第50話 女神が魚群探知機の機能を発揮した場合(2)
さて、ワニに戻って。ワニは、痛みはあるが、生命力へのダメージはそれほどでもないらしく、三匹とも、竹槍に貫かれても生きたままである。
ワニたちに竹槍を貫通させて、さらに河原へと突き刺して固定が終わると、ワニは足の動きで抵抗することを止めた。下手に動かない方が、痛みはないと気づいたらしい。
「死んだのか?」
「いや、動くと竹槍の刺さったところが痛むから、動くのを止めたみたいだな」
「そんなら、陸にあげた方がいいんじゃねーの?」
「陸だと、水の中よりも踏ん張りが効くから、動きを止められない気がする」
「ああ、そっか。水だと足が回転しても、踏ん張れねーか」
「それに、あきらめたみたいだし」
「だな」
おれは、かばんから芋づるロープを出して、ワニの口をまとめて竹槍と結ぶように縛り始める。
「何すんだ? まさか、こいつら、食う気かよ?」
「その、まさかだな。とりあえず、口を三つまとめて縛っておく」
ロープを水の中を通して、さらに竹槍にからめて、口に巻きつけ、また水の中を通して、と繰り返しつつ、最後は足で踏みつけて結び目が強くなるように力を込めて、ワニの口を縛った。
踏みつけたときには、またワニたちのバタ足が見えた。痛みがあるとワニの足が動く。
「とどめ、刺さねーの?」
「今からだと、解体に時間がかかりそうだし、もうしばらくで陽が沈むからな。このまま放置しておけば、朝には死んでるんじゃないか?」
「逃げ・・・られねーよな、これ。芋づるロープが切れるわきゃねーし。ただ、朝まで生きてる気はするぜ?」
「・・・そうかもな。今、確認してみたけれど、生命力が継続ダメージでほとんど減少してないみたいだ。すごいな、これ。まあ、減少していたとしても、こっちが考えてるより、かなり時間がかかるな、たぶん」
「やっぱ、とどめ、いるんじゃねーの? その方が・・・」
ノイハは言葉を濁した。
その方が・・・ワニたちにとっても、楽だ、ということだろう。
まあ、そうなんだけれど、試したいこともあるしなあ。
「じゃ、一匹、そうしてみよう。あとは、どれくらい生命力があるか、試してみたい」
「・・・おお、じゃ、解体して、食うのは明日だな」
「嫌なら、食べなくていいけど?」
「いや、食べてみねーと分かんねーこともあるしな」
おれはかばんからもう一本の竹槍を取り出して、一番下流側の、最後に噛みついた一匹に狙いを定め、ワニの上あごの上に立った。
目と目の間、眉間の、少し上。おそらく、そこに脳があるだろう、というところ。ここを一撃で貫く。
ビュッ、と、高速で竹槍を突き刺す。
狙い通りだ。
それと同時に、ワニから飛び降りて、河原へ。
今までにない、大きな動きで、頭に竹槍を刺されたワニの身体が上下左右に暴れて、しばらくもがいて、今度は全く動かなくなった。
ステータスの生命力はゼロ。
そのまま、動かなくなったワニの上に戻り、死体の頭の竹槍をぐりっ、ぐりっ、と・・・。
ノイハ、そんな顔するなよな。
ワニを頭から一度、竹槍で貫通させてから、竹槍を引き抜く。
血が、川に流れだす。
「・・・ああ、血抜きかよ」
おいおい。
他に、何があると?
おれに、死体をいたぶるような趣味はない。
ないったら、ない。
「今日は、この近くで野営だな。明日、午前中にこいつを解体して、どんな味か、確かめよう」
「おう。でも、さ・・・」
「ん?」
「たとえ、味が良かったとして、さ。この川で獲れるっつーのは、おれたちの食糧としては、ダメだよなあ」
「・・・ああ、そうか。ここは、大森林から遠過ぎるから、か」
「そーそー」
「確かに、そうだな。まあ、こういうのが、どっかで役立つってことも、あるかもしれないから、とりあえず、やってみるだけは、やるさ」
「だな。食べて、うまけりゃ、ジッドへの土産話としてもアリだ」
ノイハの冗談に笑顔で応えつつ、おれは竹槍の血を洗い流してからかばんに片付けて、水袋から水を飲んだ。
ワニとの戦いで、のどが渇いていたらしい。
大森林の滝の水が、いつもよりもうまいと感じた。
真夜中に、セントラエムに起こされた。
それは、セントラエムの役割だから、仕方がない。
でも、ノイハ。
火の番で寝るのは、やめてほしい。
二日連続だよ、おい。
・・・スグル、聞こえませんか?
おや?
そう言われて、耳に意識を集中させてみる。
はげしい水音が、ばしゃ、ばしゃ、と聞こえる。
どうも、嫌な感じだ。
しかし、音が近づくとか、離れるとか、そういう感じはない。
その場で、音がしている。
ワニを突き刺して置いてあるところ。
生きている二匹が、逃げようと抵抗しているのだろうか?
暗くて、見えない。
水音だけが、響く。
ワニを仕留めたところってことで、なんとなく状況が想像できるから、そこまで怖ろしくはないが、見えないものが音だけでってのは、怖いものだ。
「今さらだけど、逃げようとして暴れてるのか?」
・・・いいえ。河大顎が、襲われています。
「ええっ? なんで? いや、何に?」
というか、それ、おれたちにも危険なんじゃないのか?
ノイハを起こさないと・・・。
・・・スグルたちには危険はありません。もちろん、馬も大丈夫です。
「まさか? なんで?」
・・・河大顎は、魚に襲われていますから。魚は、水がないのに、ここまで来ることはできません。ここは安全です。しかし、せっかくの河大顎が、喰い尽くされてしまうはずです。
「魚って・・・」
魚が、ワニを、襲うのか?
ああ、あれか。
ピラニア系か。
肉食魚、だな。血抜きのときの血に呼び寄せられたか。
「なんて魚だ?」
馬喰魚、といいます。
うまくいうお、って・・・。
ワニ、食ってんじゃねえよ。
馬じゃねえし。
うまく言おうって、うまく言えてないだろ?
・・・とどめを刺した一匹だけでなく、生かしておいた二匹も、柔らかい腹側から食い破られて、今はもがき苦しんでいます。
おれはスクリーンに地図を出して、「馬喰魚」で調べてみた。
広範囲で、この大きい方の河に分布している。
地図の縮尺を変えて確認すると、ワニの周辺に、まさに無数に群がっていた。
自分のステータスを出して、忍耐力を確認。どうやら、フルで回復していたらしく、『神界辞典』、『鳥瞰図』、『範囲探索』、『対人評価』を使って消費した4+8+2+2=16が引かれて、1040-16=1024だ。
この四つのスキルはこれまで頻繁に使ってきたため、スキルレベルが高くなっているらしく、転生時よりも消費する忍耐力が半分になっている。
固有スキルの『鳥瞰図』は、転生時では忍耐力を16も消費していたのだが、今では8しか消費しないのだ。しかし、自分の能力が数値で分かるってのは、分かりやすいけれど、慣れない。
あと、忍耐力を使い切っても、死なないということは、実は以前、実験済み。
これ、精神力も同じ。
麻痺というか、気絶というか、つまりスタン、の状態異常にはなるけれど、死ぬ訳ではない。
ピラニア野郎どもに、勇気を出して、『対人評価』を使う。
忍耐力が一気に減少し、114になる。
おれの場合、『対人評価』の消費忍耐力は2なので、(1024-114)÷2=455匹、か。
算数か、数学の試験問題にできそうだ。
『対人評価』を使って、ピラニアの数を確認すると、忍耐力が1024から114まで減りました。『対人評価』での消費忍耐力は2です。ピラニアは何匹いるでしょうか、みたいな。
まあ、そんなことを考えている場合でもないか。
スクリーンに、無数のステータスが表示され、スクロールバーが・・・、うん、大きく動かせる、あの感じだな。
ピラニア野郎のレベルは1~3の範囲で、1が多い。
しかし、その怖ろしさは、レベルとは関係のないところにある、と言える。
ワニ三匹に、五百近くが群がっているとすれば、サイズは大きくても、アジとか、イワシとか、それくらいだろう。
そのサイズでレベル3、か。
うちの村なら、サーラと同レベルなんですがっ?
魚くんにまでレベルがあるとは・・・。
しかも、人間と同レベルの魚。
まあ、生命力はレベル3でたったの6しかないけれど。
スキルは・・・どれも応用スキルばかりで『群泳』、『血追』に・・・『跳躍』だと?
ああ、泳ぎながら、河の上に跳びはねる感じかな。
中には『跳躍』ではなく、『群寄』というスキルを持つ個体もいる。こいつが、群れを統率しているのかもしれない。
倒せるか?
いや、無理だよな?
この暗闇で、水の中なんて、どう考えても無理だろう?
ノイハを起こして、毒でとか?
ピラニア野郎を一網打尽にできたとしても、そのあとの周辺被害が怖いよなあ・・・。
ワニにも、『対人評価』をかけて、ステータスを確認。
竹槍に貫かれてもほとんど減少しなかったワニの生命力が、どんどん0へと近づいていくのがはっきりと分かる。
ああ。
これはダメだ。
ピラニア野郎どもを排除できたとしても、もうワニに食べられるところは残っていないだろう。
どうやら、今回の旅では、捕まえた獲物を横取りされるって、パターンがあるらしい。
油断大敵。
隙あらば・・・ということなのだろう。
大草原の氏族たちが、この猛獣地帯に手を出さないのは、手を出したとしても、手に入らないからなのかもしれない。まあ、そもそも、彼らからすると、いろいろレベルが高い地域では、あるけれど。
おれは、ワニの肉、ピラニア退治、ノイハの無責任さなど、いろいろとあきらめるところはあきらめることにして、そのままもう一度、寝た。
危険があれば、セントラエムに起こすようにお願いしておいた。
ということで、今夜はおやすみなさい。
「どうなってんだ、こりゃ?」
朝、ゆらゆらと川面に揺れるワニ皮を見たノイハがそうつぶやいた。
腹側から喰い破られ、中身は喰い尽くされ、硬い外皮だけが残されたワニが、風になびく旗のように川面に漂う。鯉のぼり・・・という美しさはないか。脳や目玉も、なくなっている。ある意味では、皮革部分だけにする最高の方法なのかもしれない。ワニ皮狙いなら、これ、いい方法だよな。
一方、ピラニア野郎にも、被害が出ていた。
暴れたワニにはねとばされたのだろう。河原に打ち上げられて、何匹も死んでいる。
見た目は、ちょっと小さ目のタイ、みたいな感じか。
しょうがない。
朝飯はピラニア野郎の焼き魚だ。
やれやれ、と、そう思って、岩塩をふって焼いて食べてみたら、これが意外と美味い。
白身で、小骨が少なく、食べやすいし、無数にいるので獲り尽くすということも考えにくい。
でも、口まわりの牙はすごく硬くて、邪魔だった。何か使えると面白いのだけれど。
川魚としての臭みがあるので、香草と一緒に焼いたり、煮たりすれば、たぶん、いい感じだ。香草なら、大森林にいくらでも、ある。
小さな干し肉のかけらをエサに釣る、というのもアリかもしれない。釣り道具を作らなければならないけれど。
いや、肉のまき餌で集めて、投網というのがいいかも。一網打尽にできそうな気がする。食い破られない強い網は、ネアコンイモの芋づるからなら、できるはず。
まあ、ワニと同じで、大森林からの距離に問題がある、か。
おれたちにとっては遠くても、大草原の氏族たちには、なんとかなるのではないだろうか?
けっこう、大草原の氏族たちは食糧不足に悩んでいたみたいだし、いつか、教えてやろう。そうすると、投網は、重要な輸出品になるかもしれない。まあ、羊毛で作ったとしても、網は大丈夫かもしれないけれど。
魚を食べるおれとノイハから少し離れたところで、馬がのんびり草を食べているのが、とても平和な感じがする。
十数匹の馬喰魚を食べ終えて、おれとノイハで女神への感謝の祈り。
それから、河から引き上げたワニ皮は、使えるサイズに銅剣で切ってから、かばんに収納。竹槍も洗って回収。
剣の使い道がまちがってんじゃねーか、とか、おまえの弓ほどじゃねーよ、とか、おれの弓は弓らしー使い方だ、とか、つまらない軽口をたたき合って、おれとノイハは馬に乗る。
さて、今日はどんな動物との出会いが待っているのか。
むつごろうさん的な動物たちとの触れ合いなど一切なしで、おれとノイハの大草原サファリパーク、食レポの旅は続くのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます