第47話 女神がとある姉妹を冷静に見極めていた場合(1)



 トラブルなのか、そうではないのか。


 ある日、河原でのんびりしている時間に、リイムがおれのところに来て、おもしろくなさそうな顔でおれを見下ろした。

 リイムは立っていて、おれは座っていた、ということなのだが、見下ろされる感覚は、何というか、おもしろくは、ない。うん。


 リイムの後ろに、リイム以上に、複雑そうな顔をしたエイムが控えていた。


 さて、いったい、何の用だろうか。


「オオバ、聞きたいことがあるの」

「うん?」


「ライム姉さまのことなんだけど?」

「ああ」


 なんだ、そこか。

 ずいぶんと、情報が遅れているな、と思った。


 アイラやクマラは、おれが戻った日に把握していたことだったのだが・・・いや、名前までは把握していなかったか、そういえば。


「ライム姉さまと、寝たの?」

「なんで、そういうことが知りたいんだ?」


「はぐらかしてる?」

「いや、ただ、なんで知りたいのか、と思って」


「自分の姉さまのことよ? 知りたいに決まっているでしょ?」

「・・・姉のことでも、知りたいと思うかどうかは、それぞれじゃないか? 従姉妹のエイムも、リイムみたいに、知りたいのか?」


「う・・・エイムだって、ほんとは、知りたいはずなの!」

「ほんとはって・・・エイムには聞きに行くな、と止められたんだな?」

「あう・・・」


 どうやら図星らしい。

 リイムは、最初の勢いを失った。


 エイムがリイムの袖を引いて、引き上げさせようとしているが、それでもリイムは動かない。


 おれが何か言わないか、待っているらしい。

 まあ、ここで問答しても、仕方のないことだけれど。

 おれは、しばらく黙ってみる。


 ・・・。

 ・・・・・・。

 ・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・。


 ・・・スグル、どうして教えてあげないのですか?


 いや、セントラエム。


 こっちの世界は、そういう、プライバシーとか、ないんだろうけれど。

 聞かずに察しろ、というところだって、あるよ、多分。


 ・・・ライムと言いましたか、あの娘は、気持ちのよい、賢い娘でしたね。比べるという訳ではありませんが、やはりリイムは妹。まだまだ幼い言動が目立ちますね。


 セントラエムはどうやら、リイムよりもライムを認めているらしい。


 確かに、リイムは幼い、と思うけれど。

 それは年齢通り、と考えられないだろうか。


 ライムの方が姉で、年上、しかも、結婚、離婚を経験済み。

 精神的な二人の差は、どうしようもないくらい、開いていると思う。


「知りたいのは、わたしやエイムのときは断って追い払ったのに、ライム姉さまとはどうして寝たのかって思ったから」


 リイムがぼそぼそっと、珍しく、小さな声でそう言った。


 ライムと寝たことは、リイムの中では確定なのか?

 まあ、それは、事実でもあるので、否定はしないけれど、ね。


「オオバは、妻として迎えない相手となら、そういう風に、寝るの? それなら、わたしやエイムだって、オオバのお情けがほしいよ? 別にアイラやクマラ、ケーナみたいに、后になろうなんて、思ってないし、そうなれるとも考えられないもん」


 おやおや、リイムがずいぶんと後ろ向きだ。


 しかし、ちょっとだけ許せないとすれば、それは、ライムとおれの関係は、真剣なものではない、みたいな言われ方をしたところだ。


 おれは、ライムの笑顔、泣き顔、怒った顔など、いろんな表情を思い出す。


 たとえリイムにそのつもりがなかったとしても。


 おれがライムと過ごしたあの数日間は。

 とても大切な時間だったんだ。


 そこは、完全に、勘違いをしている。


「・・・リイム。おまえの姉、ライムは、賢く、そして強い女性だったよ。族長である双子の兄の命令で、おれのテントに来た。でもその目的が、未婚の妹を守るためだと理解していた。その上で、自分の立場をわきまえて、どんなことでも受け入れる覚悟があった。おれは、大草原の早婚や、出戻り娘というあり方そのものが気に食わないんだ。でもさ、氏族の期待を背負って嫁に出され、そこで子どもに恵まれず、氏族の期待を裏切って戻ったライムが、とても聡明で美しいと感じたし、ライムのことを大切に思った。おれとライムの関係は、リイムが言う「寝た」っていうものなんかじゃない。おれは、ライムという賢く強い女性を心から求めて、愛し合っただけだ。何か文句があるなら、聞くけれど?」


「・・・っ、そ、んなこと、言われたら」

「おれとライムのことを軽く見るな。ライムにその気があるのなら、おれはライムを大森林に連れ帰って、一人の后としてアイラやクマラ、ケーナと対等に扱うつもりだ」


 はっきり、言い切ってみた。


 ま、実際のところ、氏族の最強剣士をドウラやニイムが手放すはずがない。


 おれがライムを強く求めたら、ナルカン氏族からどれだけの代償を要求されることか。いや、どんな代償を支払ったとしても、おれが族長だったのなら、ライムを手放すようなことはない。


 そして、この前のチルカン氏族との攻防で、ドウラはそのことを完全に理解したはずだ。

 だから、今の大草原の情勢で、ライムが大森林に来ることはないだろう。でも、だからといって、ライムがおれの敵に回ることもないだろう。


 そもそも、ライム本人も、氏族を離れる気はない。

 だから、あの時、あそこでおれと別れたんだろう。


 涙があふれそうになったリイムがさっと向きを変えて、走り去っていった。

 リイムは泣いていたけれども、おれはそれを放置した。


 リイムを追わずに留まったエイムの表情からは、何も読み取ることができなかった。


 でも、その表情が気になったということは、自分の中の、カンのようなものが働いたのではないかと思う。

 頭の回転が早く、相手の気持ちを考えられるエイムなら、おれが感情的になる前に、リイムを止められたはずなのだけれど・・・。


「・・・エイム、何を企んでる?」

「・・・何も。ただ、この大森林での暮らしを、絶対に守りたい、それだけです」


 その表情からは、やはり何も読み取れない。


 今、エイムが言った言葉に、偽りはないのだろうと思う。でも、そこには、どのような手段を使ったとしても、という言葉が伏せられている、そんな気がした。





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