第63話 女神が最高神について教えてくれた場合(2)
おれはみんなにタリュウパを紹介した。
残念ながら、タリュウパには言葉が通じない。
みんなはいろいろと話しかけたが、なんとなくしか伝わらない。まあ、ここはタリュウパが努力しないとね。
そのうち、食事の準備ができて、いつものように大鍋三つに行列ができる。
タリュウパにも並ぶように伝えた。
受け取った土器を持って、タリュウパはおれのところに来る。
「見たことがない食べ物だが?」
「おれは辺境都市に行ったこともないしな。それだけ離れてるんだ。見たこともない食べ物くらい、お互いにあるだろ」
「そう言われれば、そうか」
ふふふ、トマトソースリゾットにひれ伏すがいい。
おれは生トマトをかじりながら、リゾットを口に運ぶタリュウパを見ていた。
恐る恐る、一口目を口にしたが、そこからは手の動きが早くなった。
「これ、うまいな」
「そうか、良かったよ。後ろを見ろ、みんなおかわりに行ってる。ほしければ行け」
「いいのか?」
「アコンの村は食べ物がたくさんある。遠慮するなよ」
「あ、ああ。そうする」
タリュウパがおかわりの列に並ぶ。
みんながいろいろと声をかけているが、もちろん、タリュウパには意味が分からない。
歓迎の言葉だけれどね。
まあ、しっかり食え、とか、早く元気になれよ、とか、だな。
おかわりを持ったタリュウパがまたおれのところに来て食べる。
すぐに器は空になったが、3度目のおかわりには行かないらしい。
おれはみかんの皮をむいて、半分、タリュウパに手渡した。
「この果物も、おいしいからな」
「あ、ああ・・・ありがとう」
タリュウパがみかん半分を一口に放り込む。
「・・・うまい。なんだ、これ。酸っぱくて、でも甘いな」
「みかんだ。これも知らないのか?」
「ああ、初めて食べた」
おれは、みかんを一切れずつ、口に入れて食べた。
「・・・そうやって、ちょっとずつ食べるものだったのか」
「別にどんな食べ方でもいいだろうに」
タリュウパは周りをぐるっと見やってから、もう一度おれの方を向いて、まっすぐに目を合わせてきた。
「食べ物はうまい。女は美人が多い。おれは、本当は死んでいて、神さまのお近くに呼ばれたんじゃないか?」
「タリュウパは生きているし、ここは大森林のアコンの村だ。ここの食べ物は女神のお陰でうまいし、もちろん美人も多い。ただし、うちの村の女たちに手を出したいなら、きちんと結婚を許可されてからだ。でないと殺されるぞ」
「・・・ほほう、おれも、そこそこ鍛えたことはあるんだが・・・」
「・・・すぐに分かる」
この後の訓練で、何人かと手合わせしたタリュウパがこてんぱんにやられたのは言うまでもない。
どうしても知りたいのなら教えよう。
最初はクマラ。みぞおちに拳がめり込んで悶絶させられた。
続いてシエラ。棒術で転ばされて、喉元に棒を付きつけられた。
最後にジル。木剣で勝負して、両手両足を骨折、激しい痛みはもちろん、生命力が2まで減少してスタン。気絶したまま、神聖魔法で治療し、骨折は即完治。
そのまま、ノイハがアコンの群生地まで運び、一室に寝かせた。
いい夢が見られるといいな、タリュウパよ。
ちなみに、ステータスの職業欄では、彼は兵士となっていることを追記しておく。
レベルは2だけれど。
そして。
あえて言おう。
彼、タリュウパは、この村で最弱の一人であると・・・。
今朝の、朝の祈りはシエラの経験談の語りから。ま、本当は姉のアイラから聞いた話を語っているだけだけれど。あの時の、おれの神聖魔法を受けたシエラは気を失っていたしね。女神の奇跡は、何度も繰り返し、みんなに聞かせている。
腕を前から上げて背伸びをするあの体操は、全員にすっかり馴染んだ。うちの村では全員が踊れるダンスとなった。なかなか跳躍のタイミングが合わないところが、日本で生きていた前世と同じだ。
ランニングは水汲みをせずに、畑作地域を周回するコースを走っている。
以前とコースがちがうのは、ため池ができたからだ。
小川との道を確実に覚えるために往復していたという側面もかつてはあったが、小川の河原はアコンの村にとって食堂であり、道場でもあるので、雨でも降らない限り、毎日行くのだから、道を覚えていないものはない。
畑の水やりを全員でした後は、布作りと竹材の付け替えとに分かれて作業を開始した。
ちょうどその頃、お寝坊さんのタリュウパが目を覚まし、アコンの木の中から顔を出した。
タリュウパは三段目の高さにいた。9メートルくらいのところだ。
ぐるりと周囲を見て、またしてもあんぐりと口を大きく開けている。
まあ、驚くのも無理はない。
巨大なアコンの木の群生地など、これまでに見たことがある訳がないのだから。
木の中からはい出てきたタリュウパは竹板のデッキに立ち上がり、上を見てはぐるり、下を見てはぐるりと、周囲に興味津々。
そして、縄梯子を見つけて、おそるおそる、下へと降りてきた。
タリュウパが寝ていたのはノイハの家。アコンの木を三本利用した大きな家で、ナルカン氏族の子たちが一緒に暮らす。いつもはエイムが寝ていた木の中に運んだため、エイムが喜んでおれの宮殿の一室に居座ったということを追記しておく。
エイムが独身なので、相手にどうかと思ったのだが、あっさりと、あんな弱い男、と切り捨てていたことも忘れないようにしておく。
いろいろな意味で、そんなに弱いとも思わないけれど。
確かに立ち合いは、弱い。レベル2ではそんなものだ。うちの村でただ一人の兵士にして最弱だ。
でも、時々見せる鋭い目つきは、何か情報を得ようとするあれは、諜報員の目だと思う。
問題は、その情報を持ち帰ることが難しいってことなのだけれど。
骨を折られて、苦痛耐性とかでレベルアップしたかもしれないと思っていたが、変化なし。
苦痛に耐えられず、あっさり意識を手放しているからかもしれないし、年齢的にスキル獲得の成長期を過ぎているからかもしれない。
「昨夜はいつの間にか寝たらしい。すまないな」
「・・・いや、気にするな」
ジルにぼっこぼっこにされて・・・ぼこぼこ程度ではない、ぼっこぼっこ、である。それで、記憶をなくしたか、夢だと思ったか、それとも忘れたフリをしているか、いったいどうなのかは分からないが、タリュウパはいつの間にか寝ていたことにしているらしい。
「それよりも、どこかで作業の手伝いをしてくれ。働かざる者、食うべからずだ」
「分かった。どこで、何をやってるんだ?」
「あっちの木の下で、いもの収穫。その反対側は、布を作っていて・・・向こうは、古くなった建材の交換作業だな」
「建材の交換が、一番できそうだな・・・」
そう言いながら、タリュウパが歩いていく。
おれも、タリュウパと並んで歩く。
言葉が通じないって、面倒だよな。まあ、それでも、なんとなくの意思の疎通ができるのが、異文化との交流点である辺境都市の出身者だからか。
「作業をしながら、辺境都市のことを聞かせてほしい」
「ああ、そっちは、この村のことを教えてくれ」
そうして、互いの情報交換が決定したのだった。
この日も、タリュウパは意識を失って運ばれた。
今回はウル。
ジルとウルは、自分たちで癒せるものだから、容赦がないのだろうか。
それとも、タリュウパをスパイとして、叩きのめしているのだろうか。
そう言えば、リゾットを食べさせる時も、殺しかけてたような。
まさか、セントラエスの指示じゃ、ないよなあ・・・。
ありそうで、心配。
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