第51話 女神を動物図鑑の代わりに利用した場合(1)



 おれとノイハの旅は続いた。


 猛獣地帯と呼ばれる地域のうち、虹池から流れる小川とダリの泉から流れる小川にはさまれた地域の中を二人で行ったり来たりを繰り返す。


 虹池側の小川を北へ進んで、三つ角サイの群れやゾウの群れ、ワニとか、ピラニアなんかにも出会ったことは既に述べた通りだ。


 小川と大きな川との合流地点から、少し西へ移動して、そこから南下して大森林が見えるところまで来たら、ここでもまた少し西へ移動して、大きな川を目指して北上する。


 これをひたすら繰り返した。もちろん、途中、何度も寝泊まりをしながら、だ。


 そんな道中では、さまざまな経験をした。






 灌木の近くで危険を感じ、樹上の猫型動物、セントラエムいわく、樹色ヒョウという、灌木と同じ色をしたヒョウを発見。


 灌木の枝にしか見えなかったのが驚きだった。


 黄色ではなかったのが残念。黄色の樹色ヒョウとか、期待したかった。


 大牙虎みたいに美味いかも、とノイハが三本の矢を同時に放ってヒョウを射落とす。


 食料確保、と喜んで近づいたおれとノイハが灌木の根元で見つけたのは、灌木の幹と同じ色をした巨大な蛇。


 セントラエムいわく、擬態大蛇という名前の大蛇。いわゆるニシキヘビのようなもの。背景色に合わせて色が変化するタイプ。忍者系ハンター蛇だ。


 どうやらおれたちよりも早くヒョウを狙っていたようで、灌木の幹に擬態してヒョウに近づいていたらしい。


 全長五メートルくらいで、ノイハが射落としたヒョウを丸飲みにしていた。頭のすぐ下くらいが、ヒョウの形に膨らんでいたのがとても不気味だった。

 まあ、ヒョウを飲みこんだ状態だったため、まともに動くことができず、銅剣で頭を貫いてあっさり倒すことができたのはラッキーだった。


 その後、この蛇そのものを食べるかどうか、また、蛇に飲みこまれてその体内の何かにまみれたヒョウを食べるかどうか、おれとノイハは激論を交わした後、二人でうなだれながらあきらめたこと、とか。


 ある意味でトラウマものの記憶だな、これ。


 ちなみに、おれたちがあきらめた後、ウナギ猫、セントラエムいわく、斑大猫、マダラオオネコの群れがどこからともなくあらわれて、ヘビとヒョウを食べ始めたのだった。


 その日の夕食がウナギ猫だったことは言うまでもない。






 他にもある。


 ノイハがその卓越した弓矢の技で、インパラみたいな鹿、セントラエムいわく、早足小鹿というシカをしとめたとき、ひらめいたので、血抜きした血を確保しておいた。

 このシカ肉は、硬くて、あまり美味しくなかったのが残念だ。調理方法次第だとは思うけれど。


 それから、二本の棒の間にネアコンイモのロープの細い方で網を作成。


 狙いはもちろん、ピラニアみたいな、セントラエムいわく、馬喰魚という魚。おれもノイハも、あの魚は美味いと思っていたので、大漁を夢見て二人で笑い合った。


 しかし、川に近づいて網を仕掛けようとすると、仕掛ける前にワニ、セントラエムいわく、河大顎が寄ってくる。


 危険だからおれもノイハも網ごと川岸から離れる。


 離れたところから、スクリーンの鳥瞰図でワニが川の深みに戻っていったのを確認したら、おれとノイハは網を仕掛けようと川に近づく。


 そうするとまたワニが寄ってくる。


 何度も同じ状況が繰り返され、最終的におれたちは網を仕掛けることをあきらめた。


 そして、おれたちはそのいらだちをワニにぶつけた。


 近づいてきたワニの口を竹槍で串刺しにして生きたまま川岸に留め、インパラの血を流してピラニアをそこに集めた。


 ワニは生きたままピラニアに腹を食い破られることで暴れて、全身でピラニアに抵抗し、ピラニアを弾き飛ばした。


 ワニが動かなくなった頃には、十数匹のピラニアが陸の上で体をうねらせていた。


 陸へと弾かれたピラニアは二人で美味しく頂いたのだが、このやり方はどう考えてもエサ代の方が魚代よりも高い漁法だったこと、とか。


 ちなみに、ピラニアは陸に打ち揚げられてもしぶとく生きていて、油断していたノイハが左手を噛まれて血だらけになり、おれが神聖魔法で治療したことも追記しておく。


 馬喰魚、恐るべきタフさだ。

 魚のくせに。






 こんなこともあった。


 ダリの泉の村から流れる小川の川沿いで見つけた湿地帯に、ピンク色の羽毛のサギが群れで立ち尽くしていた。


 セントラエムいわく、桃色鷺。

 どんなハ二―トラップなんだ、という名前のピンク色のサギ。

 美人局でもしていそうな、そんな名前に、おれは心の中で笑った。


 ノイハは矢羽がほしいと、馬をおりて湿地に侵入。


 サギの群れはぴくりとも動かないので、捕まえやすいと思ったらしい。


 ノイハがあと数十センチというところまで接近すると、ばさあっと一斉にサギの群れは翼を動かして飛び立ち、ノイハの手はその辺にはえていた草を掴んで終わる。


 それでも落ちていた羽は回収できたのだが、湿地から戻ったノイハの足には手の平サイズのでっかいヒルが五、六匹・・・。


 サギに騙されヒルに血を抜かれたのだ。ある意味で詐欺に遭ったとも言える。


 焚き木を燃やして、火でヒルをはがし、血だらけになったノイハの足を神聖魔法で治療。


 ノイハについていかなくて本当に良かった。それぐらいあのヒルは気持ちが悪かった。セントラエムに祈り、ノイハに神聖魔法をかけながら、おれの腕には鳥肌が立っていたのだ。


 そのとき、ふとノイハの手を見ると、偶然にも、ノイハがその手に掴んで、湿地から持ち帰ってきていた草が、実は麦だったこと、とか。


 これには驚いた。






 ノイハに、麦を採りにもう一度湿地に入ってくれと頼んだのだが、ノイハからは全身全霊をかけて拒否されてしまった。


 まあ、火を近づけて取り除き、神聖魔法で治療できるとはいえ、あのヒルを見た後では、あまり無理は言えない。


 馬たちも、湿地へは入りたがらなかった。

 そりゃ、あのヒルを見たら、おれだって絶対に近づきたくはない。


 この麦は大切に実験して増やすことにした。

 ある意味、今回の旅での狙いは、予想外の形で達成された。


 おれたちの目的のひとつとしては、安定した食料、それも、肉の確保の方法を見つけることだったのだが、そういうおれたちにとって都合のいい動物は、残念ながらいなかった。

 大き過ぎたり、速過ぎたり、小さ過ぎたり、狩る手間や危険に対して、見返りがあまり感じられないのだ。


 そういう訳で、肉は、いまいちの成果。実際のところ、旅の間に一番よく食べたのはウナギ猫。マダラオオネコだ。こっちが狩った獲物を横取りしようと狙ってくるせいか、何度も接触し、何匹もしとめたからだ。

 残念ながら、味は、かなりいまいちで、毛皮の方はもふもふしていて気持ちがいいのだけれど、気候的に亜熱帯に属する大森林ではあんまり役に立たない。


 ところが、肉ではないのだけれど、偶然にも麦を見つけることができたのだ。場所ははっきりしているので、ヒルの対策がとれれば、別の機会に採取することも可能。できればしたくはないけれど。


 これまでのクマラとの話し合いでは、これから数年かけて、少しでも短い期間で育つ米を品種改良して生み出し、米の三期作で食料の確保をしようと考えていた。

 三期作で確保できる量なら、大草原の氏族たちと取り引きしても余裕がある。相手の食、すなわち胃袋を握るのは、恋愛でも、政治でも、どちらでも効果的だろう。


 まあ、品種改良とは言っても、バイオテクノロジーとかがある訳ではないので、時間をかけて、同じ環境でも早く実をつけた稲から種もみを確保して、それを育てていくことの繰り返しで早く育つ稲へと改良しよう、という計画だった。


 ここに麦を加えると、二期作プラス麦の裏作、という方法が使える。冬場のやや気温が下がる時期を麦作で生かせるのだ。無理に品種改良をして、三期作を目指す必要性が低くなる。それでも、三期作の可能性には挑戦するけれど。


 それに、大草原の氏族たちのことを考えると、米よりも麦の方がいいと思う。勝手な思い込みかもしれないが、羊を生活の中心としている彼らの食卓には、ごはんよりもパンの方が合う、というのがおれの勝手なイメージだ。


 ただし、麦作は稲作以上に注意が必要だろう。


 水田での稲作は、あまり連作障害は起こらないとはいえ、まったくない訳でもない。肥料など、十分な量を土に加えなければならない。


 麦は連作障害が米よりもはっきりと起こる。だから水田は三分割して、冬の麦作は常に三分の一で行う。あとの三分の二は休耕して森小猪や土兎の放牧地とするか、地力を回復させてくれそうな草花を植えるか。ちょうどいい冬場の豆類が見つかるといいのだが。


 アコンの村でのメインの食材は、イモ、米。豆類もあるけど、いまいち育ちがよくない。


 一方、かぼちゃやトマトはよく育つのでありがたい存在だ。かぼちゃはみんなからも好評。がんばれトマト。

 果物類もかなり充実しているし、アコンの果実なんて、不思議な力がありすぎて逆に不安になりそうなくらいだ。


 ここに麦が加われば、その充実したラインナップは、思わず笑みがこぼれるほど。そもそも、ネアコンイモがある時点で、飢えることはない。およそ一か月という短期収穫が可能なイモを通年で育てられるのだ。アコンの木の根元であれば。


 まあ、アコンの群生地の近くでなくとも、麦を育てるのなら、例えばダリの泉の村があった辺りや、虹池の村があったあたりでもいいだろう。いずれ、人口が増えたら、衛星都市として、また、大森林の玄関口として、あのへんで人間が暮らせるようにしたいしね。


 もちろん、今、畑や畜産をしているあたりで麦を育ててもいいし、他にも可能性が色々と膨らむ。


 特に、食文化的に、いろいろと、だ。


 とにかく、麦の発見は、ノイハのお手柄だ。未来の村の命をたくさん救ったと言える。


 ノイハ本人に自覚はないが、大手柄である。


 狩猟と採集から、農耕への転換期にあるおれたちの暮らしで、貴重な種苗は最優先で確保したい重要な宝なのだ。


 転換期、とはいっても、前世の知識で行うことができる農耕は、この世界においてなら、かなり先進的なものになるのだろうけれどね。






 そんなこんなで、ジッドが猛獣地帯と呼んだ一帯をおよそ二週間かけて探索したおれとノイハは、セントラエムとも話し合って、一度、虹池に戻って、協力してくれた馬を群れに戻した。


 そして、今度は、自分の足で大草原の猛獣地帯に向かう。


 まあ、おれもノイハも「長駆」のスキルがあるので、マラソン選手並みに走ってもまだ余裕がある。


 そして、今は、バッファローの群れの後ろを追いかけている。


 既に、ノイハの毒矢は一頭のバッファローの尻に刺さっている。


 狙いは、「小竜鳥」へのリベンジだ。


 リベンジとはいっても、「小竜鳥」そのものを倒す、というつもりはない。


 バッファローの肉を確保する、ということでもない。


 おれたちの狙いは・・・。





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