第46話 女神が本人に告げずに勝手に許可を出す場合(3)



 セイハ、そういうことを考えていたのか? サーラと?

 いや、そう言われてみれば、サーラと話している姿はよく見ていたような気もする。

 おれがサーラを避けていたから、よく分からなかっただけで、いろいろと真剣な未来の話をしていたとしても不思議はない。


 いや、それはもちろん、祝福する。


 祝福するのだけれど、サーラでいいのか?


 いや、年齢的にはぴったりだと思うが、サーラは、別の男の子どもを妊娠してるぞ? ・・・っと、そんなことは、とっくに話し合っているのだろう。


 おれがとやかく言うことではない。


「クマラは・・・」

「クマラは、オーバ認めてくれれば、何も言わない」


 おまえも外堀派か!

 この村では結婚党外堀派が与党か? 与党なんだな?


 いや、セイハとサーラが結婚するのは大賛成だ、うん。

 そこは何の問題もない。


 全てこっちの話。


 そもそも、この村は別に民主主義の村ではないはずだな?


 なのに。

 なぜ、おれの意思が優先されていないのか。

 おれが王なんじゃないのか?


 縄文時代くらいの文明では、協力、協働の生活で、弥生時代の農耕文明になって、身分の上下が確立して、王たる支配者が誕生していく。

 その過渡期だから、一応「王」たる立場のはずのおれよりも、みんなの意見が優先されるのだろうか?


 単に、おれが優柔不断だから、かもしれないけれど。


 本当に縄文時代は人々が対等だったなんて、思わないんだけれどなあ・・・あくまでも弥生時代と比べれば、ということだろうし。


 そもそも、ケーナ本人とは、話ができていないんだよ、これが。


 ケーナは、と探してみると、ラーナが、お姉ちゃんは栽培実験室にいるよ、と教えてくれた。

 ケーナがクマラの行動をトレースして、その多くを身に付けているってのは、本当らしい。栽培実験室なんて、もともと、おれとクマラ以外はほとんど出入りしない場所だったからな・・・。


 樹上に上がり、移動して栽培実験室へ入ろうとすると、物音でケーナがおれに気づいた。


 そういうつもりではなかったけれど。

 二人っきりの状況を作ってしまったか・・・。


「オーバ? どうしました?」


 ネアコンイモの種芋づくりの作業を中断して、ケーナがおれを振り返った。


 おれは覚悟を決めて、栽培実験室に入る・・・とはいっても、何から話すべきか?

 ここでいきなり結婚の話を振ったら、なんかプロポーズっぽくないか?


 いや、待て。

 おれは外堀を埋められて、慌てていたらしい。


 おれから、ケーナの気持ちを確認する必要が、どこにある?

 それを聞くこと自体が、結婚への道筋を決めてしまうのではないか?


 入った瞬間に決めたはずの覚悟が、ぐだぐだに崩れていく。


 そうだ。

 そもそも、おれが何か、行動するというのは、要らない気がしてきた。


「あ、いや、ええと・・・そ、そうだ、稲、稲の苗のようすを見に来た、そう、見に来た」

「ああ、稲の苗なら、ご存じの通りですが、こっち、左手の方に」


 おれは、指し示された方へと一歩、踏み出した・・・ちがう!


 どうして出て行く流れではなく、中に入る方向性になった!?


「やはり、気温が少し低くなっているから、心配ですか?」

「・・・ん、そ、そうだね。稲は、暖かい方がいいから、な」


「対策として、クマラが稲わらを使って、温めているようです。そういうことを思いつくのが、すごいです」

「ああ、さすがはクマラだよな」


「はい。わたしもいつか、クマラみたいに、なりたいです」

「ああ、ケーナはいろいろと頑張ってるんだから、きっと、クマラみたいに、なれるよ」


 おれがそう言うと、ケーナは、おだやかに微笑んで、おれをまっすぐに見つめた。


「・・・わたしも、オーバの婚約者に、なれますか?」


 ・・・・・・油断した。

 もう、逃げられない。


「ん、あれ、だ・・・」

「父や母から、そういう話があったのではないですか?」


 それも知ってたのか!


「・・・あった、な」

「わたしでは、ダメですか?」


 ああ・・・そういう風に言われてしまうとなあ。


「いろいろ、周りからは言われた。でも、ケーナがそれをどう思っているかは、聞いたことがなかったから」


 ケーナは小さく、おれとの距離を詰めた。


「わたしの気持ちは、ずっと、オーバのもとにあります。あの日、花咲池の村の入り口で、オーバがあのララザを叩きのめしたのを見ていた、あのときから、ずっと」


 そんなことも、あったねえ。


 確か、村の入り口で、何か言われて。

 腹に一発お見舞いして。


 お馬鹿な大男をダウンさせたという記憶がありますな、そう言えば。


 あのとき、ケーナもいたのか。

 ケーナがいたとは気づいてなかったし、知り合う前だから、もちろん分からなかったけれど。


 そう言われてみれば、たくさんの村人があの場に集まっていた気がする。


 つまり、強い男に魅かれると。

 この世界の基本ラインを一ミリも外さず。


 そういうことですか!


「父と母が、森へ逃げると言ったとき、どれだけ嬉しかったか。森で、オーバが迎えに来てくださったとき、どれだけ胸がしめつけられたか。この村でみなさんと一緒に暮らすようになって、どれだけアイラやクマラがうらやましかったか・・・。父や母は、花咲池の村の出身者の立場のこと、と言いますが、オーバといつか夫婦になれるのなら、わたしはそれが嬉しいです」


 ああ、逆プロポーズをさせてしまった。

 そして、外堀は、アイラとクマラも含めて、完全に埋められている。

 それに、おれとしても、頑張り屋のケーナは、好き、だよな。


「・・・一年後、だよ。15歳で成人したら・・・。それまでは、あくまでも婚約。それまでにケーナの気が変わったら・・・」

「変わったりしませんから」


 ケーナはおれとの距離を完全に詰めて、おれの胸に顔を埋め、おれの腰に両腕を回した。「もう、逃がしませんから」


 はい。

 捕まってしまいました・・・正直なところ、そこまで好かれていて、悪い気がするはずもなく。


 おれは、この日、みんなにケーナとの婚約を宣言した。


 エイムが何か、考え込むようなようす、いや、はっきり言えば、企んでいるようなようすだったことは、見えなかったことにしよう。


 そうしよう。





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