第53話 女神が小動物を愛でた場合



 倒れた小竜鳥に近づいたおれとノイハは、ぐるっとその周囲を回って観察した。


「動かねーな?」

「ああ、死んではいないけれど、動くのもあきらめてるような」


「助け起こしてみっか?」

「足のロープを切ったら立てないか?」

「やってみっか」


 ノイハはおれに手を伸ばし、おれは銅剣を一本ノイハに手渡す。

 おれももう一本の銅剣を用意する。


 ネアコンイモのロープは、とても頑丈だが刃物を使って切れない訳ではない。銅剣をのこぎりのように使い、ぎしぎしと切り込んでいく。


 小竜鳥に動きはない。


 おれも、ノイハも、ほぼ同時に、ロープを切り終えた。

 バッファローと結ばれていたロープが切り離されても、小竜鳥に動きはなかった。


「ロープが原因じゃないのか?」

「倒れた原因はそうだろーけど、起き上れないのはロープと関係ねーのかもな」


 ・・・助け起こしてみてはどうですか?


「・・・女神さま、このでっけー鳥は、かなり重い気がすっけどな?」


 セントラエムの言葉に、ノイハが答える。

 同時に会話できると便利だ。


 ・・・スグルやノイハの筋力なら、できると思いますが。


 ノイハも今ではレベル15になった。

 アコンの村人の中では、おれ、ジル、クマラに次ぐレベルの高さだ。大草原に行けば、相手になるレベルの人物はいないだろう。

 まあ、レベル14からレベル15になった時の獲得スキルは「吸血耐性」なのだから、そこは笑い話だ。麦を入手した時のヒル事件がきっかけという訳。

 筋力は99と、実は剣士として大草原で伝説を残したジッドよりも高い。ノイハ本人の職業欄は「狩人」なので、筋力よりも敏捷の方がもっと高いけれど。


 小竜鳥を助け起こす、というのであれば、正直なところ、おれ一人でも十分かもしれない。


「・・・助け起こしたら喰われちまったなんつーことに」

「そうなる可能性は否定できないかな」


「オーバ・・・」

「助け起こすのはおれがやろう」


 おれは銅剣をノイハに預けた。「まあ、ここまで運んでもらった恩返しみたいなものかもな」


 そう言っておれは、小竜鳥の横にしゃがみこんだ。


 ナスカの地上絵のように、いや、そうでもないかもしれないけれど、人間でいう、いわゆるうつ伏せ? のような状態の小竜鳥の広がった翼の下におれはもぐりこんだ。


 小竜鳥が暴れるような様子はない。


 ちょっとドキドキしながら、おれはさらに奥へともぐっていく。


 翼の下は、その重みがそれほどでもない。


 しかし、奥へともぐりこんでいくと、胴体部分に近づくほど、重みが増して行く。


 羽毛の感触は柔らかく、小竜鳥の体温は生温かく、重みは増す。

 変な感じだ。


 おそらく、重みの中心だろうと思ったところで、四つん這いになり、背中で小竜鳥を押し上げていく。


 腹筋と背筋に力を入れて。

 太ももにも気合を入れて。


 ぐいっと、小竜鳥を助け起こした。


 ジャンバルジャンがこうやって人助けをしていた記憶がうっすらとある。まあ、ジャンバルジャンってなんなんだって話か。


 立ち上がった小竜鳥は、おっとっと、という感じに、少しだけバランスを崩したが、なんとか二本足で立った。


 広がっていた翼が折りたたまれた。


 おれやノイハは少し警戒していたが、別に襲いかかってくるようなこともなく。

 ぴゅいっ、と可愛らしく鳴いた。


 なんて、サイズに似合わない鳴き声なんだろうか、とノイハに目をやると、ノイハもそういう表情でおれを見ていた。


 ・・・可愛い鳴き声ですね。やはり大人しい性質だというのは間違いないようです。


 セントラエム・・・。

 見た目と鳴き声のギャップに何も感じてないのはお前だけだよ・・・。


「女神さまって・・・」

「うん?」

「ちょっと、ズレてんだな・・・」


 ノイハに言われるとは。


 まあ、姿は見えず、声だけだから、どういう表情で言っているのかも分からないけれど。

 正直なところ、ノイハの意見には同感である。


 まあ、セントラエムのそういう、ちょっとズレてるところは、可愛いんじゃないか、とも思う。小竜鳥ではなく、セントラエムが、である。守護神としては、かなり心配になるけれど。


 もう一度、ぴゅいっ、と鳴いた小竜鳥は、ぴょんと両足ジャンプで移動する。

 どすん。


 ぴょん。

 どすん。


 ぴょん。

 どすん。


 ぴょん。

 どすん。


 動きがでかいんですけれど。


 飛ぶ雰囲気はぴょん。

 着地のイメージはどすん。


 まあ、こちらに危害を加える気はなさそうではある。


 巣穴に近づいて、もう一度、ぴゅいっ、と鳴いて、止まる。

 そうすると、巣穴から、かさかさという音を立てて、小竜鳥のひなが出てきた。


 ・・・小竜鳥のひなですね。なんて可愛い。


 うーん。

 セントラエム目線ではそうなるらしい。


 いや、親鳥のサイズがサイズなもので。


 小竜鳥のひなは、おれの感覚では、ごく普通のタカのサイズ。あの、鷹狩りのタカだ。成鳥のタカと同じくらいだと思う。


 しかし、飛ばずに、よちよちと右、左、右、左と歩いてくる様子は、ペンギンのようでもある。


 飛べないタカがペンギン歩き。

 しかも七匹での大行進。


 これを可愛いと受け止めるのか、なんか変だと受け止めるのかは、その人次第という気がする。

 いや、歩き方がペンギン歩きなのは、確かに可愛いという要素を含んでいるように思える。


 しかし、見た目はタカ。ペンギンではない。

 そこは微妙、という感覚か。


「いや、うまそうだよな」


 ノイハ。

 おまえはそっちか。


 ・・・ノイハ。小竜鳥のひなを食べる気ですか?


 あ、セントラエムが怒っている。


「あ、いや、そーゆーわけじゃ・・・」


 ・・・小竜鳥のひなを食べることは許しません。いいですか、ノイハ?


「は、はい・・・」


 おお。

 セントラエムが毅然としている、ような気がする。


 ノイハが・・・いや、ノイハの食欲が抑え込まれている。

 珍しいこともあるものだ。


 アコンの村の二大食いしん坊の片割れであるノイハの食欲にブレーキをかけられるとは、セントラエムの女神としての威厳もあなどれないものだ。


 いや、そういうレベルで女神の信仰を考えている時点でダメか。


 まあ、そもそも、タカって、食べるとしたらどうなんだろうか。

 鶏とか、カモとか、そういう感じではないことは間違いない。


 食べられることは食べられるだろうけれど。


「・・・ふぅー、女神さまを怒らせちまった」


 そう言うほど、こたえてなさそうだけれど。

 まあ、それがノイハらしいか。


 セントラエムは、小竜鳥のひなをおれの背後から愛でているらしい。


 そのひなたちは、というと。


 親鳥を通り越して・・・。


 よちよち。

 よちよち、と。


 あ・・・。


 完全にバッファローを目指していますね、はい。

 ペンギンのような歩き方は可愛らしいのかもしれない。


 しかし、一直線にバッファローを目指して。

 迷わず、ノイハがさばいた腹部に頭を突っ込み。

 血なのか、体液なのか、なんだかよく分からないものにまみれて。


 がつがつと食い散らかしている様子は・・・。

 猛禽類ですね、はい。


 ペンギンとは似ても似つかぬものですよ、はい。


「完全な肉食なのかな・・・」


 ・・・生きるため、生きるためですね。生きるためには、仕方のないことなのです。


「セントラエム、現実から目を反らしてないか?」


 ・・・いいえ。これこそ現実です。どんなに可愛いひなたちでも、生きるためには仕方がないのです。そう、仕方がないのです。


「それなら、ノイハがひなを食べるのも、同じことだろうに」


 ・・・うっ。


「・・・まあ、ノイハにわざわざひなを食えって言う訳じゃないけれど」


 ・・・そ、そうですか。


「あの姿を見てもまだ、可愛いって?」


 ・・・ううぅ。さっきまで、さっきまではとても愛らしい歩き方をしていたのです。ただ、食べるとなると、そこは、生きるためなのです。仕方のないことなのです。


 セントラエムが可愛いと可愛くないで葛藤しているらしい。

 そんなセントラエムが可愛い。


 まあ、まだ姿を消している時は見えないんだけれど。


 早く、神眼とかいうスキルを身に付けて、こういうときにどんな表情をしているのか、見てみたいのだけれど。


 修行は続けているけれど、なかなか身に付かないものだ。






 しばらくして。

 血を中心とする何かにまみれた小竜鳥のひなたちは、満足したのか、巣穴へとよちよち歩きで戻っていった。


 セントラエムはその姿を可愛いともなんとも、言わなかった。


 ノイハも、女神の言葉があったので、捕まえようとか食べようとかは言わなかった。


 七匹のひなが、巣穴に隠れた後。

 親鳥も巣穴の入り口に移動して、ぺたんと座りこんだ。


 巣穴が親鳥でふたをされたような状態だ。

 親が子を守る姿。


 大草原で口減らしのために子どもが捨てられる人間の暮らしとは大違いだ。

 まあ、それは言っても仕方がないことか。


 おれたちは、この世界の人間が誰も見たことがないような、尊い特殊な生態を目撃したのかもしれない。


 しかし。

 あそこまではっきり肉食なのに。


 おれやノイハには一切興味を示さなかった。


 不思議な感じがする。

 おれたちを追い払う様子もない。


 どっしりとした親鳥の安心感。


 生きた肉には、食指が動かないのかもしれない。


「さて、おもしれーもんは見たし、食うもんは食ったし」


 ノイハがくいっと、体を伸ばしながら、そう言った。


 弛緩した空気の中で、おれはノイハを見た。


「こっから、どうやって帰るんだ? オーバ?」

「そうだな・・・」


「来たときみてーに、こいつに運んでもらうっつーのは、難しいよな?」

「まあ、歩いて戻るしかないか」


「そーなー。しょーがねーか。あれだけ飛んできたんだから、かなり歩かないと、だな」

「それも修行のうち、さ」

「・・・ま、楽しかったから、いっか」


 ふっと笑ったノイハに。


 おれも笑顔を返した。


 そういうゆるんだ感じの中で・・・。


 ・・・スグル!!


 セントラエムが鋭く叫んだ。


 それと同時に、おれの全身に悪寒が走る。

 危険察知スキルの発動。


 それも。

 最大級・・・。


「ノイハ!」

「・・・その声。やべー感じ・・・」


 ・・・スグル! 村の守りを解いて、分身を戻します!


「ま、待て、セントラエム!」


 アコンの村の守りに残している分身を戻す?

 村はどうなる?


 ・・・ここは、危険です!


 いつの間にか。


 小竜鳥の親鳥が、巣穴の奥に引っ込んで。

 完全に気配を消していた。


 そして。


 おれたちは大きな影に覆われた。





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