第48話 女神が友人の結婚に爆弾を埋め込もうとする場合(2)
おれはまず、二頭の馬にそれぞれ頼んで、ぐるぐると走り回ってもらった。
その馬に追われて、灰色の毛並みが、ところどころで見えるようになる。
「あれか、オーバ?」
「そうみたいだ。なんか、細長いな・・・」
おれも、馬の動きに加わるように、草に隠れて動く獣を追って、銅剣を振るう。
ざくっと切れた草が舞う。
銅剣を避けて、マダラオオネコが跳ねる。
灰色と黒、それに薄い茶色も加えたまだらな毛色。
跳びはねた姿が曲線的で、不気味だ。
うにょっ、という、Cの字やSの字のようにうねった感じ。
その動きのイメージは、ウナギ、だろうか。
全長およそ一メートル。尻尾も含めると一.五メートルくらいか。
それでいて、普通の猫のような細さ。猫のダックスフンドみたいな?
名付けてウナギ猫・・・。
もう一度、銅剣を振るい、草が飛び散る。
ウナギ猫がうにょっと跳ぶ。
そして、その跳びはねた、うにょっとした姿勢のまま、ノイハが射た矢に貫かれ、その勢いで平行移動して、草の上に落ちて行く。
スクリーンでの点滅が赤へと一気に変わる。
馬に追われた別のウナギ猫が、ノイハの矢に仕留められていく。
おれや馬に追われて、ウナギ猫が跳ねると、ノイハの矢に貫かれて次々と倒れていく。
ノイハの弓矢無双だ。
ステータスを見ると、即死ではなく、残り生命力わずかとなった麻痺状態で、そのまま刺さった矢による継続ダメージでのカウントダウンに入って、死んでいく。
七本目の矢がウナギ猫を貫いた瞬間、スクリーンの赤い点滅が一斉におれたちの周囲から離れていった。
正直、ノイハの弓術がここまで見事なものだとは思っていなかった。
七矢七中。
追われて跳びはねたウナギ猫は全て仕留めた。
「毒矢か?」
「んにゃ、毒は使ってねーよ」
おれとノイハは、仕留めたウナギ猫を集めた。
試しに、首の後ろを掴んで持ち上げてみる。肩の高さで持ち上げて、しっぽが地面についている。足は短く、胴が不気味な長さだ。
「肉、少なそう・・・」
え?
こいつも食う気だったのか?
さすがノイハだな。
馬たちも、集まってくる。
牛が一頭、ウナギ猫が七匹。
水場はないが、ここで処理するか。
おれとノイハがそれぞれ解体用の銅のナイフを握った瞬間、今度は馬がぶるるるっとうなった。
馬の首が動いた方に、おれたちも目線を動かす。
上?
空に、黒いしみのようなもの。
その黒いしみは、一気に大きくなって・・・。
「鳥?」
「・・・鳥にしては・・・」
「でかくねーかっっっ!?」
ノイハがそう叫んだとき、おれたちは二人とも、後ろへ跳んで、互いに離れた。
おれたちの間に、猛スピードで突っ込んできた一羽の・・・いや、一羽って数えるのか、これ?
見た目はタカ、鷲か、隼か?
しかし、そのサイズと言えば・・・。
広げた翼の端から端まで、五、六メートルはある。
プテラノドン?
そんな名前の空飛ぶ恐竜、翼竜が記憶にあるが、まさにそんな感じの、巨大な鳥。
足、太っっ!
爪、でかっっ!
「うおおおおっっっ・・・」
ノイハの叫びとともに、巨大なタカは死んだバッファローに爪を突き立てて、飛び去っていく。
嘘だろ?
あのサイズのバッファローを?
ぶわさっっ、ぶわさっっ、と翼をはためかせて、空へ空へと・・・。
「肉ぅぅぅぅーっっっ・・・」
ノイハの悲痛な叫びが、空に吸い込まれていく。
大空にはばたく巨大な鳥が、少しずつ、少しずつ、小さくなっていく。
おれも、ノイハも、ゆっくりと立ち上がり、それを見送る。
やがて、空の向こうに、小さな黒い点となって、溶けていく。
「は、はは・・・」
「はは、ははは・・・」
「ぷはっ、はは、わはっ」
「は、はは、ぷはっ・・・」
「ぶははっ、わはっ」
「はっはっは、ぶはぁーっ」
おれとノイハは、目を見合わせて、どちらからともなく、笑い出した。
「なんだよ、なんだよ、あれはっっ?」
「でかいって! でかすぎるだろ!」
「鳥か? 鳥なのか?」
「鳥だよな?」
「あの鳥、肉食うのか?」
「知らん! でも、食わないなら持ってかないだろ?」
「オーバ、なんで、何もしねーんだよ?」
「ノイハだって! 弓、使えよ!」
「無理っ! 解体しよーって、ナイフに持ち替えたばっかだったぜ?」
「おれもそうだって!」
そう言いあって、おれたちはまた互いに笑い合った。
笑うしかない。
そう、一瞬の出来事で、どうすることもできず、おれたちにはもう笑うしかなかった。
そんなおれたちを馬たちはあきれて見ていたのかもしれない。
それから、竹やりにしっぽを結んで逆さ吊りにしたウナギ猫・・・マダラオオネコの首を切って血抜きをしながら、再び馬に乗って、おれとノイハは移動した。
竹やりと七匹のマダラオオネコをかついでいるのはおれ。
ノイハは弓を握っている。周辺警戒はノイハに任せている。
目指すのは、小川の近くだ。
解体するなら、水が流れるところの方がいい。
スクリーンでチェックしたら、バッファローの群れは六グループもあるようだ。
また、ウナギ猫・・・マダラオオネコの群れも三グループほど、見つけた。
あとは、ライオンの群れが二グループ、いた。
虹池から流れる小川の西側で、大草原を横切る川の南側の地域で、おれが今、把握できる猛獣の分布はこれだけだ。馬もいるけど、猛獣? なのかどうか・・・。
セントラエムに聞くと、あの鳥は「小竜鳥」という名前らしく、『範囲探索』で確認したら、ここよりもずーっと西にある、ダリの泉から流れ出ている小川のさらに向こうへと飛び去ったことが分かった。
すごいスピードだ。『高速長駆』ぐらいでは、そのはるかに上をいかれている。
「あの鳥、食えんのかな?」
「鳥肉、って感じはしないだろうな」
「肉の量、イノシシより多くねーかな?」
「多いだろ」
「オーバなら、まー、なんとか、できるだろ?」
「・・・動きが速過ぎたよ。あれじゃ、おれたちも危険じゃないか?」
「あー、そーだな・・・」
あの後、落ちていた羽を数枚、拾ったのだが、その巨大さに、おれもノイハも何も言えなかった。
あの、小竜鳥とかいうでっかい鳥を倒す方法は、あると言えばあるのだろう。
「来るって、分かってんなら、なんとか、なる、かな?」
「それなら、まあ、できるか」
「今度は、バッファローを狩っても、それを囮にしちまって、さ」
「ほう。狙いは、あの小竜鳥にするのか」
「そーそー。オーバは銅剣。おれは、弓」
「どこを攻める? 翼か?」
「飛べなくしちまえば、こっちのもんだろ?」
「・・・羽も、いっぱい手に入るよな」
「足と爪も、使い道があるんじゃねーか?」
うん。
いけそうな気がする。
あのスピードに対処できれば・・・って、できるのか?
十分、気をつけなければ、おれたちが掴まれて、空を飛ぶことになったかもしれない。相手を甘く見たり、油断したりは、しないことが大切だろう。
とにかく、今日は、大草原、猛獣地帯の洗礼を受けた。あんな鳥がいるなんて、考えてもみなかったからだ。
獣というか、真の敵は鳥の方だったのだけれど。
猛獣地帯には、隙があれば、こっちの得物を狙ってくる奴らが、いろいろといるってことが、よく分かった。
まさか、「竜の狩り場」というのは、小竜鳥の狩り場、ということだろうか?
いやいや、ここは異世界。
ファンタジーワールド。
必ず、ドラゴンには出会えるはず。
ドラゴンが存在することは、セントラエムに確認済みだ。
小竜鳥はあくまでも、巨大な鳥であって、ドラゴンではない。
ドラゴンは別腹。腹じゃないか・・・。
小川で、七匹のウナギ猫・・・マダラオオネコを解体する。
細長いため、やはり、肉があまり取れない。
毛皮は、もふもふしていて、毛の方がいい感じなので、使えそうだ。そのまま、冬用のマフラーとかでもいけるかもしれない。大森林はそこまで寒くはないけれど。
内臓部分が多く、しかも、内臓の色や匂いが、食べない方がいい、というカンを働かせてくれた。セントラエムからも、これまでの大牙虎などとちがって、内臓を食べるのは止めておくように言われた。
七匹分もあるはずなのに、今日の分しか、肉が確保できないという、残念な獲物。
しかも、肉は独特の臭みが強くて、残念ながら、うまい! とは言えない。
食べられますよ、食べられますが、しかし。
大牙虎やイノシシ、森小猪、土兎などと比べると、味は残念な感じ。
しかも、ノイハの弓の腕がなければ狩れないという、ハイレベルな相手。
何か、味付けのための、調味料があれば、解決できそうなのに。
しょうゆとか、みそとか、ソースでもいい。
やはり、そういう発酵の世界にもいずれは踏み込んでいくべきなのだろう。
それにしても。
すばしこくて、上手に草原に隠れ、狩るのは難しい。
狩ったとしても、取れる肉は少なく、臭みがあって味は満足できず、内臓も食用には向かない。
とどめに、脂肪分がきわめて少なく、獣脂もほとんど取れない、というのはさらに残念過ぎる結果。ま、毛皮は最高級だけれど。
マダラオオネコ、怖ろしい子・・・。
ノイハは、マダラオオネコを射抜いた自分の弓術を自慢したりはしなかった。
謙虚、というのではなく、もっとシンプルに、「オーバの方がいろいろすげーよ・・・」とのことらしい。
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