第57話 いろいろな意味で女神がふわふわ浮いている場合(2)



 石灰岩台地には、巨大なタケノコのように、石灰岩の突起物が無数にあった。ただし、樹木や草花に隠されているというだけだ。


 草原ではなく、森林の延長のように感じるが、樹木の総数は、崖下と比べるとはるかにすくない。


 土が浅く、少ないのだろうと思う。


 石灰岩の岩盤の表層にある分だけの土では、それほど大きな樹木に育たないのだろう。


 いわゆるカルスト台地というものなのだが、おれが個人的にイメージしているカルスト台地とはちがって見える。岩肌が露出していないのだ。


 まあ、なんとなく、原理は分かる。

 おれの知っているカルスト地形の見た目は、人間が作り出しているのだろう。


 山焼きという行事がそれだ。毎年、人為的に山火事を引き起こすことで、樹木を育てず、草原にしているのだろう。


 ここは、自然のままで、山焼きをしていないから、森林に近い景色になっているが、土壌の浅さが崖下の大森林のような状態にはならないようにしているのだと思う。


 とりあえず、ロープには余裕があったので、崖下へ三本、ロープを垂らした。


 ロープは八本分をつないで下まで届いた。一本あたり、十から十五メートルくらいだから、崖の高さは百メートル前後というところか。


 台地の上から見ると、アコンの群生地は菱形に広がっていることがよく分かる。

 だれかが人為的に植えたかのように。


 上から見るというのは、いろいろなことを教えてくれるものだ。


 高さだけなら、アコンよりも高い樹木は多く、それらが大森林の外から、アコンを覆い隠しているとも言える。


 ロープを結んだ地点から降りると、アコンの村はすぐだ。


 おれとノイハは、垂らしたロープとは別に、自分の腰にロープを結んだ。そのロープは、さらに垂らしたロープに引っかけるように輪を描いておれたちの腰に結んだ。その輪は二重にしておいた。


「さて、行くか」


「本当に、大丈夫なんだろーな・・・」


「さあね。とにかく、気をつけてな」


 おれは、ノイハを置いて、先に崖下へと、ひょいっと飛び出した。


 崖下には背を向けて。


 ロープが一度、崖から離れて、すぐに崖へと引き戻される。


 両足で崖の岩壁に着地。


 手の皮が厚いのはレベルのせいだろうか。

 痛くもかゆくもない。


 もう一度、ひょいっ、とジャンプして、降下しながら、崖から離れて戻る、という動きを繰り返した。


「ノイハーっ、やり方―っ、分かったかーっ?」

「できるかーっっ!」


 あれ、そんなに難しいかな。


 ノイハは少しずつ、少しずつ、足を動かして下りてくる。


 正直に言えば、あれの方が、足を滑らせたりしたら、一気に真下へ落ちると思うんだが。


 足を滑らせたノイハが、ずるずるっと二メートルほど落下して、岩壁のくぼみに足が引っ掛かって止まる。


 ほら。

 あれ、危ないと思うよ。


 じわじわ、じわじわと、少しずつ、少しずつ、手足を動かして、ノイハが下りてくる。


 おれの横に並ぶまでに、十分以上はかかったはずだ。


「やっと、追いついた・・・」

「じゃ、先に行くぞ」

「え、あ、おい・・・」


 おれは一度岩壁を蹴って、だいだい三メートルほど、ノイハの下へ。

 二度、三度と岩壁を蹴って、およそ十メートル下で、再びノイハを待つ。


 少しずつ、足を動かし、手を動かし、時間をかけてノイハが追いついてくる。


「じゃ、先に行く・・・」

「待て待て、オーバ。それ、どうやってんだよ?」


「うまく説明しにくいな・・・」

「いやいや、いっつも、みんなにいろいろ教えてんじゃねーか」


 そう言われてみれば、そうだった。


「岩壁を蹴って後ろに跳ぶと、こうやって岩壁に戻ってくるんだけど・・・」


 おれは実際にやってみせる。


 ロープは揺り戻しで、元いたところにおれの足はつく。


「このときに、手を離すっていうか、ゆるめるっていうか・・・」


 今度は、岩壁を蹴って、少しだけロープを握る手を緩め、すぐにロープを握る。

 一メートルくらい下に、足がつく。


「ほら、下に行けるだろう?」

「・・・手ぇ、離すのかよ・・・」

「ちょっとずつ、やってみれば?」


 ノイハが、岩壁を蹴り・・・。


 元いた位置に戻る。

 手を離せなかったらしい。


 二度、三度、同じことを繰り返して・・・。


 四度目に、約二メートルほど、おれよりも一メートル下の岩壁に足をついた。


「・・・こええ、な」

「できたじゃないか」


 おれはひょいっと岩壁を蹴って、ノイハの横に並んだ。


「なんで、そんな簡単そーにできんだよ」

「やり方は教えたぞ? じゃ、先に行くからな」


 おれは三回、岩壁を蹴って、ノイハを十メートルほど引き離す。


 そこで待つ。


 ノイハは五、六回、岩壁を蹴って、おれの横に並ぶ。


 なかなか、いい感じだ。


 何も言わずに、おれはまた三回、岩壁を蹴って、下りていく。


 崖下に立ち上がったときには、ノイハも三回蹴れば十メートルくらいの降下ができるようになっていた。


「すごいですね。こうやって、ロープで崖下に降りるなんて」


「セントラエムはふわふわ浮いてるから関係ないよな・・・」


「まあ、それが神族のもつ特性のひとつではありますね」


 なんといううらやましい特性だろうか。


 生命力なんかも、セントラエムは五ケタあるしな。


 能力の格差社会だ。

 人族は努力あるのみ。そして、どれだけ努力しても、届かない種族の差。


 まあ、竜族とか、神族とかと、争わなければいいだけか。


「どうして、台地の上に降りたのですか? わざわざこうやって、ロープを使わずとも、赤竜王さまにどこかで降ろしてもらえば・・・」


「いろいろあるけど、赤竜王のあの大きさでは、大森林で降りられそうなところが思いつかなかったってことと、大森林の外に降りたら、アコンの村に戻るまでかなり時間がかかりそうだったしな。台地の上は、それほど樹木がないってことは、小竜鳥で飛んだときから見ていたし、いずれ、台地の上もいろいろ探してみたかったから、かな」


「確かに、ここなら、村はすぐそこですね」

「あとは、竜の発着場として、台地の上がいいかと思って、さ」

「ああ、なるほど」


 そう。


 ある意味で、今回のトラブルでの最大の収穫のひとつ。


 乗り物としての、竜。


 赤竜王に叶えてもらう願いのひとつとして、竜を移動手段として使えるようにしてもらえるように願ったのだ。


 いろいろと言われたけれど、青竜王の仲裁もあって・・・竜を修行相手とする二つ目の願いと合わせて、赤竜王の眷族を呼び出すことができる赤い宝石をもらった。


 竜玉というらしい。ドラゴンボー・・・ではない。


 なんか、アンバランスなカッティングがされた宝石だ。適当に削り出したような感じ。似ているイメージは黒曜石の打製石器かな。色は違うけれど。


 これを握って願えば、赤竜王の眷族を召喚することができる。


 ドラゴンタクシー、獲得しましたとも。

 高速長駆をはるかに上回る、長距離移動手段を入手したのだ。


 青竜王から念を押されているが、あくまでも移動手段で、戦闘目的にしてはならないという約束はさせられている。ただし、おれ個人だけでなく、同乗はオッケーである。二頭に分乗はできない。


 あとは、召喚した竜と、手合わせさせてもらえる。これが修行相手としての竜という願いの実現。ただし、命を奪い合うことなく、だけれど。


 これも、青竜王からの念押しで、与えたダメージ分は神聖魔法で治療して回復させるという約束をさせられている。青竜王の見立てでは、赤竜王を傷つけられるおれの力なら竜殺しも可能らしい。


 殺されたくないし、殺したくもないけれど、ある程度、ぎりぎりの戦いの中でこそ、自分自身を高める修行になる。

 うちの村では、一番強いジルでも、おれの修行相手にはならない。

 セントラエムを相手にするというのも考えたけれど、セントラエムいわく、護りをひたすら固めるだけで攻撃はできませんよ、とのこと。

 守護神として何とかに抵触するらしい。サンドバッグでは修行にならない。だから、竜族を相手に修行ができるのはありがたい。


 三つの願いの最後は、魔法を教えてもらうこと。


 これが一番難しいかと思ったけれど、これが一番すんなりと認めてもらえた。青竜王からの制限もなしで、本当にあっさり認めてもらえた。なぜだろうか。


 竜族からすると、魔法を教えることなど、大したことではないらしい。まあ、それが魔の領域、魔界での常識なのだろう。


 こっちとしては、魔法という名のスキルが増えるので、レベルアップにもつながるはずだし、ありがたいことこの上ない。どんどん人間離れしていく気がするが、それは今さらだろう。


 赤竜王の眷族から学ぶことになるので、火の属性魔法に偏ってしまうと言われたが、それはそれ。


 魔法はやっぱり火の球からですよ。


 それがファンタジーですよ。


 崖下に降りるまでの精神的な疲労で座り込んでいたノイハが、水筒から水を飲んで落ち着いたので立ち上がる。


 それを見て微笑んだセントラエムがおれの右袖を掴む。


「この時間なら、川の方じゃねーか」

「ああ、そうだな」


 そして、三人で歩きだす。


 久しぶりのアコンの村へ・・・。





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