第56話 女神が竜に対して丁寧に接する場合(2)



 それが、守護神である神族への嫌悪か、転生してきた人間への嫌悪かは、分からないけれど。


 本当は一人ひとり、違うはずなんだけれど、そういうものだと、一人ひとりを見て判断できる方が実は少ない。そもそも、その、一人ひとりを見て判断する力も、なかなか身に付かないものだ。おれだって、自分のそういう力に自信はない。


 とりあえず、青い竜のおかげで、このまま赤竜に攻撃されて死ぬ、という状態からは脱しただろうと考えられる。


「今のところ、ではない状態とは、どういうものなのだ?」


 青い竜は目を細めた。

 何かを見極めようとしているのだろう。


 例えば、善悪。

 例えば、真偽。


 ここは、長くなっても、一気に話した方がいいだろう。


「今は、まず、何よりもおれたちの村に帰りたい。さっきの、炎熱息から身を護るために、村を護る女神の力も全て、ここに集めてしまったからです。村のことが心配です。一つはそういう理由で、今のところ、「領域」というところに行く気はありません。

 それから、まだまだおれたちの村は生きていくためにやらなければならないことが多い。食料の確保や防衛、交易など、おれたちの村が、みんなが安心して暮らせるようになるまで、まだまだ数年はかかるはず。だから、そういう面でも、今のところ、行く気はないのです。

 しかし、魔の領域に、おれたちの暮らしを豊かにできる何かがあるというのなら、それを手に入れるためにおれは全力を尽くしたい。だから、そういう何かがあるのなら、いつかは「領域」へ行くかもしれません。

 もう一つ。

 これはお願い、なのですが。

 おれたちの村は、一人ひとりの力を高めようと訓練を続けているのですが、それは、おれ自身の修行にならないのです。だから、おれの修行として、あなたたちに相手にしてほしい、という願いなのですが、そのために、一部とはいえ、「領域」に立ち入りたい、という思いがあります」


「ほほう。やはり『背負い者』よの。今すぐ相手を・・・」


「赤竜の。話の一部だけを都合よく受け入れるのをやめよ。相手の話をよく聞かぬから、白竜のも、黒竜のも、赤竜のには小言しか言わんのだ」


「むう。我が愚かだと言っておるな」


「分かっておるなら、少し黙っておるがいい」


 赤竜が、すねてるよね?

 そう見える気がするんだけれど?


「今のところ、ということはよく分かった。それに、赤竜のが、そなたらに多大な迷惑をかけたこともよく分かった」


「んなっ?」


「「領域」のこちら側では力をふるわぬ、という我らの約定を簡単に破るから、このようなことになるのだ。仮に「領域」へ入ったとしても、まずは問答というのも約定にはあるのだが・・・」


「我らと話せる者など、おらぬではないか」


「今、目の前におるではないか」


「ぐぬ・・・」


 どうやら、赤竜は、他の竜たちからすると、困った奴らしい。


「そもそも、これらの約定は、赤竜の、そなたのために決められたものではないか」


「むむ・・・」


「今回の約定破り、どう始末をつけるのだ?」


「・・・ぐむう。それならば、もう、そこの『背負い者』から傷つけられたのだ。それでよいではないか」


 ここは。

 青い竜に正確に言っておいた方がいいよな。


「あ、それはですね、一度目の炎熱息を防いだ後に、全力を防いだら見逃してやろうと言って、二度目もなんとか防いだのですが、そこからさらに、これで消し去れると三度目の炎熱息を吐き出そうとしてきたので、やむを得ず反撃に出たのです」


「あ、こら、『背負い者』? 何を・・・」


「・・・ほほう。赤竜の。それは、本当か?」


「ぐ・・・いや、それはだな・・・」


 セントラエムが、おれの前にすっと進み出た。


 竜には見えていないらしいけれど。


 セントラエムが触れていた左腕から温かさが少しずつ失われていく。


「青竜王さま。お話に割り込む無礼をお許しください。私はセントラエム。転生者オオバスグルの守護神です」


「話すがよい。セントラエムとやら」


「話してはならん。神族が出張るところではない」


「赤竜王の。そう言っておる時点で、この者たちの言うことが真実であると思うんだがの・・・」


「ぐぐぐ・・・」


「さあ、話すがよい。神族には偽りは存在せぬと我らも知っておる。安心して申し述べよ」


「はい。赤竜王さまはここにあらわれ、一方的に話し、竜眼を使いました。竜眼に抵抗され、逆に能力を盗み見られると、スグルを脅威とみなし、炎熱息を吐きました」


「その、人族の、スグルとやらは、何も答えなかったのか?」


「はい。返答する間は与えられなかったと認識しております」


「問答はなかった、とな」


「いやいや、その神族と問答したぞ、確かにしたぞ」


「確かに、一度目の炎熱息を防いだ後、私と赤竜王さまは言葉を交わしました。消し去ってやるとおっしゃいましたので、ここはまだ「領域」近くで「領域」ではないと返しましたが、ここまで到れば侵略の意思あり、と。その後、私が初級神ではなく、中級神だと知ると、もう一度防げば見逃してやろうと全力の炎熱息に何度も火炎弾を重ねられ・・・」


「それはまた、赤竜の、そなたらしいことを・・・しかし、その攻撃を防いだとは真に中級神なのだな。そして、見逃すという約束を破り、三度目の炎熱息を吐こうとして、スグルにやられて血を流した、というのか」


「おっしゃる通りです」


「・・・竜族の恥」


「ぐはっ」


「しかし、それは、その、なんだ・・・アランガルドの神聖王を超える力をもつというのか? この、スグルが?」


「竜眼で確認されてはいかがでしょうか」


「・・・いや、やめておこう。こちらがそうすれば、そちらが同じことをするのを許すことになる。先程の話だとすると、我らの竜眼が通じず、逆に我らの力は筒抜けになるのであろう?」


「私自身、スグルからの力読みは、三度に一度、抵抗できません。竜王さま方といえど、防げるものではないかと思います」


「この若さで既にそこまでの強さがあるのか・・・。まあよい。今までの話をまとめると、先手は全て赤竜のであるということだな。さて、赤竜の。この始末、どうつけるつもりかの?」


「・・・くっ、殺せ」


 赤竜が、青い竜やおれたちから顔をそむけて、そう言った。


 えっ?

 そのレベルなの?

 殺されるレベルのことなの?


 そもそも、生命力40000超えをどうやって殺せと?


「これで戻ったら、白竜のと黒竜のに、どれだけいびられることか!」


 そこ?

 そこがポイントなの?

 いびられたくないから殺せと?

 確か、知力500超えてるはずだよね?

 知力って、思考力とは関係ないのかよ?


「あいつらの口の悪さは最悪だぞ。あんな罵詈雑言に耐えられる者などおらん!」


 子どもか・・・。

 子どもなのか、赤竜?

 それぐらい我慢しろよ、赤竜・・・。

 竜王じゃなかったのかよ・・・。


「どのように始末を付けたのかまで、全て合わせて伝えるとしよう。始末の付け方次第で、少しはそこも違いが出るだろうよ。まあ、始末を付けずに戻るのであれば、わしは赤竜のには付き合わぬぞ」


「ぐむむ・・・しかし、どう始末を付けたらよいのだ?」


「まあ、この手の始末の付け方は、やはり「三願」だろうのう」


「それしかないのか・・・」


 赤竜に対して、青竜の面倒見がいいこと。

 青竜がきて、間に入ってくれて本当に良かった。


 口には出さないけれど、青竜には恩を感じておこう。


 赤竜が、まっすぐにおれと向き合う。


「これまでの非礼を詫び、そなたの願いを三つ、叶えよう。ただし、我にできることしか、叶えられぬが、の」


 ああ、それで、「三願」か。


 七つの球は集めてないけれど、願いを叶えてくれるらしい。


 これ、結果オーライってことか、な?


 まあ、願い事を三つ。


 考えるとしますか。


 まあ、もう決まっているようなもんだけれど。





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