第61話 女神が小さい子にご執心の場合(3)
石灰岩台地の上で、クレアは人の姿に戻って・・・いや、戻るのは竜の姿か。
クレアは人化の魔法で人の姿になって、おれはロープを使って、大森林へと降りる。
クレアは飛翔の魔法で飛び降りようとするのだが、それはやめさせて、ロープで降りるように命じる。
村のことは、正直なところ、あまり心配していない。
クマラやアイラ、それにケーナに任せておけば、間違いない。
三年間で、二十人以上、口減らしの子どもを受け入れてきたけれど、一日の生活の動きはそれほど変化なし。滝シャワーの順番が細かく決まったことと、時間が短くなったことくらいか。
食糧不足という厳しい現実を前に、アコンの村にやってきた子どもたちは、アコンの村で毎日しっかり食べられるという経験すると、ここで必死に生きようと努力するようになる。
胃袋を握るって、大切だ。
衣食住は人間生活の基本というけれど、やっぱり一番は食。
食べられて初めて、その次が見える。
氏族では才能がない、能力がないとみなされて追い出されたはずの子どもたちが、食べることが保障された居場所を守るために、必死に努力することで、七歳のスキル獲得時にいくつものスキルを獲得するようになる。
まあ、五歳までの子どもに本当に才能があるかどうかなんて、本当は誰にも分からないんじゃないかな、とも思う。
もちろん、日々、いろいろなトラブルは発生するけれど、ひとつひとつ、双方の話を聞いて、互いの言葉の捉え方の違いを確認して、解決していく。
そういうことができる、または、しなければならない、大人が少ない、というのがアコンの村の弱点だろうと思う。
トトザの負担が大きいとは思うけれど、こういう面では、ジッドが本当に使えない。年長者らしい威厳を見せてほしいよ、ほんと。
「おかえりなさい、オーバ。ナルカン氏族のみんなは元気だった?」
河原にクレアと二人で姿を見せると、エイムが駆け寄ってきた。
「みんながどうかは分からないけれど、ライムも、ドウラも、元気だったぞ」
「そう。ニイムさまが亡くなって、大丈夫かな、と思っていたけれど、ドウラがしっかりやれてるのなら、良かった」
エイムはナルカン氏族の出身で、族長のドウラの従姉妹だ。出会った頃のことを考えると、ドウラよりもエイムの方がよっぽどできる女だった。
まあ、今でも、エイムは優秀だと思うけれど。
「エイム、作業はいいから、ちょっと座ってくれ」
「はい?」
おれは河原に座って、自分のとなりを手で示し、エイムを座らせた。
「虹池の小川を南下していたのは、辺境都市の商人のふりをした、辺境都市の兵士だった。人数は五人で、ナルカン氏族のテントには訪れていない。目的地は大森林だ。ドウラは、口減らしの子どもが辺境都市に流れなくなったせいじゃないかと言っていたけれど、よく分からないんだ。それが、今回の動きにどうつながるんだろう? これまでとは違う、奥地の氏族のところにも口減らしの子どもを求めて辺境都市から商人が来たっていうから、影響が大きいってことは、分かるんだけど」
「五人ってことは、戦う気はないわね。目的地が、大草原を通り越して大森林っていうのも、あくまでも調査ってことは分かるけど。その五人以外にも、いろいろな氏族のところに、同じような兵士たちが送り込まれているんじゃないかしら?」
あ、そうか。
おれは、そもそも、おれたち、アコンの村に影響がありそうだから、あの集団が気になっただけで、おれが気にしていない範囲で、別の兵士の一団が動いている可能性は、あるよな。
でも、ナルカン氏族には、来ていないみたいだけど。
まさか、おれには秘密、とか?
うーん、ドウラのあの感じじゃ、そこまでのことはないか・・・。
「大草原に調査隊を派遣していて、それが商人のふりをしているっていうのは、辺境都市としては直接大森林と敵対したくないってことでしょうね」
「なるほど」
「少なくとも、口減らしの子どもが手に入らない原因が大森林にあるってことか、口減らしの子どもたちが大森林にいるってことが、辺境都市には分かっているんでしょうね」
「そういう情報をどこかで掴んだ。だから、調査隊が送り込まれた、か。でも、それなら、そう大した問題にはならないような・・・」
「どうして?」
「たかが子どもの労働力が少しだけ減ったって、話だろ? 兵士が動くってことは辺境都市の支配層が動いてるってことだし、そこまでのことなのかな」
「直接的な、辺境都市の話だけではないと思う」
「どういうこと?」
「口減らしの子どもが減るということは、食糧が足りていると判断されるかもしれないわよね。そうすると・・・」
「うん? でも、大森林に関する情報が辺境都市に流れている可能性が高いんだよな? 食糧は足りてないって思うんじゃないか?」
「そこは可能性であって、まだ分からないところよね。そもそも、辺境都市の人たちは、大草原をどう思っていると思う?」
「草原?」
「・・・まあ、いいけど。辺境都市から見ると、役に立たない土地、使えない土地、うまみがない土地って考えてる。だから、これまで、放置されているし、辺境都市があの人たちからすると役に立つ土地の最果てだった」
「ああ、なるほど。食糧不足が解消されたんだとしたら、使えないはずの大草原が、使える、役立つ土地に変わったかもしれない、ってことか。兵士を送り込んで調査するのは、攻めて土地を分捕るかどうかを見極めてるってことか・・・」
「ここに来ていろいろと知ったから今は分かるけど、辺境都市から向こうは、ここのように農業をやっているってことでしょう?」
「そういう予想は成り立つな」
エイムの言う通りだ。
辺境都市アルフィまでの、スレイン王国は農耕文明で間違いない。
その先の大草原は、農耕に不適な大地で、牧畜地帯。スレイン王国からすると、まさにうまみがないし、実際、口減らしで子どもを殺したり、差し出したり、売り飛ばしたりしている。
そして、そのさらに先の大森林は、採集生活地帯だった。スレイン王国から見れば、相手にする価値もない。
どっかの神様が、おれの転生先を大森林にしてしまったことで、この大森林に突然、農耕文明が持ち込まれてしまったから、人口移動の流れが大きく変化した。
小さな変化だけれど、それに反応して対処しようとしているってことは、辺境都市にはなかなかの為政者がいるのかもしれないな。
「大森林に向かってる兵士たちは、ここまで、アコンの村までたどり着けるのかしらね?」
「いや、無理だろ。虹池で、イチの群れに追い払われておしまいって、とこか」
「それなら、もう心配するの、やめたらどう?」
エイムがそう言って、立ち上がる。
それもそうだな、と。
おれも納得して、立ち上がった。
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