第62話 女神が実はとんでもない力を持つと分かった場合(1)



 裸のままで寝息をたて始めたクマラに、おれの服をかけて、そっと髪をなでる。


 クマラと正式に結婚しておよそ一年。

 アイラは子育てに夢中、ケーナは妊娠中ということもあって、最近はクマラとの夜伽が中心になっている。

 もちろん、クマラ4回、アイラ1回くらいの比率で、アイラとも・・・だ。決して夫婦の危機などではない。断じて、ない。

 寝る前に、鳥瞰図、範囲探索、対人評価など、忍耐力を消耗させて、スキルレベルを高める努力をする。


 村の中で、誰のレベルが上がったとか、どんなスキルが身に付いたとか、把握しておくのもおれの仕事だと思っている。生きた化石ではなく、生きた戸籍、とかなんとか。


 エイムから、心配するのはやめたら、と言われたものの、やっぱり気になるので、虹池の小川の近くも確認する。


 明日の午前中には虹池に着くだろうというところで、例の一団が野営しているようだ。エイムの話を思い出して、大草原の他のところも確認してみた。

 そうすると、氏族のテントがないはずのところに、2か所、光点がある。これが、氏族のところに送り込まれている調査隊なのだろうか。


 エイム、すごいな。


 やっぱり、自分だけで考えるより、相談するべき相手には、いろいろと話してみるべきだ。もちろん、自分だけで考えなければならないこともあるけれど。


 さて。

 放っておくべきか、どうか。


 別に、積極的に、辺境都市と関わりたいということでもない。

 でも、ほしいものは、ある。


 大森林は、今の状態で、大草原よりもかなり豊かだし、安心、安全で、生きていくにはそれほど問題がない。


 それでも、ほしいものは、ある。


 悩んでる場合か、どうか。


 寝る前に、セントラエスとよく話してみようかな。






 寝ているクマラに沿うように、横寝の状態になったおれは、肘をついて手で頭を支えている。


 背中に、クマラの温もりを感じる。


 そのおれの顔の前に、セントラエスが正座している。


「膝枕、しましょうか?」

「いや、このままでいいけど・・・」


 最近、こういうパターンが増えている。


 セントラエスの言動が予測不能だ。


 でも、ちょっと、してもらってもいいかな、なんて、思ったりも、する。

 まあ、今は隣でクマラが寝ておりますから。


「辺境都市の調査隊、セントラエスはどう思う?」

「馬たちにとってはいい迷惑ですね」

「あ、その程度なんだ・・・」


「そうですね。あの五人の集団は、私に対する信仰がある訳でもありませんし、無関心になるのは当然です」

「おれたちの村にはけっこう関係があると思うけど・・・」


「お、おれたちの、村・・・わ、私とスグルの、このアコンの村との関係があるというのであれば、真剣に考えなければなりませんね」

「さっきと言ってることが真逆だよ・・・」


 おれは、仕方がないな、という感じに微笑んだ。


「確かに、辺境都市と関わらなくても、大草原とのやりとりでおれたちの暮らしは十分とはいえばその通りなんだ」

「そうですね。あちらの「領域」を知るクレアに言わせれば、こんなに神聖魔法の使い手が存在する村はあり得ないそうですし、この村の戦力で、あちらの「領域」の一国を落とすことも可能とか」


「・・・いやいや、戦力とかはともかく、食糧とか、衣類とか、住居とか、そういう生活面で、もう十分だという話だよ」

「・・・ああ、そうですよね。あれ? 辺境都市を攻め落とそうという話ではないのですか?」


 びっくりだよ。

 癒しの女神だよな、うちの村では、この人・・・いや、神か。


 辺境都市を攻め落としたとして、あんなに離れたところをおれたちにどうにかできるというものでもないだろうし、そもそも、攻め落とす必要がどこにあるというのか?


 現状、クレアがいれば、おれが個人で移動するというだけなら、一日で往復が可能になってしまうのは特殊な状況だと思いたい。あいつ、竜族の村にいつ戻る気なんだろ?


 なんだか、食い物に釣られて居着いているので、アコンの村が滅びでもしないと帰らないんじゃないか、とも思ったりする。


 夜中に突然おれのところにやってきて、セントラエスに睨まれたりしてるし。


 まあ、大草原へ出向くのにものすごく楽なので助かってはいる。


 その代わり、大森林と虹池やダリの泉を結ぶ道を建設しようって話は、この三年間、ほとんど進んでいない。


 三年前に一日でどれだけのことができるか、実験はした。


 実際、実験は一日では終わらず、一か月かけて、たったの30メートル。


 幅6メートル、長さ30メートル、両側に排水路付きとはいえ、一か月かかったのだ。


 予定の道幅に邪魔な木を根元から、大牙虎の牙をシャベル代わりに、何本も掘り倒した。

 これだけでも大変だったが、岩塩を削って溶かした塩水を何度もまいて草が生えないようにしつつ、そこからさらに、河原から運んだ大きな平石を何度も何度も落として、落として、土をカチカチに固めて。

 最後に両側に排水路として溝を掘って、水が道の外に排水されるようにした。


 もちろん、あの頃の人数と年齢でのことだから、今なら作業日数は、数日は短くなるかもしれないし、慣れてくれば作業も早くなるかもしれない。


 でも、100キロ以上の距離をつなぐと考えたら、一年間で360メートル、十年で約4キロという計算なら、二百年以上かかってしまう。

 もちろん、人口が増えれば、また実験して計算し直してみればいいと思うのは、思う。


 全ての道はローマに通ず、ってすごいことなんだなと、実感した。古代日本の山陽道とかも、本当に律令制度の統一国家だからできたんだな、と。


 心では「国づくり」と思ってみても、実質的に村の規模では、インフラ整備は困難だ。


 クレアが、炎熱息で道幅の森を焼いていこうか、と言った時に、どっかのクシャ・・・なんとかさんみたいに、思わず腕を伸ばして「焼きはらえ。どうした、それでも世界で最も邪悪な一族の末裔か!」とか言いたくなったのだけれど、もちろん我慢しましたよ。

 そんなことをしたら大森林が燃えてなくなるかもしれないよね。


 そのクレアのおかげで、おれが個人的に移動するということについては、かなりの範囲を速く、楽に移動できるようになったこともあって、道の建設は優先順位を大幅に下げたしね。





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