第62話 女神が実はとんでもない力を持つと分かった場合(3)



 村の食事風景は、三年前とちがい、大規模な炊き出しのような感じだ。


 本日のメニューは、トマトソースのリゾット。米、麦、イモ、豆、きのこ類と塩漬け肉が入っている。おかゆで増量というのはここでの食事の基本。

 おれだけこっそり炊いたほかほかの麦飯があるが、自分で作った自分専用のごはんだ。白米ではなく、玄米で、ほぼ精米はしていない。

 麦を混ぜずに、精米した白米だけのごはんを食べることもあるが、まだ月に一度くらいのぜいたくとして楽しんでいる。


 食器はクマラの兄のセイハが作った土器だ。竹筒で食べていた頃が懐かしい。スプーンのようなレンゲもあるが、ジルやウル、そして子どもた ちには竹箸での食事を強制している。


 セイハとサーラの夫婦は、仲良く暮らしている。二人の子、ミーラはセイハとの血のつながりはないが、セイハはミーラをいつも可愛がっていた。おれとアイラの子サクラより二か月遅れて生まれた。サクラもミーラも健康に育っている。


 おれの食事は、麦飯とリゾットという、ごはんにおかゆみたいな感じになっているが、ごはん系の食事には満足はしている。

 先月は、白米の上に焼肉という焼肉どんぶりも実現させた。白米と焼肉は最高の相性だった。幸せだ。


 三つの大なべでそれぞれリゾットが用意されているが、そこにそれぞれ行列ができている。

 受け取った者から、河原に座って食べているが、ある程度、親しい者同士でグループになっている。

 教室で自由に食べていいよ、と教師が言ったような状態かもしれない。


 一人で黙々と食べている者もいるが、孤独、ということでもない。どこかから声がかかり、それに答える、ということもしばしば。内容は、この後の立ち合いの相手の約束だったりする。


 おなかの大きいケーナの隣には、同じく妊娠中のリイムが座り、妊婦の苦労話をアイラやサーラと繰り返している。

 クマラがうなずきながら聞く一方で、マーナがいろいろとアドバイスをしている。


 ノイハとジッドがリゾットのおかわりをすると、他の子たちも、それに続く。


 トマトをそのままだと、あまり食べないのだが、こうやって潰して煮詰めて、リゾットやスープのソースになっていると、どうしてか人気がある。

 まあ、おれはそのままトマトをかじって食べるけれど。リコピン最高。


 クマラやケーナの努力で、一年間に二度稲作を行い、冬場に麦を育てる三期二毛作に成功し、米と麦は余裕がある。

 特に米は、乾燥させることで長期保存もしやすく、そのおかげで村の食糧事情は安定している。

 このまま一日一食でいくのか、どのタイミングで一日二食に切り替えるべきか、悩んでしまうほどだ。習慣を変えるって難しいよなあ。


 三期二毛作とはいっても、全ての水田で毎年行う訳ではない。三年に一度、である。

 例えば、今回、三期二毛作をした水田は、放牧という名の施肥の後で、次の一年は米の一期作と裏作の麦。しかも、二期作とは違う、栽培期間の少し長い米を育てる。栽培期間の短い二期作用の米よりも、粒が太くなる。二期作用の米は成長が早いものを育てている。

 これらは全て、クマラとケーナの地道な実験の成果である。実験は今も継続中。冬場の裏作での麦は特に種類がちがうということもなく同じ麦だ。

 そして、三年目は、米の一期作だけで、裏作の麦は育てない。その分、放牧の期間が長くなる。地力の回復期間として、冬の耕作をストップさせている。

 猪、森小猪、土兎が竹の壁に囲まれた水田跡に放牧され、飼料として刈った草や籾殻、ぬか、果実の皮やどんぐりなどが加えられる。

 土兎はなんでも食べるという訳ではないが、猪と森小猪は、雑食で、土を掘り返しては飼料だけでなく、土の中の何かを食べて、耕していく。

 飲み水も忘れずに与える。


 水田自体も、みんなで拡大させてきた。今では、滝の小川の左右には、ずらりと水田が並んでいる。


 麦は毎年、残らないけれど、麦を混ぜる分、米はかなり余裕がある。新米を食べながら、古米も消費したり、大草原へ融通したりしている。


 今年、大草原から預かった子たちが、毎日食べられるっていいな、すごいな、と喜んでいるのも毎年の光景かもしれない。

 大草原の氏族の食事は、冬になると毎日とはいかないのが当たり前だ。

 正確に言えば売られてきた子たちなのだが、別に奴隷とかにはならない。普通に村人である。


 これも、供給可能な食糧の範囲を超えるようになれば、変わってしまうかもしれない。まあ、今は余裕があるので、どこまで大草原から受け入れるか、ということを先まで計画しておきたい。

 少なくともあと五年は、受け入れ態勢を整える。あと五年で、最初に大草原からやってきたエイムの弟のバイズが15歳になる。

 そこから先は、アコンの村で生まれる子によって、人口が増えるようにシフトさせたい。


 ナルカン氏族にはすでにネアコンイモだけでなく、古米を冬の食糧として流している。

 氏族連合でもっとも苦しいチルカン氏族は冬の食事が三日から四日に一度、という状況なのに、去年のナルカン氏族は冬でも毎日食事ができたという。

 族長のドウラは、アコンの村とのつながりを最優先に考えるのは当然だと言い切った。

 それなのに、おれとライムの子であるユウラを引き取りたいというおれの希望は断固拒否。まあ、ライムがだめって言うから仕方がないとあきらめてはいる。

 食糧が足りているので、あと三年もすれば、氏族同盟の中でナルカン氏族が最大の人口を誇るようになるだろう。すでに今年はナルカン氏族から受け入れている口減らしの子どもがいないのだから。

 その分、アコンの村への依存度が高いから、おれたちとの関係を切ることはできない。ある意味では、ナルカン氏族は大草原の最大の裏切り者かもしれない。


 アコンの村に話を戻そう。

 住居地域であるアコンの群生地の北側には畑作区域がある。

 トマト、かぼちゃ、すいか、豆類、いも類、こしょう、びわ、ゆずなど、さまざまなものが栽培されている。ここでのホットなニュースはぶどうの栽培が可能になりつつあることだろう。

 あと、石灰岩台地の探索で、桃の木の群生地が発見されたので、今後、桃の栽培も計画中だ。アコンの村は果物王国でもある。

 滝から引いた竹の水道で、畑作地域の北にはため池がある。水やりはかなり楽になった。


 住居地域であるアコンの群生地にも特に問題はない。穴を開けたアコンの木はすでに七本あり、冬場の生活スペースも、倉庫もたくさんある。

 ただし、1年目の住居の竹材は今、入れ替え中で、春になったらタケノコの収穫量は制限をかけて、竹の数を増やさないといけない。


 ま、トータルで、アコンの村には、大きな問題はない。


 対外的に動いたとしても、村の心配はいらないって、状況では、ある。


 辺境都市かあ・・・。






 偽装商団の二人を火葬にしてから、七日後。


 セントラエスが、こう言った。


「この前の、虹池にきた者が、森の中で死にかけていますね。助けなくてよいのですか?」


 そういえば、森の中に入り込んだのが一人いたよな、と思いだした。

 スクリーンに鳥瞰図を出し、範囲探索で確認すると、森の中にぽつんと赤い光点があった。動かずにじっとしているようだ。


 あれから七日。


 飲まず、食わずだとしたら、空腹はかなりひどいだろうし、もし馬との戦いで怪我でもしていたら、これ以上はどうすることもできないだろう。


 餓死するには早いから、怪我をしているのかもしれない。


 七日間、大森林を彷徨っても、アコンの群生地にたどり着くことはできない、と分かる。


 よっぽど幸運に恵まれてもいない限り、無理だ。

 このまま、死んだとしても、ただ土に還るだけなのだから、放っておいてもいい。


 それは、そうだ。

 もう一方で、ここで助けてアコンの村に預かり、辺境都市の情報を得るという手も、ある。


 どっちがいいかは、分からない。

 こういうことに正解は、ない。


 だから、決断が全て、だろう。


 一人くらい、どうとでも、できる。

 その一方で、一人で、全てが崩れる可能性も、ある。


 全ては、日々の小さな選択で決定していく。

 まあ、今回は・・・。


 スクリーンの光点を目指して、「高速長駆」で気を失っている男の前におれはたどり着いた。


 こんな森の中では、クレアに乗って行くということもできないから、誰かが走るしかないし、正確に目指す場所が分かるのはおれしかいない。


 男は、死にかけては、いる。


 まあ、今すぐ死ぬ、ということもない。


 気を失っているままでかまわないので、抱きあげて、肩に担ぎ、アコンの村へ戻る。


 今回は、辺境都市への好奇心に、全てを委ねるとしよう。





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