第55話 女神の攻撃力が心許ない場合
おれは今、ファンタジー、を体感している。
これまでにも、神聖魔法を使えるようになった時や、大角鹿と話をした時など、ファンタジーを感じる場面は何度もあった。
でも。
それらを超えて、今、間違いなく、ファンタジーを実感している。
おれとノイハを覆い尽くした巨大な影。
見上げて、身動きができなくなったノイハ。
上空に、静止している巨大な、赤い、竜の姿。
和風ではなく、洋風タイプの竜だ。
翼が動いている訳でもなく。
風が吹いている訳でもなく。
ただ、空中にとどまっている赤い竜。
どういう原理なのかはまったく理解できないが、そういう疑問を超越した存在。
ファンタジーだとしか説明できないだろうと思う。
逆三角形の爬虫類の頭に、冠のように並んだ何本もの角。
三角形の巨大な体躯に、背骨にそったいくつもの背びれ。
短めで太い腕と、長く、鋭い、爪。
太くて長い尾と、その先端にある無数の刺。
こうもりによく似た、こうもりとは違う巨大な翼。
両あごの脇からはみ出る牙。
ド短足で、重量感抜群の、七本指の大きな足。
赤いうろこは、つやがある。
太陽の光を反射し、神秘的な輝きを放つ。
さすがは、ファンタジーで、最強と言われる存在。
圧倒された、というのは間違いない。
巨大で、尊大で。
それでいて、どこか、美しい。
そういえば、大草原の西部には、竜の狩り場と呼ばれる一帯があると聞いていた。
こういう遭遇も想定しておくべきだったのかもしれない。
「我の感知範囲に気に食わぬ気配が入ったと思えば、下らぬ人族どもか」
『「竜語」スキルを獲得した』
共通語スキルか、古代語読解スキルか、どちらの成果か知らないけれど、たった一言で「竜語」スキルの獲得につながるとは、スキルの機能が高過ぎる。ありがたいけれど。
できれば、生前の、そうだなあ、中学生くらいの時にほしかった。
英語、苦手だったし・・・。
どうやら、おれは現実逃避がしたいらしい。
「しかし、臭う。奴らの臭いだ。おぬしら、どちらか・・・おぬしの方だな、『背負い者』であろう」
赤竜は、明らかにノイハではなく、おれの方を見た。
背負い者?
赤竜の目が光る。
「・・・なっ。我の竜眼が通じぬ? そんなことがあるはずは・・・」
竜眼?
鑑定系のスキルだろうか?
・・・あ、おれも相手を確認すべきだったな。
スクリーンは使わず、そのまま対人評価をしてみる。
名前:フレアブラム 種族:竜族 職業:赤竜王 レベル38
生命力42700/48000、精神力43670/48000、忍耐力41230/48000
筋力540、知力580、敏捷470、巧緻390、竜力880、幸運88
一般スキル、基礎スキル(記憶、運動、対話、威圧)、応用スキル(審問、交渉、共通語、殴打、踏潰、尾撃、巻付、咬付、切裂、脅迫)、発展スキル(物品鑑定、範囲探索、石化耐性、氷雪耐性、風雷耐性、光耐性、闇耐性、苦痛耐性、麻痺耐性、魔法耐性)、特殊スキル(炎熱無効、即死無効、竜魔法・飛翔、竜魔法・火炎弾、竜魔法・炎熱息、竜魔法・炎熱壁、竜魔法・炎熱嵐、竜魔法・人化、竜眼看破、並列魔法、防御強化、竜族召喚、広範囲感知)、固有スキル(1)
なんだ、普通にステータスが分かるんだ。
レジストされるかと思ったけれど。
それにしても、基本的な能力に違いがあり過ぎる。
生命力なんかは、レベル×1000+10000って計算だろうな。
種族特性なのか、職業の補正なのか、その両方か。
レベルはおれの方が高いのに、能力値は全部負けている。
それにしても。
生命力40000超えなんて、倒しようがない気がする。
思ったほど、レベル自体は高くないけれど、能力値はレベルに関係なく、どれも高い。
まだ固有スキルは見極められないままらしい。
なかなかスキルレベルは上がらないものだ。
「なにっ・・・我が抵抗できずに・・・」
おれが対人評価スキルで、能力値を確認したことに気づいたらしい。
抵抗できなかった、ということは抵抗したけれど、できなかったということだろうか。いつもは、抵抗なんてまったく感じないのだけれど。
そういえば、セントラエムにやってみたときは、何度か失敗したという記憶がある。
いまいち、表情の変化が分からないけれど、赤竜は動揺しているのだろうか。
「我の威圧下で、平然とスキルを使用し、我の抵抗を乗り越えていくとは、脅威なり・・・」
しまった。
つい、やられたから、やり返したのだけれど。
敵対、ととらえられてしまったか。
まあ、最初から、相手は威圧全開で、ノイハなんて一歩も動けない状態だ。金縛りというか、ほとんど麻痺に近い。
実際のところ、自分より、能力値の高い相手は初めてだ。
赤竜は滞空したまま、その口を大きく開く。
その口に、赤い光が集まり、どんどん濃度を増していく。
全身の悪寒がひどい。
危険察知スキルの反応が全開だ。
さっき見たスキルの中なら、竜魔法・炎熱息か。
いわゆる、ドラゴンブレス。
相手の攻撃手段が分かったからといって、どうやって防ぐ?
赤竜の口から、あれ、中からじゃなくて、口先からなんだな。
炎が、女の子の三つ編みのように、ぐるぐるとうねって、おれとノイハに迫る。
そんな可愛いもんじゃないけれど。
とにかく、動けないノイハの前に、おれは立つ。
これは、さすがに、死ぬかも。
不思議と時間がゆっくり流れている気がする。
走馬灯か?
『「思考加速」スキルを獲得した』
違った。スキルの獲得でした。
しかし、考えたとしても、あの炎の奔流を防ぐ手段は思いつきそうにない。
死なないようにノイハを掴んで避けるといっても、うねっていた炎の奔流は放射状に広がってきているので、その範囲から逃げられそうにない。
さすがは最強の存在。
打つ手なし。
死なないことを祈るとしよう。
おれの女神に。
そう思った瞬間。
炎の奔流は、おれたちに届かず、遮られた。
まるで見えない壁があるかのように。
いや、炎の奔流がぶつかって広がることで、はっきりと球形の防御があることが分かるし、見える。見えないはずのものが、見える。
なら、その中心にいるのは・・・。
光輝く、ゆったりとした豊かな金髪。
裸足の右足に結ばれた銀のアンクレット。
いろいろな色で、いろいろな文様が刺繍された長袖のゆったりとしたベージュ色のワンピース。
赤竜から放たれた灼熱の炎の奔流を受け止めるように、両腕を前に伸ばして、掌を広げている。
後ろ姿でさえ、美しい。
おれの守護神。
「分身の力を呼び戻すのにこんなに時間がかかるとは思っていませんでした。しかし、なんとか間に合いましたね」
見えないはずのものが見える状態。
聞こえないはずのものが聞こえる状態。
赤竜に襲われたという特殊な状況で起こった奇跡。
『「神眼看破」スキルを獲得した』
おれは、その時、ずっと、ほしいと思っていたスキルを手に入れた。
炎の奔流が途絶え、再び竜の姿が見えた。
おれも、ノイハも、無事だったが、汗がすごい。
まるで、サウナにずっと入っていたかのような感じだ。
「やはり、『背負い者』だったか。どおりで臭うはずだ。我らの領域近くにあらわれるとは、愚かな神族よの。どういうつもりかは知らぬが、こうなった以上、ここで消し去ってやろう」
「赤竜王よ、陛下の炎熱は私の結界を破れず、私たちはいずれも無事。しかも、今のお話では、「領域近くにあらわれ」ただけ、とのこと。それで、消し去ろうというのは、やりすぎではありませんか」
「たかが初級神ごときが、あっぱれな口ぶりよの。ここまで至れば我らの領域はもはやすぐそこ。侵略の意思ありと断じて何がおかしい」
「たかが初級神に、陛下の炎熱が防げるとお考えであれば、それは笑い話でしょうね。私どもを『背負い者』と見下されるのはかまいませんが、その力を見誤るのは竜王のお一人としていかがなものでしょう?」
なんだか、セントラエムが、ものすごく、気高く、美しく、立派に見えるのですけれど。
あれ、本当に、うちの駄女神さまですか?
「なにを?」
「陛下の竜眼看破に抵抗して成功し、逆に陛下の力をその抵抗を超えて確認することができる力。陛下の炎熱を結界で遮断し、それが途切れるまで防ぎ切る力。その力を、たかが初級神と?」
「『背負い者』は初級神と決まって・・・いや、偶然が重なれば中級神ということもまれにあるか。これは珍しい。なかなかの獲物に出会えたらしいの」
「繰り返しますが、私どもは「領域近く」におります。決して領域には入っておりません。陛下に消し去られるいわれはありません」
「威勢のいい神族だの。先程の炎熱が我の本気と思うでないぞ。もう一度、防いでみよ。そうすればこの場は見逃してやろうではないか。まあ、見逃すも何も、姿は見えてはおらんのだが」
「・・・話の通じない方ですね」
あれ?
赤竜にはセントラエムが見えていないのか?
そんなことを考えていたら、さっきのように、赤竜の口に赤い光が集まり、どんどん濃度を増していき、そこからさらに、色が薄れて、消えていく。
これが、本気のドラゴンブレスか。
発射まで時間がかかるけれど、その威力は怖ろしい。
発射する様子が分かるから、発射されるまでになんとか逃げるという選択肢の方が正解なのだろう。
またしても、危険察知スキルの反応が全開だ。
表現しようのない色の炎の濁流が、おれたちにぶちまけられる。
セントラエムがさっきと同じように身構え、炎の濁流を受け止める。
さっきと同じように、セントラエムの結界は炎の濁流を防いでいるのだが、結界内部の温度上昇がさっきとは段違いに熱い。
「うあ・・・」
威圧を受けて動けなかったノイハが膝をついた。
『「炎熱耐性」スキルを獲得した』
急に、さっきまでの熱さがなくなり、おれは平気になった。
ノイハが危ない。
おれは水筒を取り出し、その口を全開でノイハに水を浴びせる。
水は大量に溢れ出るけれど、蒸発する量も多い。それでも、ノイハには水が必要だ。
ただし、結界内は水蒸気で満たされていく。
不意に、どすん、どすん、と結界に衝撃が加えられる。
「まさか、同時に火炎弾まで?」
セントラエムが驚きの声をあげる。
あ、そういえば、赤竜には並列魔法のスキルがあった気がする。
手加減なしの全開だな、本当に。
「仕方ありません。千手守護を同時に展開します」
セントラエムは結界だけでなく、他のスキルも使ったらしい。
すぐに、結界が受けていた衝撃がなくなる。
すごい。
本当に、セントラエムの護りは固い。
とはいえ、その力は限界まで振り絞っているらしい。
セントラエムが右膝を大地についた。
呼吸も早い。
しかし、自分が情けない。
今、おれは、何の役にも立っていない。
悔しいけれど、どうすることもできない。
ただ、苛立ちだけが心の中でどんどん膨らんでいく。
常識では考えられない量を蓄えている水袋の水がなくなるまでノイハに向けてぶちまけた時、炎の濁流がようやく消えた。
セントラエムは、立ち上がることができずに、肩で息をしている。
結界が解け、水蒸気が拡散していく。
水蒸気が風に流された後、赤竜は、悠々と上空に静止したまま、おれたちを見下ろしていた。
「愉快、愉快。火炎弾も含め、我の全力すら防ぎ切るとは。しかし、どうやら、力は使い果たしたようだの。神力のゆらぎを感じるわい」
「それでも、頂いたお話の通り、防ぎ切ってみせました。どうぞ、赤竜王陛下、お引き取りを願います」
セントラエムは頭を動かし、顔だけははっきりと赤竜に向けて、そう言った。
赤竜からは見えていないらしいのだけれど。
「ふふ、神力が乱れたその状態でもう一度、防ぐことはできまいよ。これで、我は労せず、愚かな『背負い者』を始末できる、という訳だな。神族が守護に優れていたとしても、攻撃力はほとんど持たぬであろう?」
「な、何を・・・」
三度、赤竜の口に赤い光が集まり・・・。
おれは、ぶちぎれた。
「いい加減に・・・」
いつまでも、女の子の後ろで護られているだけで、いられるものか。
全力疾走で、セントラエムを追い越す。
「んっ・・・スグルっ」
セントラエムがおれを止めようと手を伸ばすが、届かない。
「・・・しやがれっ」
そのまま、大跳躍で、赤竜に向かって跳ぶ。
セントラエムの攻撃力が足りないなら・・・。
ぎりぎり、赤竜の足に到達。
攻撃は、おれが担当すればいいだけだろう。
そこから、二段跳躍で、赤竜の頭へ跳ぶ。
炎熱息は、吐き出すまでの溜めが長いってのは、この二回でよく分かった。
だから、余裕で、間に合う。
炎の力をためている赤竜の下顎に、そのままの勢いで飛蹴連打。
一発。
二発。
三発。
四発。
五発っ!
最後の五発目を喰らわせて、そのまま、サッカーでいうオーバーヘッドキックのような感じで後方宙返り。
赤竜の口先に集まりかけていた炎は散り散りになって、その口元からは炎ではなく、血が流れ落ちている。
「スグルっ!」
うまく着地できないかも、と思っていたが。
ふらつきながらも、セントラエムが受け止めてくれた。
さすがは守護神。
束の間の、セントラエムの柔らかい感触を味わう。
すごいな、神眼の力。
見えるようになっただけでなく、こんな嬉しい感触まで、あるとは。
「へへ、一発、喰らわせてやったよ」
「・・・五発でしたよね?」
そうでした。
セントラエム、見事なつっこみです。
確かに、五発でした。
「ぐ、お・・・人、ぞ、く、ごときが・・・」
赤竜が血を吐きながら、言葉を漏らす。
その時、新たな影が、おれたちから太陽を隠した。
赤竜と、二体でおれたちをはさむように。
青い竜が姿を現わした。
しかも。
赤竜より、少しでかいときたもんだ。
さて、問題です。
このような状況を漢字四文字で何というでしょう。
四面楚歌?
前後不覚?
九死一生?
まあ、正解としては・・・。
やっぱり、「絶体絶命」ですか、ね・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます