第58話 女神が村人の尊敬を改めて集めた場合(2)



 夜は、アイラ、クマラ、ケーナが寝る前までおれのところにいて、これからのことについて話し合った。セントラエムも相談役としてここには、声の出演。おれにだけは見えているけれどね。


 ノイハが手に入れた麦は、ケーナがクマラにアドバイスをもらいながら栽培実験を進める。麦はケーナで米はクマラということで、ここははっきり役割分担をしてみた。


 ジルが新しく竹林を見つけたらしく、その竹で滝からアコンの群生地の北側まで水道を設置したいとクマラが提案した。

 小川と畑を往復する水汲みはいいマラソン訓練だったのだけれど、今後のことを考えれば、アコンの群生地の北側の畑の近くにため池を掘って、そこに水道で水を満たすのは、みんなのためにやった方がいいだろう。

 ただし、水道は常時接続ではなく、必要に応じて水を流したり、止めたりできるようにしたい。まあ、それは最初の竹管の設置の仕方だけなので簡単にできることだろう。

 それよりも、ため池の先に水道は延長して、アコンの群生地の近くで水を利用できるようにしておくことも忘れずに追加して決定した。


 まあ、水道より先にノイハとリイムの新居を造る必要があるので、竹はそっちを優先する。肌寒いこの時期はアコンの幹の中の男部屋と女部屋に分かれて寝ているので、ノイハたちが夫婦らしく暮らすのはもう少し温かくなってからだ。


 みかんの収穫と、そこまでの途中で出る毒蛇について、ケーナが心配していたが、それは毒蛇を取り除くのではなく、遠回りをすることに決めた。

 大森林の生物は絶滅させないという約束を大角鹿の長老としている。あの毒蛇、実はノイハが利用しているのだが、それは言わずそっとしておくことにした。


 虹池とアコンの村、ダリの泉とアコンの村を結ぶ、道の建設をおれは提案した。おれが提案すると、その時点で決定、みたいな感じがあるのが少しだけ残念だ。

 道路建設は重要だけれど、時間がかかる事業だ。今の人口では、なかなか進まないだろうと思う。

 馬が走れる幅にしたいから、六メートルくらいの幅で、可能な限り直線に。

 だから、邪魔な樹木は根ごと掘り起こさなければならないし、地面は叩いて叩いて固めなければならない。

 まっすぐな道にするのは、おれのスキルで可能だから問題ない。今度、一日でどのくらいの距離を建設できるのか、試してみることに決まった。


 この冬の間に、母猪を仕留めて、子猪を捕まえ、猪の家畜化を進める。子猪を狭いところで飼って運動量を減らして、太らせ、大人しくさせていく。猪の家畜化は豚への品種改良だ。森小猪よりも、多くの肉を確保できる。


 麦の栽培実験が成功すれば、滝の小川に沿って水田を拡大し、米、米、麦の三期二毛作を進める。

 もちろん、全ての水田を三期二毛作にするのではなく、一年ごとに、二期作や二毛作と、放牧とを組み合わせて、地力の回復に努めながら、穀物を確保する。

 一年目に三期二毛作、二年目に二毛作、三年目に一期作と放牧による地力回復、というローテーションをずらしながら行うくらいでいきたい。滝の小川の周辺はおれたちの穀倉地帯になる。


 将来的には、ダリの泉から流れる川に沿って、麦畑を広げ、ダリの泉の周辺に分村する。もちろん道はアコンの群生地までつなげて、馬で行き来できるようにする。

 ここも、穀倉地帯のひとつだが、麦作は連作障害に注意が必要だ。地力回復の工夫を考えるか、やはり放牧と組み合わせるか。牛の導入はなかなか難しいと思う。

 同じように、虹池は牧場にしていく。まあ、虹池周辺には既に馬の群れが居座って牧場のようになっているからちょうどいい。ここにも分村して、アコンの群生地まで道をつなぐ。


 それに、台地の上の探索も進めて、生活向上につながるものを見つけたい。


 大草原の氏族たちを丸め込んで、口減らしの子どもをこっちで引き受けるようにしたい。


 話し合えば話し合うほどに、いろいろなことが膨らんでいく。


 話は尽きなかったが、あまり遅くならないうちに、と、アイラたちは女性部屋へ。


 おれは、ちょっと寒いけれど、樹上でジルとウルとくっついて寝た。

 ジルとウルが今日は絶対にオーバと寝る、と言い張って、アイラたちがそのことを笑顔で認めたからだ。二人の温もりが、おれに、村に戻ったという安心を与えてくれた。






 翌朝、体操や祈りなど、村でのいつも通りに過ごした後、おれは一人で崖下へ向かい、台地へと登った。一人とはいっても、もちろん、セントラエムは一緒だ。


 目的は、竜の召喚。

 村の暮らしについては、みんなに任せて大丈夫。


 だから、赤い竜玉を取り出して、右手に握り、祈りを捧げた。


 神聖魔法を使う時のように、体中から光があふれ、それが右手へと流れて集まり、輝きを増していく。そして、光輝く眩しさの中、巨大な竜が姿を現わす。


 大きな竜だ。

 昨日見た、赤竜王と同じくらいの巨大な竜だ。


 赤竜王の眷族には、赤竜王に匹敵する巨大な竜がいるらしい。


「そなたは、なぜ我の眷族ではなく、我を召喚するのだ?」


 同じくらいの竜ではなく、赤竜王そのものが召喚されていた。


 でかいと思ったよ。

 でも、これは、失敗か?


 いや、そもそも、おれに竜を選ぶような瞬間はなかった気がする。


「赤竜王さま、どうやったら、眷族の方を召喚できるのでしょうか?」


「うーむ。その竜玉は、持ち主に見合った力を持つ竜を・・・。ああ、いかん! そなたの力で竜を召喚する限り、呼び出されるのは我しかおらんではないか!」


 おれのステータスでは、どうやら赤竜王本人を召喚してしまうらしい。つまり、おれの力に見合った竜は、赤竜王の眷族では赤竜王本人だけしかいないのだ。


 これは困った。

 赤竜王と関わると、ろくなことはない。


 そのことは口には出せないけれど。


「どうしたものでしょうか・・・」


「我とて、何の役割もない、という訳ではない。いちいちそなたの召喚に呼び出されておったら、いろいろと差し支えるのだが・・・」


 そりゃ、そうでしょうね。

 おれだって、赤竜王とはまだ修行したくないよ。


 セントラエムに頼って防戦一方というのでは、修行にならない。


「仕方がないのう。我が眷族の誰かを召喚して紹介するので、そなたは紹介が終わったら、我をすぐに送還してくれぬかのう」


「分かりました。ご迷惑をおかけします」


「まったく、青竜王の奴め。あやつのせいで・・・」


 ぶつぶつと青竜王の文句を言いながら、赤竜王は自身の眷族を召喚する。


 正直なところ、そこは青竜王の責任ではなく、「領域」ではないのに先制攻撃をしかけてきた赤竜王自身の責任なのだが、それも、わざわざ口には出さない。


 赤竜王の正面に光が満ち溢れ、その光が消えた後には、赤竜王よりも十メートルくらいは小さい赤竜があらわれた。

 赤竜王よりは小さいけれど、はっきりいって、おれたちからすると巨大な竜であることに変わりはない。


「赤竜王さま、何用でございますか?」

「よく来た、竜姫クレアファイア。そなたを呼び出したのは、ほれ、昨日話した、そこの人間のことだ」

「赤竜王さまが「三願」を取らせた人間のことですか? この者が?」


 どうやら赤竜王が呼びだした眷族は雌で、しかもお姫さまらしい。


「そうじゃ。こやつが竜玉を用いて召喚を為せば、我が呼び出されてしまう。我も竜王としての勤めがある故、こうしてそなたを呼び出して、この者の相手を任せようと思うたのじゃよ」

「・・・竜玉での召喚で、赤竜王さまを呼び出してしまう・・・そんな人間がいるのでしょうか?」


「そこに、ほれ。そなたの目の前に、おるではないか」

「・・・そんな人間の相手を、私にしろ、と?」

「そうじゃ」


「・・・いや、あの、赤竜王さま、それは・・・」

「先に言うておくが、我の竜眼はこの者には通じなかった故、どのような力を秘めておるかも全く分からぬ。くれぐれも油断するでないぞ」


「いえ、その、油断も何も・・・えっ? 赤竜王さまの竜眼が通じないっ? 何それっ?」

「昨日の話でも伝えたが、この者は我に傷を負わせた故、そなたも、鱗や竜結界の頑丈さに頼って、簡単に打撃を喰らうでないぞ」


「・・・あれ、冗談ですよねって、竜族の村ではみんな笑えない冗談だと言っていましたが、本当だったのですかっ? そんな相手に、私に何ができると・・・」

「では、スグルよ、我の送還を頼む」

「せ、赤竜王さまっ? 私の話を聞いてくださっていますか?」


 赤竜王は明らかに竜姫の話を聞いていないと思うが、言われた通りに赤竜王を送還しないと、こっちが被害を受けるので、おれは再び竜玉に力を込めて、光を拡大していく。


 眩しさが失われ、その光とともに、赤竜王も消えた。

 どうやら送還に成功したようだ。


 ここには一人の人間と一頭の竜と、竜には見えていない神族が残された。

 そして、おれは竜姫クレアファイアとやらと向き合う。


「ひっ・・・」


 なんだか、ドラゴンがおれに怯えているように見えるのだけれど・・・。

 まあ、気にしないことにしよう。


「初めまして、竜姫さま。おれはオオバスグル。よろしくお願いします」


 こうしておれは、この先、長い付き合いとなる竜姫との初対面を果たしたのだった。





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