第47話 女神がとある姉妹を冷静に見極めていた場合(2)
それで、だ。
トラブルなのか、そうではないのか・・・。
しばらくして、ノイハにお姫様だっこをされたリイムが河原に戻ってきた。
リイムの顔色はとても悪い。
ノイハの表情はいつもとちがって少し暗い。
そういうところに異常を感じたので、二人のステータスをチェックする。
リイムの生命力は危険な数値まで下がっている。ただし、状態異常表示はない。数値は低いが、今すぐ死ぬということでもない。さらに、『毒耐性』スキルと、リイムのレベルアップを確認。
おれはクマラかジルを呼ぶように周りのみんなに声をかけた。
ノイハのステータスも確認するが、特に異常はない・・・いや、レベルがひとつ、上がっている。
特殊スキルがひとつ増えたようだが、おれの『対人評価』ではまだ分からない部分なので内容は不明。
まあ、この状況から考えると、『神聖魔法』関係のスキルで、おそらく『解毒』か。
さっき、泣きながら走り去ったリイムは、周囲への警戒ができる状態ではなく、何も考えられずに、毒蛇の近くを通ったのだろう。
毒蛇のいる方向へ走っていくリイムに気づいたノイハは、後を追いかけ、蛇に噛まれたリイムを発見して救出、そこで、解毒の神聖魔法のスキルを身に付けた、という感じか。
あくまでも予想だけれど。
「オーバ、リイムが蛇に噛まれた」
「毒は?」
「分っかんねえ、女神さまに言われた通りにやったつもりなんだけどさ」
「いや、毒は消えてるよ」
「そっか、良かった。リイムは助かんのか?」
「もうすぐ、ジルかクマラが来る。すぐに生命力の回復もできる」
「ん? オーバは回復させねえの?」
「ん・・・うーん。命に別状はないし、緊急事態でもない、今は。たぶん、さっきまでは、ノイハがいなかったら、本当にリイムは死んでいたかもしれない。ありがとう、ノイハ。リイムを助けてくれて」
「あ、いや、へへ。ま、まあ、こんくらいは、さ。でも、クマラたちを待って、オーバが自分で回復させないのは、スキルレベルのためか?」
「んー、それもあるけれど、それだけじゃないかな。おれがいないときのため、って部分が大きい」
「オーバがいないとき? ああ、こん前みたいな、大草原に行くときか~。ま、ジルやクマラがいるし、女神さまも協力してくれんだから、オーバがいなくてもなんとかできるようになってきたよな・・・。あ、それが目的か」
「だからって、誰かが死んでからでは遅いからな。そうならないように、ぎりぎりまではみんなで。それでもできないことはおれや女神に・・・」
おれがいなくても、困難を乗り越え、前に進むことができる。成人までにそれができる者に育っていると本当に助かる。
具体的な目標は、村人がレベル10になること。
今のところ、大草原で出会った最高レベルは8だった。しかもそれは、おれとの関係でレベルアップしたライムのこと。
とりあえず、レベル10なら対人関係での問題は十分処理可能だ。ただし、大森林の特殊な動物相手では、複数人で協力しないと対応できない相手もいる。例えば大角鹿のしゃべる奴とか、大牙虎の群れ、とかね。
レベル10になるための十個のスキルとは、どういうものか。
まずは、一般スキル、基礎スキルのうち『学習』、『運動』、『信仰』を身に付けた上で、もうひとつ何か、『計算』がなんとかなるか、それとも『調理』とか、『洗濯』とか、どれかで4レベル分。
次に、応用スキルでは、運動がらみで『跳躍』と『長駆』はほしいスキルだ。
それと、『殴打』、『蹴撃』、『剣術』、『弓術』、『乗馬』、『投石』などから2つと、学習がらみで『調査』スキルがほしい。これでレベル9分。
こうしてみると、応用スキルは運動とか戦闘がらみのものが多いよな・・・。
さらに、発展スキルで、『二段跳躍』があれば、緊急事態で縄梯子を使わずにアコンの樹上へのぼれてレベル10。
または『苦痛耐性』か『毒耐性』で・・・いや、『毒耐性』を身につけるのは命に関わる問題があるな・・・。ここは『苦痛耐性』一択でレベル10分もあり。
できれば、『対人評価』とか、『物品鑑定』とか、『範囲探索』とかのスキルを持つ村人が増えてほしいけれど、そこまで高望みはしない。
あとは、発展スキルでなくても、特殊スキルで『神聖魔法』のうち、どれかひとつを身に付けることができればレベル10というのも、オッケーだ。
それに、『神聖魔法』関係のスキルは、人を救うスキルだから、その持ち主が多ければ多いほど村にとっていいことだし。
そんなことを考えていると、駆け付けたクマラが、『神聖魔法:回復』のスキルで、リイムを回復させていく。
これが、村人全員のスキルになったら、どれだけ安全性が増すことか。
クマラはレベル12だ。クマラのように、『学習』と『運動』と『信仰』がそろえば、結果としてレベルは割と簡単に10を超えると考えている。
クマラは、アコンの村ではオールマイティーだけれど、まあ、内政主体で頑張ってくれている。ありがたいし、それでいい。
アイラのように、『学習』スキルがなく、『運動』と『信仰』のふたつでも、もちろんレベル10を超えられる。
どちらかと言えば、戦士系で、軍事主体か。まあ、今のところ、戦争はない、はずだけれど。
リイムはまだ『学習』スキルも、『運動』スキルもないのに、レベル4に達した。大草原の氏族なら中心的な役割が果たせるレベルだ。
兄の族長くんであるドウラと同じレベル。このまま、伸びていけば兄を超えて、アコンの村の強さを示すことになる。もっと伸びてほしい。
・・・あれ?
リイムの視線の先は、ノイハ、か?
ノイハは気づいていないけれど?
これは、ひょっとして。
ひょっとするのだろうか・・・。
期待したい。
正直に言うのだけれど、最近、ノイハって、男として、村人として、とても頑張ってると、思うんだが、みんなからはどう思われているのだろうか?
クマラが数回、神聖魔法で回復をかけて、リイムは復活した。
クマラの魔力とスキルレベルでは、回復はだいたい10ポイントずつだから、一度で回復させられない。だから、使う機会を増やして、使わせることが大切。
クマラがリイムの感謝の言葉に微笑みで応えて、それからあとのアコンの村は、平常運転。
ただ、立合いで、リイムがノイハを指名して、剣術で挑む、という一幕があった。
いつもなら、立合いを嫌がるノイハが、珍しくそれを受けた。
そして、ノイハは『剣術』のスキルがないのだけれど、それでも、『剣術』スキルを持つリイムを相手に、剣での立合いであっさりノイハが勝った。
レベル差が3倍あるとは、そういうことだろう。
・・・うーん。
やっぱり、リイムがノイハを見る目は、あれだ。
恋、に近い何か、じゃないか?
はっきりとは、断言できない。
もちろん、ステータスにも表示されない。
そもそも、この村に連れてくるときから、はっきりと、ノイハとセイハの嫁の候補なんだと、説明していたはず。
今回の毒騒ぎで、恋につながるいい流れが、できた、のか?
エイムの視線の動きが、気になる。
なんか、こうなるように、エイムが、仕組んでいるような気配も、感じる。
リイムよりも、エイムの方が、はるかに大人としての、政治としての考え方ができるからな。
まさか、ね。
もし、そうだとしたら、リイムの命を危険にさらしてまで、エイムは何を狙ってる?
エイムの狙いがおれとの結婚だとすれば、それは、エイムが『信仰』スキルを身に付けてセントラエムの声が聞こえるようになってからの話だけれどね・・・。
来年のための水田の拡張が完了し、大草原についてジッド、エイム、クマラたちと話し合いを重ね、冬の間に、大草原の空白地帯を調べておくことになった。
氏族がいないところは、ジッドは猛獣地帯だと言う。
また、大草原の西北部も空白地帯だが、エイムによると、ここは「竜の狩り場」と呼ばれているらしい。
ひとつ、猛獣の中に、捕まえて育てられる、または、狩って美味しく食べられるものはないか。
ふたつ、同じく、育てられる作物はないか。
ここまでが、今回の旅の目的。
みっつ、竜に会えるか、どうか。
あ、これは、みんなとの話し合いでは、言ってない。
おれは、セントラエムから直接聞いている上に、それから『神界辞典』で調べて、「竜の狩り場」と呼ばれるそこに竜がいると信じているけれど、ジッドもエイムも、竜というのはウワサばかりで見たこともない、と竜の存在を信じていないのだ。
いやいや。
いるはずだ。間違いない。
なぜなら、ここはファンタジーな世界。
『神聖魔法』を使って治癒や回復、解毒ができるファンタジー世界で、竜に会えないはずがない。
そして、おれには、竜に会わなければならない、理由がある。
あるのだ。
ファンタジーを楽しむ、とか、そういうことではなく。
純粋に、強い存在との出会いが、必要なのだ。
自分自身の、修行のために。
実は、アコンの村での修行では、おれ自身は追い詰められないし、苦労しない。それどころか、手加減ばかり、上達している。
そこで、最強の存在ではないか、と考えられる竜の出番だ。
竜との戦いで、自分自身を研ぎ澄ませることができる、という可能性を信じて。
ただし、竜が強過ぎて、命の危険がある、という可能性も忘れないようにしたい。
これで竜がいなかったら、さみしいよなあ。
「それで、オーバ。同行者は、本当にノイハでいいのか?」
ジッドが確認してくる。
ジッドは自分も行ってみたいらしい。そういうことを何度か口にしていた。
しかし、今回は、ノイハ。
「ジッドの方が、オオバの助けになるのでは?」
エイムは、はっきりとジッドを押す。ジッド押しだ。この村に来たころは「さま呼び」だったが、今はジッドと言えるようになっている。
たぶん、その裏には、ノイハをアコンの村に残して、リイムとくっつけようという意図も、あるのかもしれない。
同行者は誰がいいとか、クマラは、そのあたり、何も言わない。
誰が同行するのかは、おれが決めたらそれでいい、と考えているのだろう。
同行者はジッドではない。
そして、おれの一人旅でもない。
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