司祭や神官がいないと、フィナスンも言っていましたし。以前、亡くなったナルカン氏族のニイムは辺境都市に神聖魔法を使える者がいた、と言っていましたが」


「・・・ああ、そういう話をしたこともあったっけ」


 ナルカン氏族には英傑ニイムと呼ばれた女戦士がいた。若い頃に仲間と獅子を倒したり、辺境都市まで旅をしたりと、大活躍だったらしい。

 まあ、ライムとドウラの・・・あと、リイムとエイムと、他にも何人もいるが、そのおばあちゃんだ。


 生きていた頃に、おれが神聖魔法を使った時、そんな話を確かにした。

 なんだか懐かしい話だ。


「神殿の復活と同時に、神聖魔法の復活と、そういうことまでするつもりですか?」

「そこまでしたら、目立ち過ぎじゃないか? 今でも、この神殿を使っているだけで目立ってるけど」


「竜の姫を連れ歩いている時点で、目立たないはずがないですよ」

「えっ、なんで?」


「・・・クレア、髪と瞳の色だよ」

「あ、そうね」


 人は・・・人ではないが、人は自分のことが一番よく分からないってことか。

 おれも、服装で大森林の者だとばれるってことはクレアに指摘されるまで気づかなかったことがある。


「でも、まあ、クレアが目立つ前提で、直接辺境都市じゃなくて、カスタの町から入ったんだ。誰も、おれたちが大草原側から来たなんて思わないだろうさ。クレアに飛んでもらわないと、どれだけ日数がかかるか分からんしね」


「なるほど、それでカスタでしたか・・・」

「ふーん・・・」


 セントラエスには伝わったが、クレアには分からなかったらしい。

 ま、それはいい。


「明日は、チーズも加えたピザが食える可能性が高い。そのことだけでも、この辺境都市まで来たかいがあるってもんだ」

「そうそう、それって美味しい?」


「ああ、今日のがさらにうまくなるぞ」

「ふうおおお、ふへへへ」


「竜族の誇りは、どこにあるのでしょうね・・・」

「竜族より強い人族の前で、誇りも何もあったもんじゃないわよ」

「開き直りましたね・・・」


 セントラエスのつぶやきは、よだれを垂らす勢いでにやけているクレアには届かないようだった。





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