第56話 女神が竜に対して丁寧に接する場合(1)



 さて。

 前門の赤竜。

 後門の青竜。


 しかも、赤竜さんはお怒りです。


 加えて。

 セントラエムはその力を大きく失った状態。


 ノイハはこの場にいるだけで、ひたすら消耗中。


 おれにも、ほとんどできることはない。


 この場の最適な行動は、何か・・・。


 失敗すれば、死。


「青竜の。何をしに来た」

「赤竜の。何をしておる」


 おや。

 これは、ひょっとすると・・・。


 青い竜は、敵対的では、ないのか?


「知れたこと。侵入者の処分よ」

「知らぬな。ここは、まだ、我らの領域ではなかろう」


「そうすると、止めに来たのだな」

「こちらが止める前に、人族に炎熱息を止められておったが、の」


「・・・ならば、これはすでに争いの場。止めるものでもなかろう」

「ならぬな。人族の領域にて、人族を襲い、人族に反撃されたのであろう? これ以上は、恥」


「・・・人族とはいいながら、こやつは『背負い者』よ。我らの領域に近づくことを見過ごせまい?」

「人族のみならず、神族も敵に回す気よな、赤竜の。たとえ『背負い者』とはいえ、我らの領域ではないところで、打ち滅ぼしてよいなどということはない」


 うん。

 どちらかというと、青い竜は、おれたちに手出しをさせたくないようだ。


 キーワードは、「領域」だな。

 セントラエムと赤竜とのやりとりでも、何度も出てきた。


 青い竜としては、「領域」ではないところで、おれたちに手を出すのは、いけないと考えている。

 赤竜は、ほとんど「領域」の近くで、どうせ「領域」へ入り込むのだから、先にやっちまってもかまわない、と考えている。


 危ないところだ。


 おれたちに手を出すこと自体は、否定されていない。


 おれたちは、どこからが「領域」で、どこまでが「領域」でないか、知らない。


 とりあえず、ここは、「領域」ではない。

 でも、このままだと、そのうち、「領域」とやらに入っていた可能性がある。


 それは、知りませんでした、では済まされないことのようだ。


 今は、二頭の竜がにらみ合って、そのまま動かない。


 だからといって、おれたちが自由に動ける訳ではないけれど。


 どうする?

 口をはさむか?


 なんか、下等な存在が話しかけるな~、みたいな展開もあり得るよなあ。


 でも、「領域」には立ち入らない、という宣言をする必要もある気がする。

 いや、その「領域」っていうのも、気になるから、絶対に行かない、みたいな話になるのはおもしろくないし。


 あと。

 『背負い者』って、ところか。


 これは、守護神がついている者、という意味で、おそらく間違いない。

 しかも、守護神がついている者は、竜の敵だと、考えられている。


 そんなつもりは一つもないのに、勝手に敵視されている。


 いや、既に蹴り飛ばしてしまったか。


「我の炎を二度も防いだ『背負い者』だぞ。ここで消しておくべきだ」


「赤竜の。そなたは我らの中で最も索敵範囲が広い。だから、一番に気づいてここへ来た。だが、ここはあくまでも「領域」ではない。相手が、どのような存在だろうと、我らの力は「領域」においてふるうべきものだ。ところかまわず暴れてはならん」


「むう。だが、ほれ、我はその人族から傷つけられたぞ。これでもやり返してはならんというか」


「白竜のが、そなたが先に炎熱息を吐いたと言っておったわ。やられたからやり返しただけの人族を責めるなど、竜王のすることではない。黒竜のも、赤竜のを止めてくれと、我を行かせたのだ。まあ、いくら『背負い者』とはいえ、人族相手に炎熱息を吐いたとは考えもせなんだが・・・」


 どうやら、竜は、あと二頭。白い竜と黒い竜もいるらしい。しかも、白と黒は、青と同じスタンスで赤竜を止めようと考えているらしい。


 なんか、赤いのは、けんかっ早いタイプなのか?


 索敵範囲が最大で、敵を見つけたら、一番に襲う、みたいな・・・。


「それだけこの『背負い者』は脅威ということよ。どのみち、『竜を倒して王となる』とか言い出して、我らのところへ来るのだ。今、ここで消し去ればよい」


「そういう『背負い者』がこれまでにいなかったとは言わぬが、この者がそうなるという訳ではあるまい」


 ああ、これは、もう。

 話しかけた方がいいよな。


 おれはセントラエムの柔らかさをあきらめて、よっ、と立ち上がる。


 そして、できるだけ大きな声で。

 竜語スキルを意識して叫ぶ。


「おれはっ、竜を倒して王になるつもりはありませんっ!」


「なっ?」

「なにっ?」


 あれ?

 なんで?


 二頭とも、驚いているんだけれど・・・。


 青い竜が、首をひねって、はっきりとおれを見た。


 爬虫類の顔なので、驚いているのかどうか、判断できない、よな。

 驚いている反応に間違いないけれど。


 まあいい。

 驚いて止まってるんだから、勝手に続けよう。


「おれたちにはっ、敵対する意思はありませんっ! さっきのは、殺されそうになったから反撃しただけですっ! もちろんっ! あなたたちを倒して王になるつもりはありませんっ!」


「そなた、竜語が分かるのか・・・」


 おれの言葉に、言葉を返したのは、青い竜の方だ。


 驚いているポイントは、そこか。

 言語の問題ね。


 なるほど。

 竜語を話す人族ってのが、驚きだった訳か。


 こっちとしては、通じない言葉で話しかけたら、余計な混乱につながると思ったんだけれど。


「竜語はスキルとして身につけましたっ!」


「そうか。では、我らの話も、分かっておるのか?」


 青い竜は、じわじわと高度を下げて、おれたちの前に音もなく降り立った。

 続けて、赤竜も降りてきたが、こっちはどしんっと音と衝撃付きでの着地だった。


 近くに来ると、ああ、小竜鳥は、やっぱり小さいんだな、などと、ちょっとだけ現実逃避をした。


 竜は、でかいよ?

 恐竜に翼がついてて、魔法が使えて、しゃべるって・・・。


 驚異的な存在だよな、まったく。

 近くに来てくれたのは、話がしやすくていいのだけれど。


 セントラエムは、おれの左斜め後ろで、そっとおれの左腕に触れている。


 ノイハがまばたきすらできずに固まっている。


 早めに話が終わるといいなあ・・・。


「ここが「領域」ではないので、戦うべきではないという話ですよね」


「そうだ」


「いや、お前たちは「領域」に入るにちがいないから、ここで消し去るという話だったろう」


 青い竜はおれの言葉に同意して、赤竜はおれの言葉にちがうと言う。確かに、赤竜は、赤竜が言ったように話していた。


「そもそも、「領域」って、何でしょうか? それが分からないので、こっちは判断できない」


「ふむ。「領域」が何かを知って、どうするつもりなのだ?」


 青い竜が質問に質問を返す。

 どう考えても、赤竜よりも話ができる。


「簡単にいえば、「領域」とやらに行く必要があれば行くし、行く必要がなければ行かない、という、それだけです。ただ、今は「領域」がどのようなものかも分からないから、行く必要があるのか、ないのか、判断できない、ということです」


「「領域」とは、我らが護る場所よ」


「赤竜の・・・」


「かまわんだろう。「領域」とは、魔の領域。我ら竜族の護る向こう、魔族と魔物が暮らす領域のことよ。魔界、ともいうのう。『背負い者』の人族よ、それで、「領域」へ来るのか、来ないのか」


 赤竜がおもしろそうに、そう言った。


 いや、表情じゃ、分からないんだけれど、そんな感じがした。


 どうやら赤竜は、戦闘でも、対話でも、強引で、やりたい放題らしい。


 分かりやすいのはこっちとしては助かる。


 現状は、こんな感じか?


『 赤竜王があなたに話しかけてきました。

  魔の領域「魔界」へ入りますか?  はい  いいえ』


 正直なところ、興味は、ある。

 魔の領域はファンタジー、オブ、ザ、ファンタジーにちがいない。

 行けるものなら、一度は行ってみたい。


 興味はあるけれど、今、すぐに行きたい訳ではない。

 でも、いつか、行かないとも限らない。


 何と答えるべきか、難しいような・・・。


 それと、もう一つ。

 必要なことが、ある。


 これは、アコンの村では叶わない、おれの願い。

 なんとか、ここでの交渉で、実現可能な状態にしたい。


「今のところ、「領域」というところに行くつもりはありません」


「今のところ、か」


「ほれ、青竜の。やはりここで・・・」


「赤竜の・・・いい加減せんか」


「いずれは「領域」へ来るのだろうに・・・」


 なんか、赤竜の方は、おれたちを始末したくて仕方がないみたいだ。


 とにかく『背負い者』ってところも、キーワードらしい。





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