第61話 女神が小さい子にご執心の場合(1)



 ナルカン氏族のテントの前には、そっくりな顔をした二人がいた。


「オオバ! 来てくれたのね! クレアも!」

「・・・オオバ、突然来るのはいい加減、やめてもらいたい」


 歓迎してくれているのがライムで、族長の双子の姉。

 あまり歓迎していないのが族長のドウラで、ライムの双子の弟。


 まあ、気持ちは分かる。

 おれだって、アコンの村に突然どっかの族長がやってきたら迷惑だ。


 まあ、アコンの村がどこにあるかは分からないから、たどり着けはしないけれど。


 クレアが何度も来ているらしいので、それも含めて、迷惑がられているのかもしれない。

 一度テントに戻ったライムが、小さな子の手を引いて、再びおれの前にあらわれた。


「ユウラ、ごあいさつなさい。お父さまよ」

「おと、さま・・・」


 ユウラが一度、片方の膝をついて、頭を下げた。


 おれの第二子で、長男だ。

 ちなみに第一子は女の子でアイラの子、サクラ。


 おれはユウラの頭をなでて、抱き上げる。この子も、もう二歳か。


 ナルカン氏族としては、ユウラを次の族長にするつもりらしい。

 ライムの子だから族長の血筋だし、そこにおれの血が流れていることも関係している。ドウラがよく認めたものだ。

 おれとしては、大森林にライムもユウラも引き取りたかったんだけど、ナルカン氏族からは猛反対され、ライムもここに残ると決めた。

 まあ、仕方がないことだろう。

 引き取ることは認められないけれど、とりあえず、5歳から7歳の間だけは、大森林のアコンの村で育てることになっている。

 おれに鍛えられることが、ユウラのためでもあると、その部分についてはライムも納得してくれたからだ。

 その期間だけはライムも大森林に来る。その代わり、大森林からの駐在武官のような形で、誰かをナルカン氏族に派遣しなければならない。

 まあ、ジッドか、ノイハか、または、成長した誰かが行くことになる予定だ。


「ライムが元気そうで良かった。クレアが迷惑をかけているみたいだね」

「クレアには、本当にいろいろと助けてもらったんだから、迷惑なんかじゃないわよ」


「そうだといいが・・・ところで、ドウラ、聞きたいことがある」

「ん・・・では、おれのテントで」


 ドウラが指し示したテントへ、ユウラを抱きかかえたまま、入っていく。


 ライムとクレアは、そのまま外で話をしている。


「ユウラに聞かせるような話ではないだろう、義兄上どの?」

「だーれが、あ・に・う・え、だ。嫌がらせか」


「事実なのだが・・・」

「ユウラはこのままでいい」


「やはり我が子は可愛いか」

「うるさいな、もう。それよりも、辺境都市から、商人が大森林を目指している。川沿いを南下している五人組とすれ違ったよ」

「辺境都市から大森林へ? 無謀だな・・・」


 うん。ドウラ、いい判断だ。その通り。


 実は、大草原の人たちでも、大森林にはたどり着けても、アコンの村までたどり着けない。

 まして、辺境都市の者なら、なおさらだ。


「ここには立ち寄っていないのか?」

「いや、知らないな。それは本当に商人なのか?」


「まあ、商人を装った兵士だな」

「そうか。それなら、ここには立ち寄らないだろうな」


 ああ、確かに。

 わざわざ、大森林を目指しますよ~、という辺境都市の動きを氏族同盟の中心部に教える必要はない、か。


 ドウラが目を細め、意外そうな顔をした。


「・・・つまり、辺境都市の支配層が動いている、か」

「その支配層が動くようなことが、何か、あったのか、知りたいんだけれど」


「いや・・・ああ、そうか。口減らし、だな」

「口減らし?」


 おれはユウラをあやしながら、首をかしげた。


「そもそも、大草原の口減らしは、ひどい場合には子殺しになるが・・・」


 ああ、そういう残酷なもんだよな、口減らしって。


「辺境都市からすると、食糧と引き換えに、働く子どもを確保できるという側面があるから」


 はっきり言えば、わずかな食べ物と引き換えに、ただで働く労働力が手に入るってことだな。うちが引き受ける口減らしは、実質、新しい国民、村民だから、この感覚はなかった。


 つまり、口減らしの子ども、それは辺境都市にとって、都合のいい、奴隷。


「・・・おれたちが口減らしの子どもを引き受けるようになったから、辺境都市に子どもたちが入らなくなったってことが、今回の動きの原因か?」

「そうだと言い切れる訳ではないが、他に何かあるとも思えんし」


「そのくらいのことで、動くもんかな・・・」

「考えるのは義兄上の方が得意なことだろう」


「あにうえって言うな」

「繰り返し言うが、まぎれもない事実だからな。姉の子である甥のユウラを抱き上げて可愛がっている姿を見せておいて、そう呼ぶなというのもどうかと思うぞ」


「ドウラの方が年上なんだけどね」

「いつぞや、年齢は関係ない、というような話をした記憶があるが?」

「・・・口が達者になったもんだ」


 おれとドウラは見つめ合って笑った。

 ドウラは氏族同盟の盟主を務めているせいか、すごく成長しているように感じる。


 頼もしい限りだ。頼もしい限りなんだが・・・。


「ガイズたちを交渉に送ったんだが・・・」

「エイムの親父さんか」


「・・・正直なところ、なかなか説得できずに、衝突しそうな氏族もある」

「争いは、避けたいところだけれど・・・」


「綺麗事だけではまとめられるものもまとめられん。手を貸してもらえるか?」

「おれが行けるとは限らないがなんとかしよう・・・」


 まあ、こんな話をしているすぐ横で、セントラエスがいつの間にか、実体化して、ユウラのほっぺたをぷにぷにと触っている。

 おれ以外に触れられるということは、セントラエスは実体化しているのだ。間違いない。やめてくれ、頼むから。





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