第60話 女神にケンカ友だちができた場合(2)



 おれはイチのペースをさらに落として、行商人らしい集団の横で、止まる。


 荷車を止めて、五人組もおれたちを見た。


 さて、気をつけないといけないのは、言語選択。


 大森林で主に使われている南方諸部族語にして、はっきりと立ち位置を示すか。

 大草原の草原遊牧民族語で、立ち位置をあやふやにしてみるか。


 共通語スキルを意識して、相手の言語のスキル獲得に挑戦するか。


 あっちから話しかけてくれると楽なんだが・・・。


 おれも、あっちも、まだ言葉を発していない。

 これはきっと、同じようなことを考えているな。


 そうだとすると、商人というのは偽装だ。商人ならば、何も考えずに話しかけたとしても、別に不利益はない。商人ではないからこそ、予想外の接近遭遇で、いろいろと考えざるを得ないのだろう。


 対人評価スキルで、五人のステータスを確認する。


 すぐに偽装は判明した。


 職業欄に、その正体がはっきり書かれている。


 相手の情報を読み取ることができるスキルって、実は怖ろしい武器になるんだな、と改めて感じた。


 この五人組は辺境都市アルフィの兵士長と兵士たちで構成された、行商人らしく見える集団。


 スパイ確定。

 どうしたものか・・・。


 はっきり言って、兵士長がレベル4で、あとは1か2だから、特に何の害もない。


 馬上と地上で、相手を見下ろす状態だ。

 このまま沈黙しているのは居心地が悪すぎる。


「ねえ、あなたたち、何を運んでるのよ?」


 クレアが五人組に話しかけた。

 話しかけられた五人組が、顔を見合わせて、混乱している。


 クレア。よりによって、「竜語」で話しかけるとは。

 でも、まあ、悪くない。


 これで、相手の目の前で話し合っても、情報が漏れることがない。


「スグルはいろいろと考えながら、対処しようとしているだけです。勝手な行動は慎んでください」

「えー、だって、早く行きたいんだけど」


 は?

 どこに?


「せっかくここまで来たんだから、ライムには会いたいもんね」


 なんだ、このわがまま姫は。

 そういえば、クレアはなぜかライムと仲良くなっていたっけ。


「早く行きたいなら、勝手に動いて、スグルの邪魔をしないことです。スグル、いっそ、先に行かせた方がいいのでは?」


 思わず同意して、先に行かせたくなったが、こらえた。


 この状況でクレアを単独行動させると、何かの情報を伝えるためだと、五人組に判断されて、その結果、攻撃されてもおかしくない。


 おれたちの会話が分からない五人組の困惑は、警戒にまで達した。


「大森林の者かと思うが、我々の言葉が分かる者はいないのか?」


 言語関係スキルは、油断していると自動翻訳になるので、意識して相手の言葉を聞き分けなければ、何語を話しているのか、判別できない。この事実に気づいたのは、村のみんなに女神と話す時の言葉が違うと指摘されたからだ。


 職業欄がアルフィの兵士長となっている行商人は、草原遊牧民族語が話せるらしい。スキルにはないので、ひょっとしたら大草原の出身なのかもしれない。


 竜語があまりにも分からない言葉だった上に、クレアの外見、つまり赤い髪で赤い瞳という特殊な外から、完全に自分たちが知らないところの人間だと判断されたようだ。


 そうすると、この一帯であてはまるのは、大草原ではなく大森林の者、ということになるのも自然だ。まあ、隠すほどのこともないか。


「彼女は、みなさんが何を運んでいるのか、知りたいそうです」


 おれは、商人に偽装した兵士長に、草原遊牧民族語で答えた。

 クレアには、竜語で、そのまま竜語を話すように伝えた。別に必要ないけれど、兵士長に対抗して通訳を偽装してみる。


 商人に偽装した兵士長は、一瞬だけ鋭い視線をおれに向けたが、それから荷車に視線を移した。


「羊毛と、ナードの実です」


 おれは首をかしげた。


「ああ、ナードの実というのは、アルフィの北東にあるカスタという海沿いの町で採れる果実で、油を絞るものなのです。そのまま食べられるし、しぼりかすは家畜のエサにもなる」


 へえ。


 ちょっと首をかしげて見せただけで、こっちの知りたいことを推察したな。

 この兵士長、けっこうできる。有能な兵士長だ。


 まあ、だからこんなところまで送りこまれたんだろうな。


「クレア、もう余計なこと言うなよ。あと、繰り返すけど、竜語以外は使うな。それと、こいつらの言葉には反応しないで我慢して、おれがクレアに話すまでうなずいたり、笑ったりするなよ」

「えー、どうして?」


「言葉が分からないフリをしろって、言ってんの」

「あー、そーゆーことね」


 説明して良かった。クレアの奴、何も考えてなかったらしい。


 今度は兵士長が首をかしげている。まあ、竜語が分かる訳がない。こういう裏のやり取りで使えるな、竜語。あっちの「領域」の言葉だから、こっちで使われることはないだろう。


「それで、この川沿いに進んで、どこに行くつもりですか?」

「私どもは、大森林をめざしております。お二人は、大森林の方ではないですか?」


 おれはクレアに向き直った。


「さて、と。どう答えたもんかね」

「別に、大森林でいいんじゃない?」


「なんで?」

「オーバって、時々、分かってないわね。服よ、服」


 服?

 服がどうし・・・ああ、そういうことか。


 この兵士長、はじめっからおれたちは大森林の者だと判断していたな。


 おれたちが着ているのは、クマラ謹製の荒目布で作った服だ。大草原でよく見る羊毛の服ではない。

 衣服はおれにとってもう日常過ぎるから、うっかりしていた。これは、この先、考えて行動しないとな。


「私たちは大森林から来ました。今は、ナルカン氏族のところへ向かっています」

「そうですか。大森林まではあと、どのくらいで着きますか?」

「そのようすですと、あと二日はかかると思います」


 ちなみに、そこでたどり着くのはあくまでも虹池で、そこには馬しかいませんから、馬鹿を見ますということは言わない。


「では、失礼します」


 おれは、何か言いたそうな兵士長を無視して、先へと進んだ。もちろん、クレアもついてくる。


 どう頑張っても、虹池まで行くのが限界だろう。

 あのレベルなら、馬の群れにコテンパンにやられてしまうのがオチかも。


 大森林の中の、アコンの村までは、とてもたどり着けない。そもそも、よくここまで来たもんだ。やっぱり、最近はこのへんをクレアが竜の姿で往復するから、危険な動物とかが減っているんじゃないだろうか。


 まあ、虹池で生き延びたとしても、積み荷はともかく、自分たちの食糧が不足するかな。


 やっかいごとではあるが、勝手に死ぬのなら、放っておけばいい。






 五人組の偽装商団が見えなくなって、馬を下りる。


 イチたちは抜けているところもあるが、基本的に賢いので、自分たちで遠回りして虹池に戻るように言い含める。

 虹池ではさっきの連中と馬たちが戦闘になる可能性がある。

 群れのリーダーであるイチが必要だろう。大草原の氏族の中では、「荒くれ」のイチたちの群れを見たら逃げろ、と言われている。大変危険な馬の群れなのだ。


 さあ、クレアには竜に戻ってもらって、その背に乗せてもらう。そして、ナルカン氏族のテントの近くで、目立たないところまで飛ぶ。


 おれを下ろして、もう一度クレアは人化の魔法を使い、人の姿になる。それから、二人で歩いてナルカン氏族のテントを訪問する。


 それにしても。


 とうとう、辺境都市が大森林を意識するようになったのか。


 まだ先のことかと、思っていたけれどな。





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