第49話 女神のモーニングコールが命の危険を知らせる場合(1)



 ・・・スグル、スグル。起きて下さい。


 朝から、セントラエムに起こされた。


 いや、まだ、空はうっすらと白いだけで、太陽が昇った訳ではなさそうだ。周囲を見回しても、ぼんやりとしか見えない。昨日の記憶がなければ、ぼんやり見えるものがかまどだったり、木炭とその灰だったりということは、判別できないだろう。


 ノイハは寝ているらしい。


 あれ?

 確か、火の番をノイハと交代してから、おれは寝たはずだが・・・。


 あ。

 ノイハの奴、火の番をしたまま、寝たんだな。


 それで、火も消えてしまっているし、セントラエムが慌てて起こしてくれたのか。

 まあ、セントラエムに寝ずの番を任せるのは正解と言うべきなのだけれど。


 ・・・スグル、急いでノイハを起こしてください。私が呼びかけても起きません。身体に直接働きかけなければ!


 ノイハのように、セントラエムの呼びかけで目を覚まさないというのは、致命的だろう。この、脳に直接響く、セントラエムの声で起きないってのは、どういうしくみか知りたい。


 セントラエムに言われるまま、おれはノイハの身体を揺すって起こした。


「ん・・・」


 ノイハはゆっくり目を開く。


 ・・・スグル、早く、ここを移動してください。危険です。


 危険?

 何が、だろうか?


 いや、こういう場合、セントラエムの言葉に素直に従うべきだな。

 おれはノイハの腕を引いて立たせると、一緒に歩いて移動を始めた。


 馬も気づいて、付いてきている。

 二十メートルくらい、川沿いに北上すると、さっきまでいたところに、足音が響く。


 何か、大きな動物が、何頭もそこに集まって・・・いや、殺到しているという表現の方があてはまりそうだ。


 どどどどどどど、という響き。

 ばしゃーん、ばしゃーん、という水音。


 その両方が連続して聞こえてくる。


 何かはよく見えないが、さっきまで、おれとノイハが寝ていたところに、大きな何かが殺到し、小川に突入して水音を立てている、らしい。


「なんだ・・・?」


 ノイハも目をこらして、さっきまで自分がいたところを見ている。

 まあ、おれも、ノイハも、今は明るさが足りないので、それが何かは見えていない。


「セントラエム、あれは、何だ?」


 ・・・三つ角サイ、です。角が三本はえた、大きな動物です。草食ですが、体が大きく、意外とスピードもあります。水浴びが好きな動物なので、ああやって小川に飛び込んでいくのでしょう。大変重いので、踏まれては命の危険があると判断し、スグルを起こしました。


 サイ・・・。


 三つの角がはえたサイ。

 トリケラトプス、みたいなサイってことか?


 猛獣地帯って、恐竜地帯の間違いじゃないのか・・・。


「いや、起こしてくれて、助かったよ、セントラエム」


 ・・・いいえ、それが守護神としての私の務めですから。ここまで離れていれば大丈夫だと思います。肉食ではないので、こちらを襲ってくることはないはずです。どちらかと言えば、大人しい部類なのですが、大きさが、脅威です。


 守護神としての務め、か。

 確か、セントラエム以外の守護神は、見守るだけで、話しかけたりはしないはず。


 セントラエム自身もそもそもそういうつもりだった。


 しかし、セントラエムの場合、おれの方に聞き取るスキルがあったから、こうなった訳で・・・言いかえると、おれ以外の女神をともなう転生者は、こういう状況すら、守護神からはただ見守られているだけで、本人はあっさり命を落とす、ということが考えられる。


 そうして、守護神は任務完了で神界へ戻り、新たな転生者の守護神として少しずつレベルを上げていく・・・。


 いや・・・自身のレベルを上げるためなら、守護神はあっさりと転生者を見守ると言いながら見捨てて、死ぬのを放置するのではないだろうか?


 他の守護神たちは、セントラエムのように、守護するのが務めだと考えているのか、いないのか。


 転生者がどのくらいいて、どのくらいの期間で死んでしまうのか。


 そういうことを調べてみないと、はっきりとした結論は出せないけれど。

 神族はおれたち転生者をレベルアップの道具としか見ていない、という可能性は高い、と思う。


 いったい、転生したおれたちに、何をさせたいのか。

 この異世界で生きていけば、それだけでいいのか。

 それとも、身に付けさせた固有スキルでこの世界に変革を起こさせたいのか。


 おれが大森林にとばされたのは、影響を最小限にするためだと思うから、この世界に変革を起こさせたいというのは、少しちがう気がする。大きな影響を与えることまでは望んでいないのだろう。


 まあ、今はそういうことまで考えていても、どうすることもできないけれど・・・。


 トリケラトプスのようなサイは、その足音だけでなく、その振動まで、ここに響いてきている。


 おれはスクリーンを起動し、固定する。『鳥瞰図』で地図を出して、『範囲探索』をかけてみる。トリケラトプスのようなサイ、三つ角サイも、新たに探索に反応する。

 三つ角サイの点滅は黄色だ。周囲に別の動物は、知っている範囲ではいない。何かに追われてここへ来た訳ではないようだ。ちなみに、地図上では、もっと北の方でも、三つ角サイの群れがもうひとつ、小川に集結していた。


 新しい動物を発見するたびに、地図上での光点が増えていく。


 暗いけれど、馬たちも、おれとノイハの側に避難して無事だと分かる。


 とりあえず、大草原では、馬、羊、ライオン(獅子という方が大草原の人たちには通じる)、バッファロー、ウナギ猫・・・マダラオオネコね、小竜鳥、トリケラトプス・・・三つ角サイが、今のところ把握できている。


 ま、馬や羊は小川よりも東側で、氏族に飼われている野生ではないものが中心だ。


 特に羊は、野生の存在だと考えられる位置にはいない。


 馬は、猛獣地帯にも二つの群れがいる。馬ってのは、猛獣の部類に入るのだろうか。ライオンにつけ狙われていたという事実から考えると、獲物系動物ではないかと思う。ま、獲物がいないと猛獣も生きられないよね。

 馬の群れのもうひとつは、虹池にいるイチたちの群れだ。ここは現在、安全地帯のようになっている。大牙虎が再び動き出したら、どうなるかは分からないけれど。


 あ、この馬の群れは、戦えばイチたちのときみたいに、群れごと従わせることができるだろうか?


 まあ、そううまくいくとは限らないが、意識して狙っておこう。


 今のところ、大草原サファリパークってところか。

 新しい動物と出会って、戦ったり、よけたり、味方にしたりして、旅を続ける。


 三つ角サイのレベルは3から5まで。レベルだけ見ると、昨日のウナギ猫・・・マダラオオネコと同じくらいだ。


 サイズとレベルのずれは、感覚的に気をつけないと、油断につながりそうだ。


 三つ角サイの生命力はマダラオオネコの十倍、およそ200前後だ。種族補正なのだろう。精神力30程度と低いが、耐久力は100くらいで、レベルに対して多いと思う。


 種族によって、ステータスにちがいがあるというのは、普通のことなのだろう。


 神族のセントラエムなんて、生命力、精神力、耐久力の全てがすでに五ケタだ。まあ、セントラエムの場合、レベルも高いのだけれど。


 種族がちがえば、レベルだけで強さを決められるものでもないのかもしれない。時間をかけて打撃を与え続ければ、勝てるのは間違いないが、それでは効率が悪い。


 空の明るさが増して、周囲の見え方が変化してきている。まだ、はっきりとは分からないが、三つ角サイの姿が、その一頭一頭の形が、影のように見えていた。


 三つ角サイはかなり大きい。全長七~八メートルくらいか。元の世界のサイもそれくらいなのだろうか。なんか、おれが知っているサイよりもサイズがでっかい気がするけれど。


 あと少しで太陽が昇るのだろう。


 水袋から水を飲み、ノイハに回す。

 ノイハも水を飲む。


 光が、大草原の薄い闇を追い払っていく。

 三つ角サイが、はっきりと、その姿を現した。


「・・・でけーな、あれ。しかも、かたそうな感じだ。肉は食えそーにねーな」

「中は、やわらかいかもしれない」


「そーなの? ま、そーだとしても、倒すのは昨日のバッファローみてーにはいかねーよなあ」

「確かに」

「なんでも簡単に食べ物にはなんねーのな。肉が食いてぇーと思っても、うまくはいかねーなー」


 ノイハにとって、肉が食べられるかどうかは、一大事なのだ。

 ま、村に戻れば、もう一人、ジッドがそうだけれど。


 んー、と。

 サイがいるのなら、どこかにゾウもいるのか?


 可能性はある。


 原始時代は、マンモスを食べていたはずだ。まあ、本当のところはよく分からないが、野尻湖での発見などから、そうだと考えられている。


 大量の食肉の確保には、ゾウってのは、ありかもしれない。


 そんなことを考えたこともありました。






 馬だと移動が速い。


 大草原でなら、障害物の多い大森林での『高速長駆』とそれほど変わらない。おれの『高速長駆』よりは少し遅いくらいの速さだ。


 それなのに馬たちのステータスがそれほど削られていないのは、やはりここにも種族特性が関係しているのだろう。


 相変わらず、ノイハに『乗馬』スキルは身に付いていない。このあたりの、スキルが身に付く基準は全く分からない。まあ、ノイハのレベルは既にこのへんの猛獣を上回っているので、気にすることでもないのかもしれない。


 馬に乗って北上して約三時間、もうひとつの三つ角サイの群れを確認して通り過ぎていき、さらに三時間で小川と大草原を横断する川の合流地点で西へ。


 川の色が、合流前と合流後で、ちがう気がする・・・というか、ちがうな、これは。


 合流する前の方が濁っている。不思議だ。上流の方が濁っているなんて。


 よく見てみると、川に段差がある。合流する前に、濁りがそこでせき止められて、上澄みのところだけが下流へ流れ、さらに虹池からの小川のきれいな水と合わさって、色が変化しているのだ。不思議な感じがするが、色のちがいは、透明度のちがいなのだと分かる。


 せき止められているところの濁りから沈澱した川砂は、栄養がある土のような気がする。


 このへんでも農業ができるってことかな?


 まあ、いつか、必要があれば利用しよう。





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