第54話 女神の目線でムラを見た場合(2)



 スグルがそんなに女性を求めるのであるなら、もしかしてもしかすると、と。


 まあ、そううまくはいかなかったのですが。


 「実体創身」のスキルを選んだにもかかわらず、神眼の修行のためにスグルの前では私は見えない姿のまま、というこの仕打ちは先程も述べた通りです。


 悩ましいところです。


 それでも「分身分隊」のスキルと合わせて小さな姿でスグルと大草原を訪れたのは楽しかったです。


 小さいことを活かしてスグルの胸元にもぐりこみましたし、ああ、暖かく、たくましい大胸筋でした・・・。


 いえいえ、そんなことより。


 大草原から連れて戻った子たちもすっかりアコンの村の生活に馴染んでいます。


 ジルとウルに乗馬を教えたときには、いつか私もスグルと並んで乗馬できれば、と「乗馬」スキルを選んだりもしましたが・・・。


 よく考えてみると、実体となったときにスグルの後ろに乗って抱きついた方が良さそうです。ひとつスキル枠を無駄にしたかもしれません。一度選んだスキルは変更できないのです。


 ああ、そうそう。二人目の女が大草原にいます。うらやま・・・いいえ、なんと表現したものでしょうか。

 まあ、ナルカン氏族のライムは、その生い立ちは幸福とは言えない娘でした。他氏族へ幼くして嫁に出され・・・これが大草原の普通なのですけれど・・・。

 子に恵まれず、氏族に戻された出戻り娘で、若い族長の双子の姉。

 スグルの二度目の訪問時には、ナルカン氏族がスグルを重要な外交相手とみなして、女性をあてがったのですが、未婚の娘を差し出したくない族長が出戻り娘である自分の双子の姉を・・・。

 結局のところ、ライムにとってはスグルと結ばれたこと自体が幸運で幸福だったと言えますが。

 ここでも、ライムが固有スキルを含めていくつものスキルを獲得してレベルアップを・・・。スグルと・・・関係になるとスキルが身に付くということはここで立証されました。処女、非処女は関係ありません。

 スグルさえその気になれば、女性を中心とする最強軍団を形成することも可能です。神族でも同じことが起こるのか、知りたい・・・というか、そういうことと関係なく、そういう関係になってもいいなあ、とも思うのですが・・・。

 ライムの職業欄には「覇王の側女」と・・・。

 大森林と大草原という、とても離れた位置にいるのに側女とは。

 まあ、ライムはそれまでの不幸の分だけ、幸福になって頂きたいと、女神としては思います。はい。

 遠距離であまり会えない関係ですから、心も広く、このまま距離を置きたいものです。信仰スキルもありませんし、信者でもありません。自分の身は自分で護って頂きたいところです。

 現在のところ、大森林はともかく、大草原の人間では最強の存在なので、特に問題はありませんとも、はい。


 もちろん、ステータス補正があります。ただし、巫女や代弁者などの女神関係の補正よりも、覇王の補正は小さいようです。アイラにもこの補正はあります。

 また、クマラは、覇王の補正よりも女神の補正が優先されているようで両方の補正が加わる訳ではないようです。


 それからケーナですね。もう何人目でしょうか、まったくスグルは・・・。

 ケーナは花咲池の村の娘で、この村にはなんというか、ろくな男がいないため、スグルがとてもいい男に見えたことでしょう。あの村最大のダメ男をスグルが一撃でのしたことも大きいかもしれません。

 いえ、そういう要素がなくとも、スグルはいい男にしか見えませんよ、もちろん。

 しかも、父と妹たちを助けてもらって、感謝の心も大きく・・・。考えてみると、ケーナも最初からスグル目当てのような気がしますね。クマラの手伝いを積極的に行い、村での信用も得て、それに朝の祈りにも真剣で、あっという間に信仰スキルを獲得して、私の言葉は届くようになりましたし・・・。

 あれ? そう考えてみると健気で一生懸命な女の子な感じですよね?

 いえいえ、クマラの近くの栽培関係はスグルともっとも近づくことができる空間です。それを狙っていたのであれば、策士なのかもしれません。恋の策士。

 なんということでしょう。私の苦手とするところがケーナの得意なところかもしれません。

 しかも、出身村の調整という政治的な力学まで利用するとはかなりしたたかな存在なのでは・・・。


 スグルとずっと一緒にいるのは私のはずなのですが、私が一番出遅れているような気がしてなりません。これが種族の違いという大きな壁なのでしょうか。なんだかムラムラします。


 まだまだ子どもで、異性に対する意識があまりないですから、今のところ、そういう感じはありませんが、いずれ、ジルやウルだって女性へと成長しますし、この二人にとって理想の男性像はスグルしかありません。

 その行く末はスグルのところでしかないでしょう。


 既に、アイラの妹のシエラはかなりスグルを慕っているようです。

 上手に姉のアイラの邪魔をしつつ、スグルとの距離を明らかにつめています。あれは父を慕うとか、兄を慕うとかではない、と女神の直感が告げています。

 アイラは妹を溺愛しているところがありますから、他の男と結婚させるより、姉妹そろってスグルのところの方がいいと考える可能性は高く、まんまと妹に夫を奪われる、という未来も視えそうです。


 それに、ジッドの娘のスーラも、ケーナのように、出身村の調整という政治的な力学でスグルへと嫁入りを果たすのは間違いありません。

 スーラは既に信仰スキルを得て、私の言葉が届くので、スグルに断る理由がありません。

 スーラの気持ちは、まだまだこれからでしょうが、父のジッドが強い思いをもっているので、この流れは変わらないでしょう。


 大草原から来たエイムは、リイムとノイハをくっつけることで自分はスグルと・・・という企みを感じます。

 まあ、エイムはなかなか信仰スキルが身に付かないようなので、スグルに嫁入りする条件が整わない可能性がありますけれど・・・。

 嫁入りせずとも、愛人のような立場にはおさまりそうです。


 私が護るべき対象であるスグルが、女性に囲まれているというのは、どうとらえるべきなのでしょうか。その女性たちから護るべきなのか、どうか。まあ、そこは守備範囲外なのですが・・・。


 どちらかというと、スグルの守護神として、スグルからアコンの村そのものの守護を頼まれています。


 その結果として、「分身分隊」のスキルを活用して、旅立つスグルの守護をしながら、分身にアコンの村の守護を任せる状態です。


 正直に言えば・・・これは普段から嘘をついているという意味ではなく・・・はっきり言えば、ですけれど・・・アコンの村のみなさんを戦力として数えた場合、ジル一人で大森林の獰猛な動物たちを皆殺しにできるでしょうし、クマラ一人で大草原の氏族はいくつか屈服させることができるでしょう。


 だから、特に守護する必要もないと言えばないのですが、もし不慮の事故などで大怪我をした者がいた場合、分身の方に大きな力を残しておかなければ対処できません。スグルの方は、分身を消して回収すれば私の本体に全ての力が戻りますので・・・。


 そういう理由で分身に九割の力を割いて、残り一割の力でスグルの守護にあたっています。そもそも、もっとも私の守護を必要としていないのが、スグルだというところが悩ましいところです。

 スグルは九割の力をもつ分身と、一割しか力がない本体なんておかしい、などと言いますが、私の本体は常に守護対象であるスグルとともにあるのです。

 力の割合など関係ありませんとも。


 スグルとノイハの旅に付き合うのも楽しいのですが、分身の方の村の様子も楽しんでいます。


 スグルに心配をかけないように、一生懸命、村をよりよいものにしようと頑張る女性陣の姿には、いつも共感しています。


 お腹の大きいアイラが、クマラに糸繰りや機織りを教わりながら、布作りに励んでいる様子はとても微笑ましいと思います。


 クマラに稲作の実験を任されたケーナが土器栽培の稲の世話をするのも、ジルの監督の元、子どもたちが土兎と森小猪の飼育場所を移動させているのも、微笑ましい限りです。土まみれ、泥まみれになっても子どもは可愛いものです。


 ジッドは剣の訓練以外ではほとんど役に立っていないのは気になりますが、まあ、それもジッドらしいといえばそれまでのことです。


 おおむね、アコンの村は平和な状態です。


 最大の事件は灰色火熊です。

 アコンの群生地と小川との間に生えている栗の木がありますが、その実を求めて、灰色火熊のつがいがあらわれたのです。

 日常の移動経路に人間よりもはるかに大きな動物が侵入、気づいた子どもたちが走って逃げて、助けを呼びます。

 こういう時こそジッドの出番です。剣の腕前は確かなのですから、ここでの活躍を期待するしかありません。

 灰色火熊は人間の二、三倍の大きさがある巨大な熊で、口から火の息を吐く、大変危険な猛獣です。

 子どもたちを逃がしながら、ジッドが森を走ります。そして、灰色火熊の前で銅剣を抜刀。


 そんなジッドの前には完全に生命活動を停止した二頭の灰色火熊と、悠然と立っているジルとクマラがいるだけでした。


 だから私は、村のことなど、心配する必要はないと思うのです。


 今のジルやクマラなら、大牙虎だろうが灰色火熊だろうが、秒殺です。

 灰色火熊の鋭い爪はかすることもなく空を切り、力をためて吐いた火の息は、吐いた瞬間に背後をとられて連打を浴び・・・ジルはともかく、クマラはスグルの前では大人しいですが、戦いとなったら容赦なしです、はい。

 そもそもスグルに内緒で、ノイハに弓を引かせて、矢を掴み取る練習とか、平気でクマラはずっとしていましたし、ね。

 クマラは、そういう面があるのです。クマラ、なんという怖ろしい娘なのでしょう。

 草花を愛する少女のように見えますし、それは真実ですが、アコンの村の三強の一角なのです。ジルも、クマラも、武器は使わず、無手で熊殺し・・・。


 ジルに遅いと言われ、クマラにとっても小さな声で、せめてこういう時は一番に動いてほしいと思います、と言われたジッドの顔といったら・・・。

 少し可哀想な気がしました。

 その後、灰色火熊の解体と、夜の焼肉祭りではジッドは大活躍でしたが・・・。

 スグルとノイハが戻る頃には、果物を潰した汁に漬けて熟成させた熊肉がふるまわれることでしょう。


 アコンの村はスグルが一から育てたスグルの王国です。そういう考え方をすれば、心配などいらないのも当然です。


 スグルは、自分が不在の場合、最も強いジルにとりまとめを命じていますが、そのジルは、たいてい何事もクマラに相談して、行動しています。

 実は、村で最も影響力があるのは、一番小さな声のクマラなのかもしれません。

 まあ、考えてみれば、村の食料に関する最大の責任者なので、当然と言えば当然のことかもしれません。


 そういう感じで、分身の私から見ると、村には危険などない、というお話なのですが・・・。


 突然の、本体からの、緊急の召集です。


 旅先のスグルに何かあったのでしょうか?


 どんどん、力が吸い出されていきます。


 いけない・・・。


 私は慌てて、クマラ、ジル、アイラに言葉を遺します。


 ・・・スグルが危険な状況です。私はそちらへ向かいます。村のことは任せましたよ・・・。


 クマラとアイラの表情が大きく変化したのを見届けた瞬間。


 分身の私は消えました。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る