第58話 女神が村人の尊敬を改めて集めた場合(1)



 小川へ向かう慣れ親しんだ道は、アコンの村で暮らす人たちに踏み固められて、少し離れたところとは全く違う状態になっている。


 草が生えていないのだ。


 もう何か月もおれたちはこの道を往復し続けてきたのだなと、懐かしく思った。


 ふと、道の外れに、ずいぶんと土がえぐれているところを見つけた。


 なんだか、物騒な感じがして、何か知らないかとふり返れば、セントラエムが微笑んでいた。


「心配いりませんよ、スグル。あれは、ジルとクマラが灰色火熊を倒した跡です」

「灰色火熊?」


 なんでそんな危険な状況なのに、おれにセントラエムから報告がないのだろう?


「栗の実を取りにあらわれたようです。まあ、ジルとクマラは、ジッドが駆け付けてくる前に倒してしまいましたけれど」

「あ、そう、か」


 どうやら、ジルとクマラは、あっさりと灰色火熊を倒したらしい。


 そういえば、ここは栗の木が群生している近くだった。大森林では、気温の関係で、秋の味覚というよりは、冬の味覚になっている。冬の気候が秋みたいなものだし。亜熱帯って、すごいよな。


 熊が狙ってくるというのは、警戒が必要だ。

 ジルやクマラ、ノイハならともかく、他の者では大怪我につながりかねない。


「まあ、スグルがいないと、そういう獣が近寄ってくる、ということもありますけれど、それでも、もはやジルやクマラの敵ではありませんね」

「あいつら、つえーよな・・・」


「ノイハでも灰色火熊には勝てるだろう?」

「どーだろーな、離れた距離で勝負すんなら、灰色火熊でもいけるって気はすっけど。ジッドと組んで、二人なら確実かな」


 ノイハが冷静に戦力分析している。

 こういうところが、ノイハの成長なのかもしれない。


 初めて会ったときは、大牙虎との戦いでいろいろと怪我をして逃げてきていたのに。

 ノイハの成長は、村の成長と同じ、なのだろう。


「それよりも、灰色火熊を倒したっつーと、そりゃあ・・・」


 ノイハは満面の笑みを浮かべた。「肉だろ?」


 この点に関しては、成長なし。

 ノイハは変わっておりませんでした。


 そういえば、大角鹿の長老から、ヒトの言葉を話せる熊が一頭いると聞いた覚えがある。今回の熊ではなかったようだけれど、気をつけておきたい。油断は、しないことだ。


 木々が少しずつ開けて、小川が見えてくる。

 声も聞こえる。

 みんなが、いる。


 ああ、帰ってきたんだな、と。


 おれたちは、河原に降りた。


「オーバ!」


 最初におれたちに気づいたのは、座って休んでいたアイラだ。

 隣にはサーラもいる。


 二人は妊婦。お腹が大きく膨らんでいるので、いろいろと活動には制限がある。


 アイラとサーラの関係は良好。もともと、アイラやクマラは、サーラに対して優しい気持ちで接しているので、心配ない。まあ、おれが、おれだけがサーラに冷たいのかもしれない。


「ただいま、アイラ。お腹に触ってもいいかな?」

「いいわよ、もちろん」


 おれは許可を得たので、そっとアイラのお腹に手を添える。

 この中に、おれたちの子、おれとアイラの子がいる。


 不思議な感じだ。

 転生前はまだ独身で、この子が、初めての子どもになる。


 そういう意味では、転生して良かった、という風に思える。

 人間らしい暮らしは、転生してからの方が充実している気がする。


「女神さまが、オーバが危ないって、伝えてくれたけど、どうやらその危険も乗り越えたみたいね」

「まあ、ほとんどは、セントラエムが護ってくれたんだけどな」

「・・・やっぱり、女神さまはすごいわね」


 アイラの言葉に、おれの隣にしゃがみこんだセントラエムが微笑んだ。


「クマラやジルは、オーバのことは心配いらないって言ってたわよ」

「あの二人の方が心配いらないって、気がするよ」


「本当に、そうね。なんだか、置いて行かれた気がするもの。二人とも、どんどん強くなって」

「アイラのお腹には大事なおれたちの子がいるんだ。強くなるのは二人に任せて、体を大切にしてほしいな」


 アイラのお腹に触れているおれの手に、アイラの手が重なる。

 おれはアイラに身体を寄せて、そっとキスをした。


 サーラが見ていたけれど、そんなのはもう関係ない。


 セントラエムが両手で顔を隠して、指と指の隙間から目を見開いておれとアイラのキスを見ていた。


「本当に、おかえりなさい」

「ああ、ありがとう、アイラ」


 いつの間にか、みんながおれたちの方へ集まってきていた。


 ジッドの号令で、焼肉祭りが決定した。

 どうやら、熊肉を果汁に漬けたものが大量に残っているらしい。


 何の果汁かと聞くと、みかんだった。

 ちょっと、味が想像できない。


 でも、まあ、みんなで食えば、うまいものだ。






 熊肉の焼肉を食べながら、みんなの話題はおれたちがいない間の村の出来事を中心に、自慢話や失敗談を次々と紹介してくれる。


 話を聞きながら、スクリーンには対人評価でみんなのステータスを出して確認してみる。


 経験に応じて、何かのスキルを身に付け、レベルを高めている者もいた。

 村を離れて、みんなに任せることで、レベルも上がりやすいのかもしれない。


 おれを除いてレベルの高さは、ジルがレベル24、クマラがレベル19、ノイハがレベル16でこの三人がアコンの村の三強だ。四天王最弱な感じのポジションとなる次点がアイラでレベル12。二桁レベルはここまで。


 驚きはケーナのレベル9。レベルだけならジッドを抜いている。

 剣術や戦闘棒術ではなく、弓術スキルがあるので、接近戦でジッドに勝てる訳ではないが、成長株だ。強くなりたいと言っていただけのことはある。とても努力していたから、この結果も不思議ではない。


 ちなみに、アイラの妹のシエラがジッドと同じレベル8まで成長している。こっちも成長株だ。

 職業欄にセントラの巫女って・・・いつの間に。信仰スキルはもちろん、どうやら神聖魔法が使えるようになっている。

 その点では、ケーナの成長も同じポイントだろう。


 学習スキル優位かと思っていたけれど、信仰スキルと神聖魔法は合わせ技でのスキル獲得につながってレベルを上げやすいのかもしれない。

 ここは、研究の余地あり。まあ、信仰スキルは真剣に女神に祈るようにならないと身に付かないみたいだけれど・・・。


 ナルカン氏族から口減らしで連れ帰ったバイズが、熱心にジルとクマラの手合わせについて話してくれる。

 この村に来たばかりの頃は、おれに対してかなり距離感があったけれど、今ではこうやって直接おれに話しかけてくれるまで、変化してきたのはいい感じだ。

 いや、それももちろん大事なんだけれど、何それ、そのジルとクマラの戦いぶりは?

 まあ、ジルの方が一枚上手なのだけれど、クマラが知恵でその差を埋めて戦う、みたいな感じだというのはよく分かった。

 そんな訓練の様子が、灰色火熊を圧倒する二人につながっているのだろうと思う。実は、ジルとクマラには、食後におれと立ち合いたいという申し出があって、立ち合うことを約束させられている・・・。


 村の話がなくなると、ノイハがおれたちの旅の話をおもしろおかしく語り始めた。みんなは、ノイハの語りに、笑ったり、驚いたり、うらやましがったり、とても楽しそうだ。

 ちょっと、ノイハの活躍が誇張されている気もするけれど、まあ、それは許容範囲か。小竜鳥に掴まって岩山へと飛び、そこで赤竜と対峙した話になると、みんなは黙って真剣に聞いていた。

 ノイハの語りもどこか重々しい。

 とんでもない赤竜の攻撃を女神セントラエムが結界で防ぎ、おれが赤竜に一撃を入れて、青竜が仲裁にあらわれた、という今日の出来事を改めてノイハの口から聞き、ふり返ってみると、本当に今日はとんでもない一日だったのだ、と思う。


 よく、生き抜くことができたものだ。

 セントラエムの力なしでは、死んでいただろう。


「本当に、女神さまはすごい」


 シエラがそうつぶやき、みんなもうなずきながら、口々に女神を誉め称えた。

 おれだけに見えているセントラエムが、照れくさそうに笑っている。


 こういうときに、スキルを使ってみんなの前に出たってかまわないだろうに。


 そういえば、赤竜王との戦いで、セントラエムは精神力や忍耐力をかなり消耗したはずだ。実体化するスキルが使えないくらい、消耗しているのかもしれない。


 宴席の終わり、ノイハがリイムにプロポーズをした。

 真っ赤になったリイムがうなずいたので、長たるおれが二人の結婚を認めて、アコンの村に新しいカップルが誕生した。


 エイムの表情からは、祝福だけでなく、何か違うものが読み取れた気もするが、そこは見なかったことにしようと思った。


 とりあえず、ノイハとリイムには幸せになってもらいたい。





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