第52話 女神が人口増加について検討した場合(2)



 食べながら、そんな話をノイハとしていたのだが・・・。


「・・・オーバの言いたいことは、なんとなく、分かるっちゃあ、分かるんだが」

「ん?」

「その、さ。大草原と、そんなにつながらなくても、やっていけるんじゃねえのか、って思うだけ」

「ああ、そう思うのか」


 どうやら、ノイハには、閉鎖的な感情、ってものも、あるらしい。

 まあ、そんな気持ちは分からなくもない。


 そもそも、数家族の小さな集落で暮らしてきたのだから、今くらいが、集団生活の基本なのだ。

 都市など、見たこともない。


 見たこともなく、よく分からないものには、不安を感じる。それが当たり前だ。まあ、ノイハはなんとなく分かる、とは言っているけれど。


 ・・・ノイハは、リイムやエイムたちが来てから、アコンの村が明るく、豊かになったとは思いませんか?


 セントラエムがノイハに語りかける。


 セントラエムによると、今回の冒険旅行中に、何度もおれとノイハと話しているうちに、「神意伝達」のスキルレベルが高くなったらしく、一度におれとノイハに話しかけることも可能になったらしい。


 この世界では、女神という神様も、スキルとレベルに縛られている。神様なのに、完全じゃなくて残念なのか、それがいいのかは、悩むところではある。実質、神様というよりは守護霊か背後霊なのだけれど。


「女神さまが言うのも、分かるっちゃ、分かる。リイムたちが来て、村が豊かになったんだ。新しく他の人が来ても、また豊かになるって、ことだろ?」


 ・・・その通りです。スグルがそう導いてくれますし、私も協力します。


 いや、そこは、女神が導いて、おれたちが協力って言ってほしいけれど、セントラエムは正直だ。言っていることの方が真実だから。


 セントラエムはあくまでもおれの守護神。


 神の導きというのは、おれがみんなに対して使うただの方便でしかない。


 ・・・リイムやエイムたちが来てからだって、アコンの村で食べ物に困るということはなかったのではないですか?


「ま、食べ物だけでなく、住むところも、服も、何もかも、困ってはないっちゃ、ない、さ。なんとなく、人が増えていくのがこわいってだけ、かも」


「おれたちの村には、まだまだ人が増えても大丈夫だってくらいの、ゆとりがあるからな。今の状態でも百人くらいは余裕だろう」

「ひゃ、百人っ?」


「ああ。それに、百人になったら、その分、田畑を広げられるから、もっと多くの人数でも受け入れられるようになる」

「はぁー・・・」


「そうなったら、アコンの村を中心にして、分村していけばいいしな」

「分村?」

「村を分ける。ダリの泉の村を復活させることだってできるぞ」


「おお・・・そういうことか。そっか、それが、国、か。なんこも、村をまとめた、大きな村。それが国で、国の長が、王か。ジッドが言ってっこと、やっと分かったな。だから、オーバは大森林の王なんだな。国をつくるってのは、人を増やすってことか」


 それだけではないけれど、まあ、そういうイメージだ。


「だから、おれにリイムと結婚しろって、うるせえんだな。納得」


 あ、そういう結論?

 子作りで人口を増やそう、みたいな?

 みんなが結婚して子どもが増えたら国ですよ、ってか。


 間違ってはないけれど、正解とも言えない。


「ノイハが言ってるのは、人口の自然増だな」

「ほへ? しぜんゾウ? あのでっかいやつか?」


 増加の増は、ゾウではない。


「結婚して、子どもが生まれて、人が増えていくことを人口の自然増という。それに対して、どこか別のところから、誰かが移り住んでくることを人口の社会増という」

「・・・つまり、あのでっかいやつではない?」

「・・・そうなるな」


 ・・・スグルは、自然増ではなく、大草原から口減らしで放り出される子どもを受け入れて、社会増を目指す、ということですか?


「より正確に言えば、両方とも必要だけれど、自然増だけでは少しずつしか、人口は増えないからな。社会増で増えた人たちが結婚して、自然増でも増えること。これで、人口はどんどん増えていくはずだ」


 ・・・なるほど。自然増で増えたのは・・・いえ、増える予定なのは、アイラとサーラの二人が生む子どもたちだけですが、スグル以外のアコンの村の人たちは、みんな社会増ですね。


 本当はおれ自身も社会増だけれど、それはそれ。

 セントラエムも分かっているのだろう。


 言う必要がない、ということに。


 ・・・大草原から引き取る、口減らしの子どもたちは、アコンの村の敵になったりはしませんか?


「うおっ、それそれ。そうだ、オーバ。おれが言いたいのは、そういうことだ」


 おまえは何も言ってなかっただろうに・・・。


「落ち着け、ノイハ。それに、セントラエムも、ノイハを不安にさせるな」

「でもさ、女神さまが言う通りじゃねーか?」


 まったく。

 冷静に考えれば、すぐに分かることだ。


「いいか、ノイハ。リイムやエイム、それにバイズたちは、アコンの村の敵なのか?」

「・・・ああ、そういうことか。確かに、リイムたちは敵じゃねーよなー」

「そういうことだ」


 ・・・しかし、可能性はあるのではないですか?


「そりゃ、可能性は、あるだろう。大草原の氏族たちが、スパイ、つまりおれたちのようすを探ってみるために、誰かを口減らしと言って送り込むことも、考えられる。でも、大森林の中央部から、大草原まで、一人か二人で、行ったり戻ったり、できるか?」


「おれとオーバは、できるよな?」

「それは、ノイハがたくさんのスキルを獲得して、レベルを上げたからだろう?」

「そっか。リイムたちなら、まだ、そこまでのことはできねーか」


「それで、できるようになったとして、やるかどうかは・・・」

「分かった。やらねーよ。食べられねーから、口減らしって、追い出されてんだ。おれたちんとこで、しっかり食べて、安心できんなら、敵んなる理由がねーし」


 よくできました。


 おれたちの村へと移住して、それを裏切るだけのメリットが、大草原からの移住者にはないのだ。


 なぜなら、おれたちの方が豊かで、強いから。


「そういや、バイズたちは、しょっちゅー、ここに来てよかった、みてーなこと言うしな」


 なんだ、そういう話を聞いてたのか。


 一日一食生活がアコンの村の基本だが、その一食が大草原の暮らしとは、はっきり言って比べ物にならない。

 大草原では、同じ一日一食でも、チーズをほんのひとかけら、とかだから、実際。おれたちは人間ではなくネズミです、みたいな状態が普通だったのだ。

 大草原の人たちはそんな風には絶対に思っていないだろうけれど。


 農耕がここまで牧畜との差を生み出すとは、おれも予想していなかった。

 狩猟や採集は農耕しながらでも継続しているので、大森林の人たちの暮らしは良くなるばかり。


 もっとよりよくしたいと、おれとノイハが冒険旅をしているわけであり、この格差は今のままなら拡大するばかりだろう。


 ・・・それで、スグルは、アコンの村には、どれくらいの人が増えると考えているのですか?


 人数、か。

 まあ、どうだろうな。


「ナルカン氏族のドウラが、四氏族をまとめられたとして、だ。毎年、口減らしは十人くらいと予想できる。成長して、食事量を増やすタイミングで、減らしたいのさ。才能がない、と思える子を。残酷だけれど、そうしないと氏族全体が苦しむわけだしな。小さすぎると、才能があるかどうかも、見極められないが・・・。十年で、百人の社会増ってとこか。おれたちの子が生まれるとして、だいたい子どもは三人みたいな感じだし、この先おれたち以外にも成長して結婚して子どもが生まれるはずだろう。これも合わせれば、十年後のアコンの村は人口百五十人くらいか。多くても二百人には届かないかな」


「計算・・・あ、ダメだ、分からん」

「ノイハはもうちょっと、みんなとの勉強をまじめにやれよ・・・」


 ・・・百五十人ですか。そうなったら、今のような、みんなで行動するという暮らしは、なかなか難しいのではないですか? 食事を一緒とか、滝シャワーを一緒とか。


「・・・まあ、できなくはないけれど、やらないかも。食事は家族ごとで、とかになるかな」


 できなくはない。

 それくらいの生徒をまとめて、修学旅行とか、宿泊学習とか、やってきたし、全寮制の高等学校とかだって、それくらいの人数は余裕で面倒を見ている。


 しかし、そこは、共同生活でなくてもいい部分、つまりプライベートを生み出しても、いいのではないか、と思う。


 今でも、住居はそれなりに分けているしね。

 最初はほとんど一緒だったけれど。


 まあ、今の人数での家族的な生活がずっとは続かない、というのはしょうがないことだろう。


 継続するのは訓練と学習。

 一人ひとりができるだけたくさんのスキルを身に付け、平均レベルの高い集団を維持する。

 教育こそ全て。


 ・・・長々と話してしまいましたが、そろそろ、あれ、どうにかしませんか?


「ん?」

「ああ・・・」

「あれかあ・・・」


 おれとノイハは、地面にぺたんと張り付いたままの小竜鳥を見た。

 死んだのか? と思うほど、動きがない。


 気性が大人しいというセントラエムの言葉は正しいのかもしれない。





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