第57話 いろいろな意味で女神がふわふわ浮いている場合(1)
「それで、どこに降りるのだ?」
高速で空を飛びながら、赤竜王フレアブラムは、自身の背をふり返った。
首がけっこう長いから、できることだな、うん。
おれとノイハは、赤竜王の背の上で、セントラエムの結界に護られて座っている。
なんでこんなことになっているかというと、それは赤竜王の贖罪とでもいうか、どうか。
ある意味では三つの願いのひとつ、なのだけれど少し違う。
まあ、村へ急いで帰りたいというのが大きな理由で、そのために赤竜王に乗せてもらったというのは間違いない。
「大森林の南側、灰色の台地の上に」
おれは赤竜王にそう答えた。
ノイハがびっくりした、とでも言うようにおれを見た。
「いいのか、オーバ? それじゃ、崖の上じゃねーの?」
「いいんだ、ノイハ。あの崖は、おれたちが登るのは難しいけれど、上からロープを結んで使えば、この先、登ったり、下りたりできるようになる。そうすれば、大草原とはまた違う、おれたちの可能性が広がるはずだからな。この機会にロープを結ぼうと思う」
「・・・なるほどねえ」
「分かった」
そう答えた赤竜王が前を向き直して、速度を上げた。
小竜鳥よりもはるかに速い。
景色を楽しむ余裕はない。
なぜなら。
もう到着したからだった。
ちなみに、青竜王はこれよりも速いらしい。もうそんなの誤差だろうとは思うけれど。
「やれやれ、早く下りるがいい」
おれはノイハを促して、尾の方へと歩いていく。
赤竜王はちょっとした小山のようなものだ。
頭の先から尾の先まではおよそ30mくらいはあるだろうか。首は3mくらいだが、尾は15m以上ある。尾が武器だというのも分かる・・・というか、体の大部分が尾だな。太いところはアコンの木、とまではいかないのかもしれないがそれぐらいはあるイメージだ。
全体的な大きさのイメージは25mプールみたいなものか。
首と尾をたたんでも、そこからはみ出るだろうけれど。
台地の上に降り立ったおれとノイハは、赤竜王の正面に回って、向き合った。
威圧されている訳ではないので、ノイハも普通だ。
「ここまで乗せてくださって、ありがとうございました」
「む・・・今回はたまたま、我が乗せたが、今後は、我が眷族だぞ?」
「はい。そのように理解しております」
「我の背に乗る機会など、本当はないのだからな?」
「貴重な機会をいただいたこと、一生忘れません」
「・・・いや、忘れてもよい。むしろ、忘れてくれ・・・屈辱だ・・・青竜王の奴め・・・」
まずい。
このままではいけない。
このまま、さっきの交渉を思い出されてしまうと、話が長くなりそうだ。
そして、この、赤竜王は、話せば話すほど、やっかいなことになるタイプだ。
今回はもう、十分過ぎるほど、迷惑をこうむっている。これ以上、赤竜王がらみで何かが起こってほしくない。
おれは、さっと片方の膝をついて、頭を下げる。
「赤竜王さまへの感謝と、「領域」への御無事をお祈りいたします」
ノイハが慌てて、おれの動きをまねる。
おれは丁寧な、とても丁寧な言葉を使ってはいるが、言いたいことは、早く帰れ、である。
「うむ、では、の」
赤竜王も、この場にいたい訳ではないので、さっと飛び立つ。
そして、そのまま、あっという間に飛び去っていった。
これで、今回の、竜騒ぎは、決着だ・・・と、いいなあ。
できれば、あまり関わりたくない。
竜は、神族と同じで、レベル差に関係なく、大きな力を持った存在。
スキルとレベルという概念に縛られながらも、それを超越した種族としての力を持つ存在。
ただし、利用方法は、ある。
今回の赤竜王とのいろいろで、一気にいくつもレベルが上がった。
戦闘関係のスキルや耐性スキルについて、それを獲得したり、スキルレベルを高めたりするのに、竜との戦闘は効果的である。
おれにとっては。
ただし、生命の危険があるのだけれど・・・。
いや、生命が脅かされるから、レベルが急速に上がるのかもしれない。
だから、修行相手としては、準備さえきっちりすれば、都合がいい。
「スグル、本当にロープでこの崖の下に降りられるのですか?」
おれは左の肩ごしに、セントラエムをふり返った。
セントラエムは、おれの左後方で、ふわりと浮いている。
えっと、なんだっけ。
GSMのおキ・・・みたいな、背後霊ポジションとしか思えない。
守護神って、どこにいるべきなんだろう、と言われたら思いつかないけれども。
セントラエムが首をかしげて、そのままふわりとおれの右後方へと移動する。
その首をかしげた感じが、なんともかわいい。
おれは首を正面から回して・・・いや、首はそっちからしか回らないけれども、右の肩ごしにセントラエムをふり返った。
「今から、ロープをしっかり固定できるところを探して、そこで何本かロープをつなぎ合わせる。強度が心配なら三本で編み込んでもいい。ネアコンイモの芋づるロープは、収穫したイモの数だけあるからな。足りなくなる心配はない」
「・・・あの」
「どうした?」
「スグル、私の位置が分かっていませんか?」
「ああ、分かるけど」
「!」
「やっぱり背後霊の位置だよなあ」
「守護神です!」
セントラエムは、左手でおれの右腕を掴みながら、地に足をつけた。
「分かった分かった、冗談だよ」
おれはそう言いながら、セントラエムの左手に触れて、右腕から離す。
セントラエムが自分の左手を見て、それからおれを見た。
「今、普通に、私の手に触れましたよね?」
「ああ、そうだな」
「私、今は姿を現わす「神姿顕現」も実体化するための「実体創身」も、どちらのスキルも使っていませんが・・・」
「・・・おれもよく分からないけど、「神眼看破」のスキルを獲得したら、セントラエムが見えるようになったし、そのまま触れられるようにもなってたんだ」
「おれには見えねーんだけどさ・・・」
ノイハが話に割り込んできた。「女神さまを見たり、女神さまに触れたりできんのは、オーバだけっつーことなんだな?」
「ノイハに見えない・・・スグルだけ・・・」
セントラエムはそのままぶつぶつと独り言で自分の世界に入っていった。
頬が赤くなったと思うと、耳までうっすらピンク色に染まったり、何かを思い出してぷりぷりと怒り出したり、独り芝居をしている。
なんだこの守護神は。
とりあえず、放っておいても害はなさそうなので、おれはノイハに指示を出して、崖下に降りる準備を始めた。
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