第45話 女神が危険を前にしても意外とのんびりしていた場合(3)



 まずは、蛇を一匹、捕まえる。


 それから、スクリーンにクマラのステータスを表示する。


 スクリーンの位置を操作して、クマラとスクリーンが同時に視界に入るようにしておく。クマラのようすを見逃さないように、だ。


「まず、蛇に左手を噛ませる。それから、生命力の減り方を確認して、おれが回復をかける。それで、まずは『毒耐性』スキルの獲得を目指す」


 蛇を片手に話す姿は、いたずらっ子が女の子を蛇で泣かせようとしているかのようで、ちょっと絵面が悪すぎる。


「『毒耐性』スキルが身に付いたかどうかは・・・」

「それは、おれが確認する。目標は『毒耐性』スキルだ」


「分かった。解毒の力は、どうするの?」

「第2目標だな。難しいと思ったら、すぐ、こっちから解毒もかける」


「解毒は、どうすれば、身に付くの?」

「女神によると、体の中でクマラを傷つけている異物を消していく、そういう想像をしながら、女神に祈りを捧げて、光を集めるんだ。でも、無理はしないこと、クマラの命を最優先で」


「うん・・・」

「じゃあ、いくよ」


 おれは、蛇をクマラの左腕に近づけていく。

 クマラが目を閉じる。


「だめだ、クマラ。目を反らさないこと」

「あ・・・」


 クマラが慌てて目を開く。


「その瞬間を見逃さない。見つめて、受け入れて、そこから始めるんだ」

「うん・・・」


 今度は、クマラはじっと左腕を見つめている。

 おれは、蛇をクマラの左腕に押し当てた。


「っ・・・」


 クマラが蛇に噛まれた。


 おれは、すぐに蛇をクマラから離して、ぽいっと、遠くへ投げ捨てた。


 ステータスを・・・5ポイントずつ?!


 おれの五倍の速さで、クマラの生命力は減少していく。


 まずい、まずい・・・。


 おれはセントラエムへの祈りを捧げ、右手に光を集める。ほんの少し遅れて、もう一度祈りを捧げ、左手にも、光を集める。『並列魔法』スキルを使って、同時に『神聖魔法:回復』スキルをそれぞれの手に。


 すぐに右手の光をクマラへ。

 生命力の回復は45ポイント。


 半減以上の危険な状態を一気に回復するが、すぐに5ポイントずつ、減少していく。


 右手に再び、女神への祈りで光を集めながら、左手でクマラを回復させる。

 45ポイントの回復。


 右手に光を宿しながら、さらに祈りを捧げ、左手にも再び光を集めていく。


 まだか?

 まだなのか?


 クマラは祈りを捧げ、少しずつ、右手に光を集めている。


 おれは右手の光でクマラを包み、45ポイント、回復させる。


 さっき、おれのときは、1ポイントずつだった。おれと、クマラの、レベル差、か・・・。


 確か、この後、毒のダメージが5ポイントになったような記憶が・・・。


 クマラの生命力が、25ポイント、一気に減少した。

 一気に五倍の減少へ。


 まずい!


 おれは右手に光を集めながら、左手の光でクマラを包んで回復させ、ほぼ同時に左手にも光を集め始める。


「セントラエム! 回復を!」


 ・・・はい。回復は私に任せてください。


 光が二重になって、クマラを包む。


 おれの回復と、セントラエムの回復を合わせて、クマラの生命力は全快するが、すぐに25ポイントずつ、減っていく。


 クマラのステータスのスキルに『毒耐性』が加わった。


 生命力の減少が、15ポイントずつになる。


 セントラエムの神術で、クマラの生命力が再び全快する。


「クマラ! その右手で、解毒を!」

「はい!」


 クマラの左手が、クマラの右手からの光に包まれていく。


 頼む!


 おれはクマラに回復の光を広げていく。


 クマラのステータスから状態異常の表示が消えた。


 そして、スキルの欄には、特殊スキルの数が2から3へと増えている。


 生命力は・・・残り20ポイント。


 おれは、思わずクマラを抱きしめた。

 クマラが生きてる。

 本当に良かった。


 はあーっ・・・。

 あせった。

 本気であせった。


 これは、ダメだ。

 確かに、一気にレベルが高くなるかもしれない。


 でも、危険過ぎる。


 もともとのレベルが、高くなければ、『毒耐性』スキルが身に付く前に、死んでしまう。


 クマラを失うかもしれない、と思ったとき。

 とにかくセントラエムに叫ぶしかなかった自分が腹立たしい。


 力が、足りない。

 クマラを、みんなを、守る、力が。


「・・・あの、オーバ?」

「ん?」

「どう、したの?」

「・・・クマラが生きてて良かった」

「・・・うん。ありがとう、守ってくれて」


 いや。

 おれでは、クマラを守れなかった。


 セントラエム・・・。

 おかげで、本当に助かった。


「・・・でも、ちょっと、強すぎて、苦しい」

「・・・」


 ・・・クマラを抱きしめたままでした。


「うれしい、けど、ね・・・」


 おれは、ぱっと、クマラを離して、少し距離を取った。


 クマラは耳まで真っ赤になっていた。

 おれも、なんだか恥ずかしくなって、クマラから視線を外した。


 なんなんだろうか、この、照れくさい、感じは。


 何もないのに、髪をかき上げてしまったり。

 こほん、と咳払いをしてしまったり。


 走って逃げたい!


 そう思った瞬間。

 クマラがそっと、おれの手を握った。

 クマラの手から、不思議な温かさを感じた。


 目を合わせられなかったが、おれたちは、そのまま手をつないで、河原へと戻って行った。






 この日、レベル11になったクマラは。


 立合いで、ジッドを完封して、打ち倒した。


 リイムとエイムが、呆然と口を開けて、それを見ていたが、おれは気付かなかったことにした。






 陽が沈むころ、肌寒さを感じる。


 とりあえず、王宮のアコンの中に別れて、夜を過ごす。


 二段目、六メートルの高さのところに、女性陣が振り分けられ、一段目、三メートルの高さのところに、男性陣が振り分けられた。


 陽が完全に沈み、暗闇にアコンの村が落ちていく。


 皿石の獣脂のランプは、少ない獣脂で用意してあるので、みんなが寝ついたころには、ちょうど消えている。二酸化炭素や一酸化炭素で、みんながどうにかなるようなことはない。


 おれは、アコンの木の中ではなく、たて穴住居で、アイラ、シエラと、クマラと一緒だ。もうひとつのたて穴住居では、サーラとエランに、マーナが付き添ってくれている。


 アコンの木の中の、地上と同じ高さのところは、実は、中に入るとまるで剣山のように突起がたくさんあるので、中でゆっくり休めないのだ。アコンの木の内部が空洞になる過程で、そういう部分が残ってしまうのだろう。


 いずれは、竹板か何かでふたをするようにして、地上と同じ高さのところも、人が利用できるようにしていきたい。


 たて穴住居の通気性は、アコンの木の中よりもはるかにいい。


 その代わり、寒くなる。


 だから、中心で火を焚いて、それを囲んでいるし、大牙虎の毛皮が、横になっている一人一人に分け与えられている。もちろん、サーラたちの方も同じだ。あ、おれのはライオンの毛皮だった。


 クマラが一緒にいるのは、アイラに何かあったときのため。おれでは、そういうときに役に立たないだろうと思う。サーラが妊娠していなければ、マーナにも付いていてもらいたいところだけれど。


 シエラはにこにこしながら、ここ数日のいろいろな出来事をおれに教えてくれる。相変わらず、話の内容はあっちへ行ったり、こっちへ行ったりと、めちゃくちゃなのだが、それが可愛らしい。


 四人で火を囲んでいるが、おれの向かい側がシエラだ。両隣には、アイラとクマラがいる。クマラの役割としては、アイラの隣にいるべきだと思うのだけれど、どうも、アイラとクマラはどちらもおれの隣がいいらしい。


 アイラのお腹は、生命の神秘が詰まっている。

 どうしてこんなに大きくなるのか、不思議で仕方がない。


 クマラが蛇でレベルを上げた話は、アイラにも教えていない。教えたら、わたしもやるわよ、と言いかねないからだ。だから、誰にも言わないし、クマラにも口止めしてある。


 あの蛇の毒、やたらと強力なものだった気がしたおれは、あとで、一人で河原の向こうへ行き、あの蛇に『対人評価』スキルを使ってみた。そうすると、驚いたことに、数匹の蛇たち、全てがレベル5だった。


 どうして先に、確認しておかなかったのかと、悔やむ。自分自身の油断が招いた、クマラの危険だったことをはっきりと思い知った。


 この世界の生き物は、そのサイズで、レベルを勝手に判断してはならない。

 大森林の生き物を甘く見てはいけない。

 この森には大草原の雄ライオンと同じレベルの小さな蛇がいる。


 これを教訓にしなければならない。


 レベルアップは生存確率を高めるために重要だが、命がけでレベルアップしようとして死んでしまったのでは話にならない。


 アコンの村のすぐ近くに、実は見落としていた脅威が存在していたってことだ。

 まだまだ、分からないことは、やはり多い。

 そして、おそらく、正解は、ない。


 ただ、アコンの村のみんなが生き抜いていけるように、いろいろと考え抜いたことを実践して、みんなで強くなっていくだけだ。


 おれたちの苦闘は終わらない。






 アコンの村は、亜熱帯の、短い冬に入った。





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