第51話 女神を動物図鑑の代わりに利用した場合(2)
スピードが落ちて、群れから離れた尻矢バッファローが倒れる。
この旅の初日に見たのと同じ光景だ。まあ、あの時は馬上でのんびり追いかけていたけれど。
バッファローを神聖魔法で解毒し、銅剣でとどめを刺して、血抜きをする。
ウナギ猫がやってきて、ノイハが弓矢でしとめつつ、追い払うのも前回と同じ。
ただし、今回、バッファローの四肢には、ネアコンイモのロープが、これでもか、という強さでしっかりと結んである。
足の付け根に結ばれたロープは、反対側の脇から肩の上へと回して、もう一方のロープと軽く結んである。合計四本のロープ。
それに加えて、射とめた五匹のウナギ猫も一本のロープにそのしっぽが結ばれて、垂れ下げられている。
おれの腰と、ノイハの腰にも、それぞれロープが結ばれている。
全部で七本のロープを利用中。
あとは、あのでっかい鳥、「小竜鳥」が来れば、実験が始まる。
ここまでくれば、何を実験しようとしているのかは、分かるはず。
「オーバっ! 来たっ!」
「おおっ!」
ノイハの叫びに、おれも叫び返す。
まあ、スクリーンで「小竜鳥」の接近は把握していたのだから、心の準備はできている。
その飛翔スピードは脅威だが、前回も、バッファローをその爪で掴む瞬間は、少しだけ間があった。
おれはスクリーンから目を離し、目視で「小竜鳥」を確認する。
そして、奴がバッファローをその爪に掴むタイミングをはかる。
まだだ。
まだ。
あと少し。
もう少し。
そう。
今だ・・・。
「ノイハっ!」
「おうっ!」
おれとノイハは、前回とは違い、小竜鳥をかわすのではなく・・・。
小竜鳥の爪がバッファローを掴む。
それと同時に、おれとノイハは、その爪がある小竜鳥の足を掴む。
小竜鳥の巨大な翼が、上昇するために、ぶぁさ、ぶぁさ、と大きく動く。
おれとノイハはバッファローに腰掛けつつ、自分の腰に結んでおいたロープを小竜鳥の足に結ぶ。ただし、長さはゆとりをもたせている。
「できた! ノイハっ! そっちは?」
「おう! できたぜ!」
既に、おれたちは空中にいる。
猛獣地帯と呼ばれた大草原の大地からは、引き離された。
風が、まるで壁のようだ。
大怪盗の三代目やら渋いガンマンやら無敵の剣豪やらが活躍する有名テレビアニメとかでよく見るけれど、飛行機の車輪にぶら下がって飛ぶって、こんな感じなんだろうか。まあ、あの人たちは空中でも加速したりしているのだけれど。
事前の打ち合わせ通り、自分の命綱を結んだあとは、バッファローの足の付け根に結んでおいたロープも、小竜鳥の足に結びつける。それも、強力に、だ。絶対にほどけないように、する。
おれは左手で小竜鳥の足を掴み、右手を顔の前に。
ノイハは右手で小竜鳥の足を掴み、左手を顔の前に。
小竜鳥の両足と、バッファローの身体でつくられた巨大ブランコ。
上空何メートルなのかは分からないが、間違いなく、空中にいる。
リアル空中ブランコだな。
馬の背から、牛の背へ。いや、生きてないからちがうか。
馬上の旅から雲上の旅へ。
あ、雲の上ってほどでもなかったな。
・・・スグル、結界をしかけます。今の状態での神力を大きく消耗するので、あまり使いたくはない力ですが、この状況では危険でしょうから。
セントラエムがそう言うと、風が止まる。
おお、助かる。
こういうことができるって、やっぱりセントラエムは女神なんだなと思う。
神力を大きく消耗するのは、アコンの村に残してきた分身の方に大きく力を与えているせいだろう。こっちの本体には十分の一の力しかないらしい。どっちが分身なのやら。
「なんか、風がなくなったな?」
ノイハが変化に気づいた。
「女神が結界を張ってくれたらしい」
「へえ。やっぱ女神さまはすげぇな」
確かに、すごい。
そのおかげで、周囲を見渡すゆとりが生まれた。
「ノイハ、周りを見てみろ!」
「うおっ」
それは、リアルな鳥瞰図。
大草原も、そこを流れる河川も。
走り去るバッファローの群れも。
ところどころにある灌木も。
そして、みんなが待っている大森林も。
全てを見下ろし、遠くまで見ることができる。
「すっげぇな。これが、鳥の目線、か」
ノイハは驚きながらも、落ち着いた声で言った。
珍しい。
いつもなら、ぎゃーぎゃー言いそうな場面なのに。
「あれは、ダリの泉か、な・・・」
ノイハのつぶやきが聞こえる。
おれに話しかけている訳ではないようだ。
ノイハは、感動し過ぎて、騒ぐような気持ちにはならなかったのかもしれない。
おれも、大森林の方向を見ていた。
正確に言えば。
大森林の、さらに向こう側を見ていた。
大森林を突き抜けた先にある、石灰岩の白い岩壁。
世界の終わりだと感じさせられていた、いや、世界の始まりだと感じさせられていた、白い行き止まり。
その上には、濃淡さまざまな緑が広がる台地があった。
見えなかったから、気づかなかっただけで。
あの滝の水の元となる場所が、あそこなんだな。
世界は広い。
本当に。
異世界であっても、その事実は変わらないらしい。
・・・こんなことを思いついて、実行に移してしまうとは、驚きです。
セントラエムが驚いているらしい。
ここから見える景色に、ではなく、自分が守護するべき男、つまりおれに、だけれど。
今さら、という気もする。
ノイハは大森林から、大草原へと視線を移したようだ。
おれもノイハと同じ方向に目をやる。
二人でジグザグに行ったり来たりした、猛獣地帯が小さく見える。
そう思った瞬間、胃袋がせりあがってくる。
どうやら小竜鳥が下降し始めたらしい。
「なんか、気持ちわりぃな」
急激な下降による内臓のせりあがりなんて、ノイハには初めての経験だろう。
こっちの世界には、ジェットコースターなんて、どこにもないからな。
「ノイハ、前もって話していた通り、ここから先は、一瞬の判断に命がかかってくる」
「お、おう」
「確認するぞ。まずは、小竜鳥がゆっくりと着地する場合」
「そんときは、慌てず、命綱の腰の近くを切って、小竜鳥から離れる、だったっけ」
「そうだ。じゃあ、小竜鳥が空の上からバッファローを落とした場合は?」
「一番危ない場合ってやつだったよな。ええっと、命綱を頼りに小竜鳥の足にしがみつく」
「注意点は?」
「小竜鳥が不安定になるだろうから、だったっけ? 小竜鳥が立て直すまで気をつける」
「立て直せなかった場合は?」
「なんとかできそーなときに、うまく飛び降りる」
「そのときは命綱を切り忘れるなよ」
「おう」
ちなみに、小竜鳥が空の上からバッファローを落とそうとして爪を放しても、既にロープで結びつけているので、バッファローは落ちない。というか、落下しようとするバッファローに小竜鳥は引きずられて落ちていく。
だから、そのこと、つまり足にバッファローを結びつけられていることに気づいていない小竜鳥は、必ずバランスを崩すはず。これが一番危険な状態で、そのまま墜落するということも考えられる。
まあ、おれたちは、死なない限り、骨折くらいならなんとか神聖魔法で復活できるから、こういう無謀なことにも挑戦できるのだけれどね。
「女神さまが言う通り、だと、いいんだけどよう・・・」
「小竜鳥は、体の大きさに似合わず、気性は大人しいって、ところか? 自分で狩りをせずに、他人が狩った獲物を掠め取るあたり、本当は臆病だってのは、当たってると思うぞ?」
小竜鳥は、急下降するときのスピードが唯一の武器、らしい。
今回の挑戦は、セントラエムからの動物情報が全てだ。
おれも「神界辞典」のスキルで調べれば、いろいろなことは分かるが、セントラエムは女神というだけあって、「神界辞典」へのアクセスが速い。おれが調べるより何百倍も速い。
セントラエムの守護と、セントラエムとの会話能力がなかったら、こんな旅ではなかなか生き抜けなかったのではないか、と思う。
まあ、おれの場合は、スキルとレベルだけで、なんとかなりそうな部分もあるけれど。
この旅にはものすごい価値があったと思う。
ノイハも、かなりのサバイバル能力を発揮していたし、この経験がノイハを大きく成長させたはずだ。
いつか、他の者にも、経験させて、成長してほしい。まあ、いわばアコンの村の修学旅行、みたいな感じか。体験型、だな。ただし、小竜鳥による飛行体験まではさせなくてもいいかも。
それと、さみしさ、というか、ホームシックみたいな感じが、強い。半月も大森林を離れたから、そろそろ一度、アコンの村へ戻りたい。旅は十分に楽しめたし、成果も得た。いい区切りだろう。
そして、その前に、この旅の最後に、大きなことに挑戦してみたかった、ということもある。
せっかくの異世界生活だ。冒険心も満たしたいところ。まあ、それなりの土産話はこの挑戦がなくても、けっこうあると言えばあるのだけれど。
小竜鳥は、ダリの泉から流れる小川を超えて、草花があまり見えない岩山へと下降していく。
さあ、どんなタッチダウンになるか、機長の腕前が楽しみだ。
小竜鳥に腕はないけれど。
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