第54話 女神の目線でムラを見た場合(1)



 彼との生活に大きな変化が訪れました。


 彼との生活・・・というか、彼の背後での私の生活なのですが。なんだか誤解を生みそうですね。


 森に逃げ込んだ幼子二人を助けて、彼は大牙虎と戦うようになりました。


 もちろん、大牙虎ごとき、彼の敵にはなりません。

 返り討ちにして、食料にしてしまいました。


 幼子二人はどちらも女の子、ジルとウルが樹上生活に加わりました。子どもを護る、そのことを彼はとても大切にしているようです。

 二人のために彼は森の外を目指しました。


 そして、どんどん、共に暮らす仲間が増えていきます。






 彼のレベルアップにともなって、私は中級神となり、中級神としての名乗りを上げました。


 人族と神族との違いはいろいろありますが、彼と私の大きな違いにスキルのことがあります。


 彼はスキルを獲得してレベルアップする。その時、そのスキルは彼の意図とは関係なく、決まっています。

 彼はそれを意図的なものにしよう考えているようですが、そう簡単なことではないようです。

 それでも狙ったスキルを獲得していることもあるようなので、すごいとしか言いようがありません。


 私はレベルアップの機会に、スキルを自分で選択することができます。

 スキルを選択すると同時にレベルアップします。そもそも、彼のレベルアップと連動して、私はいくつもある選択肢からスキルを選んで、レベルアップしていきます。

 守護神として護っている人間のレベルアップは、守護神の力となる、というのが基本なのです。

 まあ、守護神が護り続けるから、対象の人間のレベルが上がっていく、というのが神族側の考え方です。


 私と彼の間には、スキルを自分で選べるか、選べないか、という大きな違いがあるのです。


 はい、と、いいえ、での彼との会話では満足できなくなった私は、「神意伝達」スキルを選択し、彼と普通に話ができるようにしました。

 まあ、話がしたかったというのは、ちょっと、なんというか、はしたないことかもしれませんので、そのことは正直には言わずに、中級神になってできることが増えたみたいな、とか、ごまかして説明しましたが・・・。

 あ、これ、嘘には当たらないですよ? スキルの獲得はできることが増えることと同義です、はい。彼との付き合いで、私もずいぶんと成長しましたとも。


 彼は自分のことをスグルと呼ぶように、私に告げました。


 彼の名前はオオバスグル。生前の名をそのまま名乗っていますが、家族名であるオオバがこちらの世界では通り名になっており、私だけが名前のスグルと呼んでいます。

 ちょっと、ちょっとですよ、ちょっとだけのことですが、優越感を感じます。はい。






 毎晩のようにスグルとは話し合い、充実した夜を過ごしました。おっと、これも、誤解を生みそうな表現でしたか。

 とにかく、充実した夜ではありましたが、まあ、普通に話す、とはいっても、私にはスグルの姿がはっきりと見え、その表情も分かるのですが、スグルには私の姿が見えません。


 スグルは私の姿を見られるようになりたい、と。


 ・・・照れます。


 なんというか、まあ、この言葉を聞いた瞬間の、顔を見られなくて良かったというか。


 ・・・ええ、嬉しかったですよ。嬉しかったですとも。


 それで、神眼の修行をスグルは始めた訳ですが、これがなかなか身に付きません。


 それならと、レベルが上がって選べるようになった「神姿顕現」のスキルや、「実体創身」のスキルなど、スグルの前に姿を見せられるように、できるだけ自分を神々しく、美しく見せるように努力しました、しましたとも。


 そうすると。

 そうするとですよ。


 スグルは「神眼のスキルを獲得する訓練にならないから」と、スグルと二人きりで話すときには「神姿顕現」や「実体創身」のスキルを使わないように、などと言うのです。


 何のためにこれらのスキルを選んだと思っているのでしょう。


 まったくもう。

 女神心の分からない男ですよ。

 鈍感なのでくやしいです。


 まあ、これらのスキルは、信者の獲得に多大な効果がありましたので、それはそれで、よしとしましょうか。


 そう、信者です。

 そもそも、そもそもですけれど。


 スグルはジルとウルの二人のために、「信仰」と「神聖魔法・治癒」のスキルを獲得したのですが、それ以降、ジルとウルは女神への感謝の祈りを毎日捧げるようになりましたので・・・。


 あ、その女神って私のことです、はい。

 私は、なんと、下界に信者を得たのです。

 得てしまったのです。


 神界での講義では、最高神さまだけが、下界に信者を得ておられるとのことでした。


 まさか、こんなことになろうとは思いもしませんでした。そもそも、転生後の守護対象と話をしている守護神は私だけなのだと思いますが・・・。


 ・・・いいえ。違った見方をするならば。


 最高神さま以外は信者を得たりしないように、初級神たちは「間違ったこと」を講義で教えられているか、講義を担当する中級神さまや上級神さまたちも「間違ったこと」しか知らないか、という可能性も、今は疑っています。


 そもそも、転生者の守護神となることは、初級神が中級神になるための修行の場とされています。中級神になったら、もう下界へは降りられません。


 中級神から上級神になるのは、もう何百年も実現していないと説明を受けました。これは事実だろうと推測しています。

 なぜなら、神族にとって最大のレベルアップの機会である守護神の活動を中級神はさせてもらえないのですから。


 このようなことを考えるのは大変不敬であるとは思いますが、最高神さまや上級神さま方は、自分たちの地位を守るために、あえてそのようにしているのではないか、と。


 ・・・私もスグルの影響を強く受けている気がします。はい。疑いを持ってはならぬ、と教わったはずですが、今では確信に近い疑惑を抱いています。


 あ、信者の話でした。


 スグルが私たちでいう治癒神術、スグルの場合「神聖魔法・治癒」のスキルをはじめとする、治療関係スキルを使って、奇跡のように人助けを行い続けたことで、女神の信者が、つまり私の信者が増えています。

 今では、スグル以外にも、治療関係スキルを使えるメンバーが数名・・・。


 まあ、それは高レベルになって選択可能になった「信者加護」や「信者之輪」、「祝福授与」といったスキルを私が選択したこととも関係があるのですが・・・。


 私は本来、スグルの守護神なのですが、今ではアコンの村の守護神という扱いにされています。


 ジルなどは七歳となってスキルを得た途端、職業が「セントラの巫女」になっていました。

 そのせいで生命力や精神力のステータス補正が大きくて・・・。年齢とレベルの乖離も、人格を破綻させかねないくらいのものがあります。


 今年、ウルが七歳になるタイミングが心配です。

 ジルと同じか、それ以上のことになってもおかしくありません。この二人の毎朝の祈りはケタ違いですから。


 このままでは私は下界に一大教団を築いてしまう勢いです、はい。


 まあ、ジルとウルは、スグルにとても懐いていて、スグルの教育をまっすぐに受け入れていますから、他人より多くの力を得ていても、それを悪用するようなことはないでしょう。


 スグルはどうやらアコンの村を百人以上の規模にするつもりです。

 三ケタの信者を獲得したら、私はいったいどれだけの神力をふるえるのか、怖ろしくもあります。


 これは私が信者を獲得して分かったことですが、信者を獲得した神族は、その信者たちの祈りを受けて神力とし、使うことができるのです。


 ・・・もちろん、その力はスグルのために使います。それが守護神というものです。


 増えているのは私の信者だけではありません。


 ・・・スグルの女性関係も拡大中です。


 もちろん、納得しています、はい。それはそうです。

 この世界、より優秀な男性の・・・を求めるのは自然の摂理そのもの。

 大森林の周辺で・・・いいえ、もっと範囲を広げたとしても、この世界全体としても、スグルほどの男性はいないと考えられます。


 講義で学んだ、最高神さまが守護神を務めたという、アランガルドの神聖王が死ぬ間際でレベル32だったとされています。これが歴史上最高レベルの人間だった、はずです。


 転生時点でスグルはその上をいっていました。転生した途端に歴史上の最高レベルの人物を超えていて、それ以降もずっと記録を更新中です。


 女性が本能的にその種を求めるのは当然です。・・・をはっきり口に出してしまいました。油断です。いろいろあって、私もムラムラとしているのかもしれません。


 クマラは、まあ、虹池の村で出会ったときから、スグルを意識していたようですけれど、兄のセイハを救われて初恋に落ち、朝の通り雨で雷から守ってもらって、自身の恋心をはっきりと自覚して・・・。

 まだ、婚約という段階ではありますが、とにかく、健気にスグルを支えようとしています。そのための努力が、彼女自身を驚くようなレベルにまで高めています。

 ジルが巫女としてはまだ幼く、言葉足らずのため、クマラの職業欄には「覇王の婚約者」と並んで「女神セントラの代弁者」と・・・。

 この職業システムの研究も必要になるかもしれません。ここもステータス補正が・・・。


 それからアイラ。アイラはこれまで男性によってさんざん困らされてきたことから、あの時、命の限界を救われた相手であるスグルを運命の人と受け止める、という物語みたいなことは理解できなくもないです。

 出会っていきなり、というのは、どうかとも思いましたが・・・。

 まあ、私はできるだけ見ないように両手で私自身の顔を隠しておりましたが、それでも人差指と中指の間や、中指と薬指の間から、少しずつ見えていたものは見なかったことにして・・・。

 激しく求め合う姿は、スグルもやはり男だったのか・・・いえいえ、見えてはいませんし、見てはいません。

 何よりも驚いたのは、その直後にアイラにスキルが、しかも固有スキルが身に付いたこと。

 人間で固有スキルをもつのは転生者のみ、という常識を超えてしまったのです。それはそれとして、研究対象ではありますが・・・。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る