第44話 そこの族長が女神の信頼がない場合(4)



 それに、どの氏族も、やっていることはほぼ同じ。それなのに、敵対しつつ、交渉も大草原内で完結しているようなもの。発展は、ないも同然。


 大森林のおれたちや、辺境都市とかいう、どっかの王国の都市と、お互いにちがう物で交渉していく方が、はるかに利が大きい。


 だが、力関係が、大草原の氏族ひとつでは、バランスが取れない。


 だから・・・。


「ドウラは、チルカン氏族と姻戚関係を結び、ニイムが出たマニカン氏族と連携して、テラカン氏族との関係も改善させて、大草原の東部連合を組むこと。これが、やるべきこと、だな。ニイムが生きている間に、だ」

「大草原の、東部連合・・・」


「このあたりの四氏族が組めば、もともと姻戚関係があるセルカン氏族も加わる可能性が高い。うまくすれば、ヤゾカン氏族だって、取り込める」

「六氏族も、連合させるというのか」


「その上で交渉する相手は、おれたち大森林のアコンの村と、辺境都市だ。大草原が豊かな暮らしに、口減らしがいらない暮らしに、なるようにしたいんだったら」

「だったら?」


「まずはチルカン氏族から嫁を取れ」

「・・・分かった」

「そして、子どもが生まれなかったとしても、元の氏族に追い返すのは、やめるんだな」

「・・・考えておこう」


 そのとき。

 ドウラの頭に、双子の姉のことがあったと、信じたい。


「ああ、あと、銅剣は、二本、返してやった方がいいぞ。今回、頑張って戦った三人の男たちに一本ずつ銅剣があれば足りるだろう? チルカン氏族の戦力を奪い過ぎると、今回のナルカン氏族みたいに、チルカン氏族がどこかの氏族に攻められるからな」

「・・・一番活躍した、ライム姉さんに、銅剣がないぞ?」


「木剣で銅剣の相手を叩きのめす戦士に、銅剣が必要なのか?」

「なるほど・・・」


 つまり、武器そのものは、実は、戦力であって、戦力ではないってことだ。


 いつか、ドウラにも分かるといいな。






 おれは、戦時病院のような状態のテントの外をゆっくりと歩いた。


 チルカン氏族の者たちからは、怖ろしく乱暴な馬の群れにテントが襲われただの、馬と羊が逃げ散っただの、羊は何匹か取り戻したけれど四頭いた馬は全て失ってしまっただの、そういう話が出ている。


 ニイムがちらり、とこちらを見たが、おれは目を合わせなかった。


 そして、そのまま、少しずつ、ナルカン氏族のテントを離れた。


 ドウラには別れを告げたのだが、ライムにはこのままさよならをしようと思う。

 ライムがおれについてきたら、ナルカン氏族の弱体化は目も当てられない。


 だから、いつの間にか、消えよう、と思っていたのだけれど・・・。


 ライムが待ち伏せしていました。


 はい。

 お見事です。

 さすがは、できる女。


「オオバ、大森林に帰るのね?」

「ん、そうだな。今回の用事は、終わったから」


「・・・オオバは確か、前に来たとき、「荒くれ」たちの馬の群れと一緒に帰っていったはずよね?」

「・・・ああ、そんなこともあったかな」


「チルカン氏族のテントは、乱暴な馬の群れに襲われて、散々だったらしいの。知ってる?」

「ん、そういう話を、ちらっと聞いたね」


「その馬の群れって、「荒くれ」たちよね、きっと?」

「さあ、どうだろ」

「・・・あなたは、怖ろしい人ね」


 おれは、何も答えずに、まっすぐにライムを見つめた。


「これで、全ては、あなたの、思い通りになったの?」


 これにも、おれは答えない。


 ライムの瞳に、涙が浮かんだ。

 ここで、泣くか。


 参ったな・・・。


「あなたが、わたしや、わたしたちに、何の利益もなく、力を貸してくれるはずがないなんてこと、もちろん分かってる。でも、あんなに、あんなに優しくしてくれたのも、全部、見せかけなの?」

「それは、ちがう」


 そう。

 それだけは、ちがう。


 今回の、予想外は。

 ライムの存在。


 予定通りなら、チルカン氏族なんて、おれがぶっとばしておしまいだったはずだ。


 女をあてがわれるのは、予定通りだった。

 ニイムによって、何にも知らない生娘が送りこまれて、何にも知らないままに、しておく作戦だった。

 男と女が何をするかなんて、はっきりとは分からないはずだから。いくらでもごまかせる。そう考えていた。


 ところが、ニイムへの対抗心からか、氏族の未来のためか、ドウラが族長としての頑張りを見せて、ニイムを抑えて、生娘ではなく、出戻り娘のライムを送り込んでしまった。


 まあ、そういう大草原の女性の扱い方に、おれは、なんというか、憤りというか、不満というか、同情というか・・・。


 ライムに優しくしようと思ったのは、どういう気持ちからなのかは説明できないけれど。

 優しく接したのは、ライムを操ろうとか、そういうことではない。

 もちろん、自分自身の性欲に従ったという部分も、ある。


 でも。


「それは、ちがうよ、ライム」


 ライムに優しく接した気持ちは、全て本当のものだ。

 そこだけは、誤解されたくない。


「信じて、いいの?」

「ライムが信じるままに・・・」


 おれはそっと、涙が止まらないライムを抱きしめた。






 抱きしめたことで落ち着いたライムが泣きやんだあと、おれはかばんから出した二つの緑の色川石と「本地布」をライムに握らせた。


 贈り物でごまかすみたいだったけれど。

 それぐらいしか、おれにできることはなかった。


 それから、おれはライムに見送られて、ナルカン氏族のテントから走り去った。

 ライムがいつまでも見送っているので、時々、手を振り返す。


 それでも、もうすぐ昼になるので、時間が足りないと思い、ライムから見えるけれども、スキルを使うことにした。


 そこからは『高速長駆』で五時間半。


 約三百キロ以上の距離を、生命力、精神力、忍耐力を大幅に削りながら、おれは走り抜いた。


 陽が沈む直前に、なんとかぎりぎりで虹池に到着して、イチたちと再会。

 互いの無事を喜び合う。


 イチたちの群れが四頭ほど増えていたのは、気のせいだったことにしよう。

 そうしよう。


 今からでは、さすがに、アコンの村までは間に合わない。


 でも、もう少し、ライムとの思い出に浸っていよう、という気持ちあって。

 この日はそのまま、イチにもたれて虹池の村で眠ることにした。


 走り疲れて、泥のようにおれは眠った。





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