第60話 女神にケンカ友だちができた場合(1)
久しぶりにおれを背中に乗せてくれたイチは、どうやらご機嫌らしい。
駆け足は飛ぶような軽やかさで、川沿いを北上していく。
イチは、虹池を棲みかとしている馬の群れのリーダー格だ。なんか、抜けているところがたくさんあって、リーダーとは言い切れないところがある。
ネアコンイモのロープで作った簡便なあぶみは、馬上の姿勢を安定させてくれる。本当はこれに加えて手綱とか、鞍とかも、使えたらいいのだろうけれど、野生の馬をそこまでの乗馬にするだけの知識や経験がないから、あぶみ以外は、おれはただたてがみを掴んでいるだけだ。
野生なのに乗せてくれるってところは、一度上下関係をはっきりさせたことがあるからだろう。今となっては懐かしい。
今回、わざわざ馬で移動しているのは、大森林に向かってくる集団があるからだ。
あちらは、気づかれているとは思いもしていないはずだから、偶然を装って出会うことになる。
まあ、こっちがスクリーンに映し出した鳥瞰図の光点でその集団の接近を把握したなんて、予想できるはずがない。
それにしても、何者だろうか?
会ってしまえば、すぐに判別できることなのだが、会うまでは、いったい何者が、何をしにあらわれたのか、想像もつかない。
虹池から流れる小川に沿って南下してきているのだから、目的地は大森林で間違いない。
ただ、移動スピードはかなり、遅い。
大人が歩くよりも、ゆっくりしたペースで進んでいるらしい。
その動きに気づいてから、三日、待っていたのだが、あまりにも進みが遅くて、待ち切れずに出てきてしまったというのが、今のおれの状況だ。
そもそも、川沿いに南下したとしても、虹池にたどり着くだけで、大森林の中のアコンの村にまで到達できる訳ではない。
おれの同行者は・・・。
「ちょっと! 速すぎるわ! 私がついていけるペースにして!」
「わがままな竜の姫ですね。スグルの足を引っ張るのならアコンの村に戻ったらどうですか?」
「うるさいわね、この邪魔者女神!」
もう一頭の馬に乗っている竜の姫、クレアファイアと。
おれの後ろに横座りして、後ろからおれに抱きついている女神、セントラエスだ。
女神セントラエムは、三年前、おれが火炎魔法のスキルを身につけてレベルアップした時に、同じくレベルアップによって上級神となり、名前がセントラエスに変わった。
よく分からないが、初級神の時はセントラエル、中級神になってセントラエム、そして今は上級神でセントラエスだ。
ちなみに、今のセントラエスは七割の力の本体で、残り三割は分身としてアコンの村に残って、村のみんなを護っている。
かつて、中級神だった頃と違って、上級神としての三割の力がもはや半端ない。中級神の頃は、村の護りに九割の力を残していたことを思えば、上級神になってからのステータス補正は驚きである。
レベル73で生命力は六万超え、精神力は七万超えで、忍耐力は三万超えだ。
三割の力で生命力は五ケタになっている。今のセントラエスなら、七割の力で赤竜王のドラゴンブレスを何回防げることか。
守護神とはいえ、上級神がここに存在していることは、極めて異例のことらしい。
セントラエスはおれの後ろにいて、おれに抱きついているけれど、実体ではない。ただし、おれにだけは神眼看破のスキルで見えているし、感触も温もりも感じる。
竜姫クレアファイア、クレアにはセントラエスは見えていない。ただ、この二人はごく普通に会話ができる。どちらも人外の存在だからだろうか。
「そもそも、虹池までは私が空を飛んできたから速かったの! その分のゆとりを今、返してもらうだけよ!」
クレアの正体は赤竜だ。今は魔法で人化している。すごい魔法だが、当然ながら、おれには身に付けられなかった。
クレアには実体があって、馬に乗っている。
ただし、残念なことに、乗馬スキルがある訳でもなく、おれとイチのペースに合わせられないようだ。
ちなみに、なぜか、セントラエスは乗馬スキルがある。女神の謎のひとつだ。いつの間にそんないらないスキルを・・・。
「セントラエス、実体化して、クレアの馬に乗ってくれないか」
「スグルの頼みでも、それはお断りします。私はスグルの後ろがいいです。馬に乗ってついてくると決めたのはクレアです。クレアが努力すべきだと思います」
「むー。オーバの頼みをきかないなんて、あなたそれでも守護神なの?」
「守護とは頼みを全てきくことではありません。しかも、スグルを助けるのではなく、クレアを助けることまで、守護の範囲に含めるのはおかしいですから」
そして、この二人は、あんまり仲良くできない。
仲が良いとは言わないが、悪い訳ではない。
これだけ会話するんだから、悪いとは思えない。
いや、というか、セントラエスとこんな感じで対等に話すのはおれを除けばクレアファイアだけなので、そう考えると最も仲が良いと言えなくもない。
だから、こういう言い方になる。この二人は仲良くできない、と。
まあ、現状では、どちらもがおれのやりたいことを妨害している、というのも事実。
やれやれ。どうやら女難人生らしい。
おれは、少しだけペースを落として、イチを走らせた。
さて、問題の集団が視界に入った。
まあ、それは同時に、相手の視界にこちらが入ったということでもある。
スクリーンの表示通り、五人の集団だ。
足が遅いのは、荷車を動かしているからか。
何を運んでいるんだろうか?
行商人だとすると、これはとても不自然だ。
そもそも、行商人は大森林まで来ない。大草原のどこかの氏族と取り引きして、辺境都市へ戻る、というのがこれまでの普通の行商人の動きである。
大森林まで往復したら、その旅費としての食費などで、利益が出るはずがない。
おれが言うのもおかしな話だが、そもそも、辺境都市の行商人には、大森林への伝手がない。いや、はっきり言えば、アコンの村にはたどり着けない・・・。
森の中で迷うだけだろうに。大森林をなめてはいけない。あれは樹海だ。
おれたちは、目立たないように樹木の上部にネアコンイモの芋づるロープを張って、それを目印として道を示しているが、そのことを知らない者には、到底、歩ける場所じゃない。
冒険的な商人なのだろうか。一攫千金、みたいな感じで、大森林まで足を伸ばすのか?
まあ、それだけの魅力ある商品がないかというと、クマラが作った三種類の布をはじめ、食糧関係はかなり充実しているから、魅力ある商品は多いと言える。
それでも、利益にならないくらい、辺境都市からは遠いのが大森林であり、アコンの村だ。あっちからすると、実在するかどうかも疑わしいはず。
交換してほしい物としては、やはり金属器。銅剣や銅のナイフなんかはありがたい。そういう品ぞろえなら、アコンの村としては大歓迎だが、まあ、たどり着けないなら、ないも同然。
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