第48話 女神が友人の結婚に爆弾を埋め込もうとする場合(1)



 翌朝、おれとノイハは少しだけ、乗馬を練習してから、それぞれ馬に乗って大草原へ向かった。

 今回は、虹池を守るためにイチが動きたくないようだったので、おれは別の馬に乗った。

 目指すのは、虹池から流れる小川の西側の地域、大草原の氏族たちがいない、ジッドたちが猛獣地帯と呼ぶ一帯。


 ジルのときとはちがって、ノイハに『乗馬』スキルは身に付かなかった。


 ジルには、割とすぐ、『乗馬』スキルが身に付いたのだけれど、ノイハには身に付かない。そういえば、リイムやエイムたちも、『乗馬』スキルが身に付かなかった。


 『運動』スキルだけでは、成長促進はないのか?

 やっぱり『学習』スキルがあるかどうか、が決め手なのだろうか?


 そんなおれの思考と関係なく、馬たちは大草原を走る。ノイハの『長駆』に付き合っていくのは、もっと奥地の方でと考えている。虹池の近くは馬を利用する。


 結構、スピードが出ているので、おれとノイハが交す言葉は自然と大声になる。


 そのため、なんとなくだが、コイバナには、なりにくい。

 いや、そもそも、コイバナをノイハに振っていくタイミングがうまく掴めない。


 まあ、いい。


 バッファローの群れを発見した。以前も、虹池から流れる小川の近くで見かけたことがあったから、そのうち見つかると思っていたが、第一動物発見だ。


「ノイハ! あれは、狩れそうか?」

「ん! どーだろ?」


 ノイハが馬に乗ったまま、弓を構える。


 バッファローの群れは、一団となって走っている。


 ノイハの弓が、ひゅん、と鋭い音をさせ、一本の矢が風を切る。


 バッファロー一頭の尻に、矢が突き立った。しかし、そのバッファローは、よろめくでもなく、倒れるでもなく、そのまま走り続けた。


「オーバ! あいつらを追う!」

「了解!」


 ノイハが馬を動かし、おれもそれに続く。


 三時間ほど、追いかけた。基本的なスピードは馬の方がはるかに早いので、バッファローの群れを追うのはそう難しくはない。


 尻矢バッファローが、少しずつ、群れから遅れている。


 さらに一時間。


 尻矢バッファローが、完全に群れから離れて、孤立している。


 さらに、さらに一時間。


 尻矢バッファローはあきらかに、ふらつき、よろめいている。バッファローの群れは、はるか彼方へ走り去った。


 馬は、ゆっくり歩いている。


「ノイハ・・・」

「ん?」


 おれは、ノイハの今回の狩りの方法を論理的に予測した。


「・・・蛇の毒、だな?」

「おう! あたりっ!」

「毒矢か」

「ああ、なかなか、おれにしては、考えただろ?」

「・・・あの蛇の毒にしては、効き目が遅い気がするな」


「ああー、あの毒はさー、そのまんまだと、扱ってるだけで、こっちが死んじまうくらい、あぶねー毒だかんな。作業の最初は、薄めてからだし、毒は弱くなってんだよ」

「それで、あのバッファローがこうなるまで、約一日か・・・」

「じ、時間はかかってっけど、ほら、安全、安全だ。安全に狩れたよな?」


「・・・毒が、全身に回ったのか、心臓に回ったのか、脳に回ったのかは、判別がつかないけれど、毒で死んだ動物の肉は、食べられるのか?」


 おれの言葉にノイハが目を見開いた。


「・・・どうだろ? どう思う?」

「おれが、聞いているんだけれど・・・?」


 そこで、バッファローがついに倒れた。


 バッファローの群れは、弱い個体を、弱った個体を、いっさい振り返らなかった。残酷だが、それが弱肉強食のこの世の定めか。


 倒れたバッファローは、口から、なんか変な色の泡を吹き出していた。


 赤いような、茶色いような、黒いような、なんか、変な色の泡だ。

 目からは、血のような、赤黒い涙があふれている。


 まだ、生きてはいるようだが・・・。


「・・・」

「・・・」


 おれも、ノイハも、馬を止めて、倒れたバッファローを見下ろしている。


 口から出てくる泡が気になる。

 はっきりいって、気持ちが悪い。でも、気になる。


 ノイハもバッファローの口元から目を離せないようだ。


「・・・内臓は、ダメだろうな」

「・・・内臓は、ダメってか。じゃあ、他のとこの肉は?」


「ノイハ、食べてみるか?」

「えっ? オーバ、食べねーの?」


「いや、おれはちょっと、食べなくても、いいかな・・・」

「あ、いやいや、おれも、食べない! 食べないって!」


「あの、泡の、色がなあ・・・」

「・・・ああ、あの色だな、うん。あれは、嫌な感じだ、うん」


「・・・道具は弓矢、矢は一本。毒矢で。時間はだいたい、五時間、か? それでバッファローを一頭か・・・。効率がいいような、悪いような・・・。しかも、食べられるかどうか、おれたち二人とも、試してみる気になれないとなると、な」


「いい方法だと、思ったんだぜ?」

「安全なのか、結局、安全じゃないのか・・・大きな獲物を狩るのに、楽な道は、ないのかもな」

「でっけーから、たーっぷり肉が手に入るってのになあ・・・」


 この群れのバッファローのサイズは、馬と変わらない。一言で言えば、でかい。巨大な牛だ。


 尻矢バッファローがけいれんしている。


 おれはバッファローのステータスをチェック。生命力は残り一ケタ。状態は、毒と麻痺。


 ん?

 待てよ?


 おれは馬から飛び降りて、銅剣を取り出して構えた。そして『神聖魔法:解毒』のスキルを意識しながら、セントラエムへの祈りを捧げる。


 左手にまとった神聖な光で、バッファローの解毒を行い、バッファローのステータスの状態が麻痺だけになったことを確認して、銅剣でバッファローの喉を切る。


 血が噴き出し、あとわずかとなっていたバッファローの生命力の数値が下がっていく。


「・・・そっか、『神聖魔法』で毒を消しちまってから、とどめを刺すんなら」

「ああ、これなら・・・」

「食える! 食えるぞ! オーバ!」


 ノイハが馬を飛び降りて、おれに飛びついてきた。


 ええい、うっとうしい。


 おれは、ノイハを押しのけつつ、バッファローの死を見届けた。


 まあ、そんなに強くは押しのけてはいないけれど。


 ・・・スグル。


 ん・・・おれは周囲を見回した。


 すぐに、ノイハも反応する。ノイハにも、セントラエムが注意を促したのだろう。


「・・・囲まれてっかな?」

「そうみたいだ・・・」


 スクリーンを切り替えて、地図で確認するが、把握できていない。


 これは、初めて、会う存在。


 おれの認識外のものは、『鳥瞰図』での地図上で『範囲探索』をかけても、光点にならない。一度認識すると、意識して『範囲探索』をかけなくても、分かるようにしてくれるのだけれど。


 しかし、ほとんど視界を遮るものがない、この大草原で、ここまで姿を見せずに近づいてくるということは、草原の草に隠れられるサイズ、ということか。


 まあ、解決策は、ある。


「セントラエム、こいつらの、種族は何だ?」


 ・・・マダラオオネコ、です。


 うん。初耳だ。


 スクリーンを切り替えて、『神界辞典』で「マダラオオネコ」を検索して、その内容を確認。それから「マダラオオネコ」を意識して、周辺に縮尺を合わせた地図上で、改めて『範囲探索』のスキルを使う。これで、もう地図上での把握も可能。


 うおっ!

 軽く、二十はいる。ゆっくり数える暇はなさそうだ。


 あれ?

 黄色の点滅?

 赤、じゃないのか・・・。


 敵ではない、のか。それとも、今は、まだ敵ではない、のか。


「ノイハ、どうやら、相手の数がかなり多い」

「レベルは?」

「ん? ちょっと待ってくれ・・・」


 なるほど、そこまで考えてなかった。

 やるな、ノイハ。


 おれはスクリーン上で『対人評価』をかける。忍耐力が48ポイント減少した。一匹あたり2ポイントで『対人評価』は使えるから、数は二十四匹か。


 レベルは2~5までで、ほとんどがレベル3程度。

 生命力は、10~20の間くらい、か。


「レベルは最大で5、ほとんどはレベル3。生命力はせいぜい20くらいだ。強いか弱いかと言えば、はっきりいって弱い。すばやそうだから弓矢でいけるかどうかは・・・」

「んー、まあ、大丈夫だろ、それは」


「どうやら、おれたちと敵対しようとしている訳じゃないみたいだな」

「取り囲んでんのに?」

「・・・ああ、そういうことか」


 おれは、なぜ黄色の点滅なのか、理解できた。


「なんだよ?」

「こいつらは、おれたちじゃなく、この死んだバッファローだけが狙いなんだろうな」

「・・・敵じゃねーか」


 ノイハは迷わず敵と認定したらしい。


 肉を狙う者、それ即ち敵なり。

 それがジッドやノイハの食いしん坊感覚か。


「おれたちへの攻撃の意思がないってことだ。このままおれたちが馬に乗って離れていけば、何の手出しもされずに終わるってこと」

「・・・食わねーのか、オーバ?」


「いいや、食べるに決まっている」

「おう! そんじゃ、やるしかねーなっ!」


 かばんから出した竹の矢筒をノイハは二本背負う。矢筒には矢が十本ずつ、合計二十本、入っている。


ノイハが弓に矢をつがえつつ、別の二本の矢を小指と薬指で握る。


「んー、でも、姿が見えないんじゃ、狙えねーんだよなあ」

「じゃあ、おれが動いて、隠れてる奴を跳び出させよう」


「ああ、頼んだ!」

「おれに当てるなよ?」

「ないね、そんなことは!」


 おお。


 ノイハが自信満々だ。かっこいい。





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