第49話 女神のモーニングコールが命の危険を知らせる場合(2)
少し戻って、さっき通り過ぎた三つ角サイの群れに対して、食糧化チャレンジをする、ということは考えていない。
しないよ?
もし、ここで三つ角サイを倒して、肉にしたとしても、おれとノイハで食べ切れるサイズではないしね。持ち運びも無理だ。
セントラエム情報では、三つ角サイは大人しい部類だという。
まあ、大人しい動物ほど、本気で命の危険にさらされた場合、獰猛になる。それがたぶん鉄則。あんなサイズに暴れられたら、勝てるとしても、面倒だし、そこまで美味いという感じもしない。美味いかどうかは、勝手な想像だけれど。
という訳で、三つ角サイはスルーで。これはノイハも賛成。
大きな川に沿って小川との合流地点から西へ三時間。
そして、予想していたゾウの存在を発見。
やっぱり、いた。
ゾウはこの世界にも存在していたのだ。
さすがは大草原の猛獣地帯。
天然サファリパーク。
・・・長鼻大耳です。まるでアコンの大樹のような動物ですね。これも、基本的には大人しい動物で、草食のはずです。子育て中の場合、母親が凶暴になることもあるようですね。
セントラエムがサファリのコンパニオン化している。
ながばなおおみみ、って・・・。それって動物の名前というより、形状ですよね?
こっちの世界のネーミングセンスは、どうかと思うが、まあ、おれにネーミングセンスがあるとも思えないから、気にしないことにしよう。あれは、ゾウ。ゾウだ。
そのまま馬に乗って近づいて・・・。
う、んと・・・。
あれ?
近づいて・・・る、よな?
おれは、小学生の頃、遠足で行った動物園で見たゾウのイメージを思い出す。
まだ、ずいぶん距離があるけど、小学生のときに見た、動物園のゾウのサイズで見えている気がするんだが・・・。
さらに近づいて・・・どうも、おれが知っているゾウのサイズとは、根本的に異なるらしい。
耳は大きく、お鼻は長い。
足はぶっとく、しっぽは振れて。
見た目は、というか、形は、まあ、想像通りのゾウだ・・・やっぱり大きさは、おれの知っているゾウではないと思う。
「・・・でっけー。朝の三つ角サイよりもでっけーな」
高さが、アコンのツリーハウスの、竹で作ったバンブーデッキの二段目くらい。およそ、六メートルはある。全長は十メートルを超えているだろう。十五メートルくらいはあるはず。
見た目、形は元の世界の通りで、サイズが二倍以上になっているファンタジーってのは、どうなんだろう。
モンスターってことでいいのだろうか?
ステータス上のレベルは最大のもので6。言い方は悪いが、たったのレベル6。生命力は500オーバーなんだけれどね・・・レベル60を超えているおれの半分も、レベル6で生命力がある。
この群れは、小さいサイズの子ゾウ・・・これが、おれにとっては動物園で見たことがあるサイズなんだが・・・子ゾウも合わせて十二頭の群れ。
子ゾウ、ね・・・。
さっき、セントラエムがなんか言っていたような気が・・・。
おれとノイハは、あまりの珍しさに、そのまま馬に乗ってゾウの群れに接近した。
ゾウがおれたちの接近に気づく。
っ! まずいっっ!
母親ゾウだと思われるゾウが、大きく鼻を振り上げて、おれたちの方へと向きを変えた。
「ノイハっ!」
「う、おおっっ?!」
おれもノイハも、馬の首を押して、加速させた。
母親ゾウが川から出て、おれたちを追いかけ始める。
子ゾウが狙われるとでも、勘違いしたのだろう。
確かに、子ゾウに注目していた。
注目していました。
すみません。
でも、それは、サイズが気になっていただけなのです!
そんな言い訳が通用する訳もなく・・・。
おれとノイハが全力で馬を走らせる後ろに、巨大なゾウの群れが。
地震のような振動、地響き。
大きな耳と長~い鼻の動きがなんか怖い。
しかも。
なんでそんなに速いんだよ!?
全力で逃げる馬と、変わらない速度で走るゾウの群れ。
いや、ステータスを見ると、急激に生命力なんかが減少している。
怒りに我を忘れて・・・。
空飛ぶ少女の名作アニメに出てくる、目がたくさんある蟲か?
今は目玉が赤い状態な感じで?
「・・・ゾウのくせに、まさか肉食か?」
「えっ、肉食じゃないのか?」
「知るか!」
「・・・言い出したのはオーバだろ」
「くぅ・・・」
・・・さっきも言いましたが、草食です。
間に入るセントラエムの豆知識が、今の状況では少しいらっとしてしまう。
「三つ角サイみたいに、大人しくはないのか!?」
「馬の全力でも、少しずつしか離れないもんなあ・・・」
「なんでノイハは余裕がある?!」
「・・・まあ、少しずつは離れてんだから、追いつかれるってこたあ、ねーし」
ノイハ、意外と大物?
・・・大人しいはずなのですが、ただ単に大人しいという性質ではないかもしれません。特に子育て中の母親は警戒心が高まるらしく、近づくものを追い払おうとするようです。草食ですから、食べようとはしませんが、踏み潰されることはあるはずです。
とっても冷静に、おれの不安をあおってくれて、ありがとう、セントラエム。
いや、子ゾウも含めて、群れが丸ごと追いかけてきてます、はい。
まあ、追い払おうという行動なら、そこまで心配はいらないかもしれないけれど。
ノイハの言う通り、少しずつ、少しずつ、おれたちの馬とゾウの間の距離は開いている。
二十メートルくらい、間ができたとき、ゾウの群れはスピードを落として、おれたちを追うのを止めた。
追いかけられ始めてから、三十分は経っていた。
けっこう、しつこいよね?
約二十キロは逃げたんだけれど?
どれだけ追いかけたかった、というのだろうか。そこまで子ゾウに敵意は持ってなかったのに。
ゾウ・・・長鼻大耳は、身体は大きいけれど、ステータス上は、楽勝の相手では、ある。
ステータスの数字の上でなら、ね。
しかし、実際に、あの巨体と向き合って戦う、という考えは、精神的にどうかと思う。
原始の人々はよく、あんな動物を食べようと思ったもんだ。
集団での狩りだからか、罠になる地形に誘い込む方法をとったか、他に食べられるものがなかったか、巨大だから一度狩ったときの効率が良かったのか・・・。
とりあえず、食糧不足に悩んでいない大森林のおれたちからすると、ゾウやサイの肉を確保する必要性がない。
さっき、大量の食肉の確保にはアリって、思ってなかったか、だと?
それはこの異世界の世の中の現実を知らない過去のおれが勝手に思ったことだな、うん。
あいつらでかすぎんだろ!? という感じで。
古代ローマで、カルタゴのハンニバルの軍勢の中には、ゾウに乗った部隊があったらしい。元の世界のゾウはここのゾウよりも大人しいのかもしれないね。
ま、動物園で見る限りは、ほぼ動きもないしね・・・。
しかし、猛獣地帯ってのは、動物巨大化地帯なのか?
鳥、サイ、ゾウ・・・。
ネコもある意味では巨大化。まあ、大きくというよりは、長く、だけれど。
ゾウとの競争のあと、スピードを落とした馬がかなり疲れていた。
おれとノイハは一度、馬から降りて、それぞれの馬をなでる。
ぶるるん、と気持ちよさそうにした馬は、そのままその辺の草を食べ始めた。
平和な食事風景だ、うん。
やはり草食動物は、基本的に獲物系動物なのだろう。
逃げる速さが命、ということだ。
「しっかし、でっけー動物だったなー」
「確かに」
「あれも、食えねーよなー」
「どうやって倒すか、か。あ、いや、それはバッファローのときと同じなら、できるか・・・」
「ああ、毒矢、使えば・・・って、あんなにでっけーのに、毒が効くもんかね?」
「うーん。試してみるにしても、無駄になるよな、今は。ただし、毒矢を使って、倒れたら解毒するってやり方は、安全な狩りの方法かもしれないな。ノイハ、これはすごい発見かも」
「おっ! そっか? そりゃ良かった。んー、オーバに誉められっと、嬉しーねー!」
ノイハが屈託なく笑う。
いい笑顔だ。
「毒と言えば・・・」
「んー?」
「リイム、元気にしてるかな?」
「・・・大丈夫だろ?」
「心配じゃないか?」
「いや、心配は心配っつーか、なんでリイムだけ?」
「毒の話だからかな」
「心配なら、女神さまに聞けばいいんじゃねーか?」
「いや、それは毎晩、確認済み」
「・・・じゃ、リイムも元気だろ」
馬たちがぶるるん、と近づいてくる。食事は終わったらしい。
おれたちと川を交互に見ている。
水が飲みたい、ということだろう。
ノイハもそれに気づいたようで、馬と一緒に川へと歩き始めた。
おれも少し遅れて、ノイハに続く。
「ここの川、大きいけど、ずいぶん濁ってんだな」
「ああ、そうだな」
ひょっとしたら、黄河ってのは、こういう色なのかもしれない。まあ、川幅ははるかにせまいんだろうと思うけれど。
水深など分かることもない、濁り。
汚い、という印象ではない。
しかし、透明度は、低い。
見えない水底。
まあ、このくらい濁っていたとしても、馬には飲み水として十分なのだろう。
おれやノイハには、飲めないかな。
ノイハの馬が、首を下げて、川の水を飲み始める。
ノイハがその横で、馬の首をなでる。
おれも、その横に並ぼうとして・・・。
川面に小さな水泡があらわれ、ごぽん、と小さな音を立てて消える。
川の流れの中での、その、違和感。
何か、おかしい。
「ノイハ! 下がれ!」
『「危険察知」スキルを獲得した』
久しぶりのスキル獲得、かもしれない。
また、レベルをひとつ、上げてしまった。
今さら、という感じのスキルでは、ある。
そもそも、セントラエムがいれば、たいていの危険は察知できる。
あれ?
セントラエムの奴、さては油断してたな?
いや、そのおかげでこのスキルが身に付いた、のだろうか。
そんなことをのんびり考えている暇はないようだ。
おれとノイハの、二度目の共同戦線が始まる・・・。
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