第63話 女神が最高神について教えてくれた場合(1)
男が目を覚ました時、おれよりも前のめりになったジルとウルがその顔を覗き込んでいた。
気絶している間に、神聖魔法で治療と回復は済ませた。
あばらの骨折と、腹部に裂傷。
今は癒えたとはいえ、よく七日も生きていたものだ。
ただし、状態異常が飢餓となっており、生命力は回復させたものの、その数値はじわじわと減少していたので、目覚めたら何かを食べさせないといけない。
だから、目覚めたことに気づいたら、誰でもいいから知らせてくれ、とみんなに伝えていたのだが、ジルとウルがずっとおもしろそうに男の寝顔を観察していた。
「う・・・む・・・」
腕を動かそうとして、力が入らないような感じだった。
まあ、ゆっくりとはいえ、生命力が減少し続ける状態とは、死に向かっているということ。
力をふるえる方が不自然だ。
「オーバ、起きたみたい」
「起きた、起きた、良かったね」
「でも、体は動かないし、うまくしゃべれないのかな」
「どうやって食べさせようか」
ジルとウルは、看護するということが、楽しいらしい。
まあ、うちの村ではめったにそういうことにはならない。
神聖魔法があるから。
ジルやウルの神聖魔法は、おれやセントラエスが使う時ほどではないが、はっきり言えば、即死でない限り、簡単に命を救うことができるレベルで使える。まだまだ子どもだが、レベル20台後半の、人間としては稀有な存在。この世界のバランスを崩しかねない、奇跡。
三年前の、舌っ足らずなしゃべり方はもうしていない。
「リゾットの、水分だけをほんの少しずつ、口にふくませてやれ。いいか、ジル、ウル、間違っても、たくさん流し込むんじゃない。ほんの少し、だからな」
「は~い」
「了解で~す」
ジルとウルはじゃんけんをして、負けたジルがリゾットを取りにいった。
勝ったウルが食べさせるらしい。
不安だ。
結局、目を離すことができないなら、おれがやればよかったな、と反省する。
ジルがリゾットを持って戻ってきた。
リゾットの入った土器をウルが受け取り、レンゲスプーンを持った。
「ジル~、口、開けさせて~」
「えっと、これでいいかな」
ジルは右手で上あご、左手で下あごを持って、がばっと口を開いた。
開け過ぎだよ。
「じゃあ、少しずつだね」
「・・・ぐほっ、ぶぼ・・・」
気管に入ったらしい。
あいつらに殺されたらどうしよう?
「ウル、もっと少なくするんだ」
「え、まだ多いんだ。難しいな」
「交代する?」
「ううん、ウルがやる。えっと、こうかな」
ウルはレンゲスプーンの傾きを一生懸命、調節しているが・・・。
「ぐほ・・・」
うまく調節できないらしい。
まあ、死ぬことはないから、いいか・・・。
生命力自体は回復させている。減少が続くのであれば、また回復させるだけだ。飢餓の状態異常がステータスから消えれば、何の問題もない。
何度も、ぐぼぐぼ言わされたものの、およそ30分くらいかかって、飢餓の表示は消えた。
まあ、このことで恨まないでほしい、とは思う。
一応、命の恩人なのだ。
飢餓の状態異常が消えて、生命力の減少が止まったら、実は通常の状態である。まあ、胃がまだまだ食べ物を受け付けないという可能性はあるが、立つことも、歩くことも、問題ない。
もちろん、しゃべることも。
おかげで「スレイン王国語」のスキルを獲得して、おれはめでたくレベルアップした。
火炎魔法をいくつか習得した時以来だったので、久しぶりだ。
言語関係を極めていったら、かなりのレベルになりそう。
セントラエスによると、いろいろなスキルと、そのスキルレベルの相互効果だろう、とのこと。おれでなければ、こんなに簡単に言語関係のスキルは獲得できないはず、らしい。例えば、学習スキルのスキルレベル10(最大)とか、ね。
おかげで、いろいろと話も聞きやすい。
「あんたは、大草原で会った、大森林の人だな」
「覚えててくれて嬉しいよ」
「じゃあ、ここは、大森林の村、か。本当にあったんだな」
「ないと思ってたのか?」
「まあ、信じられないという感じだったな」
「それでよく、商売に来たよな」
「あ・・・ああ、そうだ。もしも本当にあったら、とんでもなく稼げるってな」
はい。自白頂きました。
そこでつっかえたら、商売のつもりはなかったと言っているようなものだろうに。
まあ、ステータスで分かってたことだけれどね。
しかし、この状況で、まだ隠す気か。
辺境都市に戻れると思ってんだろうな。
「あんた、確か、ナルカン氏族のところへ行くと言っていたな。じゃあ、その帰りに、おれを助けてくれたのか」
「ああ、そうだ」
嘘ですけれどね。
「あんたに会ってから、何日経ってる?」
ま、小川で会ってからは十日、だね・・・。
「さあ、おれたちは、1日1日、過ごしちゃいるが、いちいちそれを数えたりはしていない。まあ、そんなに経ってはないと思う」
正確な日数で移動距離を計算できるかもしれないが、ま、それも無理か。
あやふやなことはあやふやなままにしておく方が良さそうだ。
「そうか。ありがとう、感謝する」
「いや、気にするな。この大森林では、助け合わないと生きていけないしな」
「ああ、そんな気はする。しかし、あんた、おれたちの言葉が分かるとはな。大草原でも、そんな奴はいない。いったい何者だ?」
おっと、言語だけで、こんなに警戒されるとはな。
さて、なんて言い訳をしよう?
「大草原で知り合ったじいさんに教えてもらっただけだ。誰だったっけな。みんな似たような名前でよく覚えてないが」
「・・・そうか」
「それで、これから、どうする気だ? 商売ができるような物は何もないようだが?」
「いや、できればアルフィに帰りたいが」
「なら、好きにするといい」
「案内してもらえるのか?」
「いや、案内はしない。勝手に森を出るのは止めない。まあ、この森を抜けられるとは思えないし、一度この村を離れたら、この村に戻れるとも思わないしな。助かった命は自分のものだ。好きに使えばいいぞ」
男はあんぐりと口を開けた。
まあ、出て行って死にたいのなら、勝手に死ねば、と言ったようなものだしな。
「・・・じゃあ、なんで助けた?」
「たまたま、通りかかっただけだ。女神のお導きに感謝すればいい」
「女神だって?」
「ここは女神に守られた村。そっちに女神はいないのか?」
「神はいるが、男神だと聞かされてきた。それに、神はひとつと教えられた。女神など、聞いたこともない」
「人族に信仰されている神族はウィルマエスさまだけと聞いています。ウィルマエスさまは最高神さまです。上級神の頂点に立つお方・・・」
セントラエスが後ろから教えてくれた。
最高神、ウィルマエス、ね。
当然だけれど、いろいろと違いがあるらしい。
「男神は聞いたこともないな。おれたちの女神は、セントラ。女神セントラだ」
「セントラ・・・。女神セントラ、か。ああ、そういえば、あんた、名前は? おれはタリュウパだ」
「タリュウパ、いい名前だな。おれは、オオバだ」
「オオバ、か。えー、あんたはこの村の・・・」
「ここは女神セントラに護られたアコンの村。おれはこの村の長を務めている」
タリュウパは、もう一度、あんぐりと口を開けた。
ジルが強引に開き過ぎたからかもしれない。
まあいい。
「虹池という池があるが、そこでタリュウパの仲間が死んでいた。あの二人は焼いて弔った。そっちの習慣とちがったとしても許してほしい」
「ああ、それは、かまわない。どうしようもないことだし、感謝する」
「それと、そこにあった荷車、荷物、二人の服や剣など、おれたちが頂いた。これも、この森で生きるために必要なことだ。理解してほしい」
「・・・分かった。それも気にしないでほしい」
タリュウパの目が、少し細められた。
剣、というところに反応したように思えたが・・・。
まあ、大人しく、アコンの村で暮らそうって訳ではなさそうだ。
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