第45話 女神が危険を前にしても意外とのんびりしていた場合(1)
朝、目覚めたら虹池にいた。
そういえば、大草原から戻ったのだ、と思い出す。
背中にあたる、イチのぬくもりが優しい。
昨日までは、ライムのぬくもりだった。
いつもだったら、さっと起き上って、アコンの群生地を目指すところが、どうにも気が乗らない。
原因は・・・。
まあ、なんだ。
浮気しちゃったら、帰りにくいよなあ。
そんなこんなで、ぐだぐだとしていたのだが・・・。
・・・何をしているのですか。早くアコンの村へ戻りましょう。
守護神から、はっきりそう言われてしまった。
妻や婚約者からも守護してくれないものか・・・。
おれはついにあきらめて、アコンの村へ帰ろうと『神界辞典』でスクリーンを開き、『鳥瞰図』で地図を映し出し、『高速長駆』スキルで走り始め・・・ようとして、ふと気付いた。
地図が小さい・・・いや、そうではなく、地図の最大範囲が広がっている。
大森林全域はもちろん、大草原とその大草原を東西に貫く河川や、その流れの先にある大草原東北端の都市。
そして、青や黄色で点滅した十二か所の光点。おそらく大草原の氏族の位置、だと考えられるもの、など、新たな情報が得られる状態だった。
活動範囲が広がったからか、それとも、単純に『鳥瞰図』のスキルレベルが上がったからか。
これは、スキルレベルが上がったと考える方が正解だろう。
スクリーンの固定という裏ワザを見つけてからは、『鳥瞰図』のスキルは、スクリーンを途中で消す事態が発生しない限り、一日一回しか使っていなかった。
固有スキルなので消費する忍耐力の数値も大きい方だ、というのもある。
そういう意味では、スキルレベルの上昇が鈍化していたのかもしれない。まあ、大森林全域が把握可能だったので、困ることはなかったし。大草原でも、これまでの範囲で十分活動可能だった。
しかし、スキルレベルがまだ上昇し、範囲がさらに拡大するのであれば、夜、寝る前に多用してスキルレベル向上を図るのもいいかもしれない。
それにしても。
大草原の特定の範囲には、全く氏族がいないところがある。
これは、気になる。
虹池から流れている小川の西側で、大草原を横切る河川の南側は、氏族がひとつもいない。また、大草原を横切る河川の北側にはいろいろな氏族がいるが、西北部にはひとつもない。氏族の空白地帯が存在している。
調査したい。
行ってみたい。
本当のことを言えば、逃げ出したい。
・・・何をもたもたとしているのですか。早く戻りましょうよ。
守護神から、さらに帰宅を勧められてしまった。
とりあえず帰るとしますか。
『高速長駆』スキルなら、今からでも午前中には、村に着くはず。
それならまだ河原には行ってないだろう。
ちょっとだけ寄り道して、パイナップルを入手する。
手土産でごまかそう。
アコンの群生地では、みんな、いろいろな作業をしていた。
お腹が大きくなってきたアイラは、それを座ってみている。
そのアイラが、おれに気づいた。
「おかえりなさい、オーバ」
「あ、ああ。ただいま、アイラ」
正直なところ、心の準備が整うまでは、会いたくなかったうちの一人だ。
「それで、どんなヒトだったの? ナルカン氏族のヒトは?」
「っ・・・」
なんで?
なんで知ってるんだ、アイラ?
「女神さまから、何日か前に聞いたけど、ナルカン氏族のヒトと、結ばれたんでしょう?」
セントラエム!?
何してくれてる??? ・・・って、あれ?
アイラからは、別に怒気みたいなものは何も感じない。
怒ってないのか?
「クマラがうらやましがってたわよ。わたしは、あと二年も待つのかって」
そんくらいのものなの?
うらやましい?
「で、どんなヒト?」
「どんなって、言われてもなあ・・・」
「名前は?」
「・・・ライム」
「美人なの?」
「・・・そうだな」
「ふーん」
「ふーんって・・・」
「背は高い?」
「ん、アイラと同じくらいか」
「胸は大きい?」
「ん、いや、どっちかと言えば・・・って、何の話だ?」
「そう、小さいのね。じゃあ、わたしの勝ち」
「ん、ああ・・・」
「強い?」
「強いって?」
「戦いについて」
「ああ、なかなかの強さかな」
「どのくらい?」
「ジッドと十分やり合えるだろうな」
「へぇ、いつか、立ち合ってみたいわね」
「・・・やきもち、やいてるのか?」
「・・・オーバが王である限り、こういうことは、繰り返されるって、女神さまは言うのよね。それは仕方がないとも、思うんだけど、ね」
「まあ、アイラは、妹のシエラにまで、やきもちをやくらしいからなあ」
「そ、そそ、それは、あの、前に、女神さまが言ってた、あのこと? それは別に、やきもちって言うわけじゃなく・・・」
「嬉しいよ、やきもち、やいてくれるってことが、な」
「オーバ・・・」
アイラが隣に座るおれの腕に自分の腕を回した。
「わたしも大切にしてほしいし、クマラのことも、ね。それに、その、ライムってヒトも、大切にしてあげてよね」
どうして、そういう考え方になるのか、不思議では、ある。
不思議ではあるのだが、正直、今の状態では、とても助かる。
これも女神さまの影響力か。
それとも、この世界の一般常識か。
まあ、古代社会だとしたら、源氏物語がベストセラーになるような、あんな男女関係がベースなのだとすると、まだ、たった二人としか関係していないおれは、まだまだ甘い、というものだろう。
でも、あんまり勝手な解釈はしないように、自分を戒めることも、忘れないようには、したい。
しかし。
王ってのは、いったい、何だ?
いや、そういうものか。
王ってのは。
どれだけたくさんの子が生まれるか、というところに、王の価値はあるのだろう。
古事記でも、ヤマトタケルが全国各地で、子作りに励んでいた気がする。
中大兄皇子は弟の大海人皇子と、額田王を取り合ったし、他にも山ほど奥さんがいたはずだし。
原始、古代の生活は、おれが考える倫理観とは、かけ離れていたとしても、それが普通、と言えるのかもしれない。
まあ、さすがに、世界各地で子作り、みたいなことにはならないようにしよう。
とりあえず、暑い日中に滝シャワーを浴びる。
大草原にいる間は、できなかったことだ。
念入りに全身の汚れを洗い流す。
昼でもけっこう涼しくなってきた気がする。
場合によっては、これからは滝シャワーをしない日も、あるかもしれない。
亜熱帯の短い冬が、来たらしい。
河原に向かう途中で、栗をたくさん拾った。
これも食糧確保だ。
リイムが大草原の話を聞きたいというので、ナルカン氏族がチルカン氏族を屈服させたことを伝えたら、驚いていた。
リイムがそれをエイムに話したんだけれど、実は、今回の事前計画には、エイムも加わっていたので、どうしてわたしは知らないの? とぷりぷりとリイムが怒ることになった。
まあ、人にはそれぞれ適材適所というものがあるものだ。
夕食には、追加でパイナップルを提供した。おそらく、時季的に、これが最後のパイナップルで、しばらくは手に入らないだろう。
そろそろ、みかんの樹の群生地へ行って、みかんの収穫に力を入れなければならない。クマラとよく話して、日程を調整する。
クマラは、何か、言いたそうにしていたが、結局、何も言わなかった。
アイラから聞いていたから、言いたいことはなんとなく分かったので、改めて、クマラが十五歳になったら、必ず結婚するということを確認した。
そうすると、いつもの小さな声で、「十五歳になったら、すぐ結婚するんだから」と言って真っ赤になった。かわいいクマラが見られて幸せだ。
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