第44話 そこの族長が女神の信頼がない場合(3)
ドウラはヒントに気づいたのか、それともただの馬鹿なのか。
・・・まあ、もともとの予定では、ただの馬鹿になってもらうつもりだったのだけれど。
今は、少し、予定していた事情とはちがうから。
ドウラが正解を引き当てれば・・・。
「その数、ひとつ譲歩したようだが、足りん。三年間で返すのなら、合計七匹だ。それができず、それでも羊がほしければ、テラカン氏族まで歩けばよい」
ドウラが、強気の交渉カードを切った・・・のか。
まだ、ここが落とし所だと、読めていなかったのか。
それとも単純に、強大な武力に頼ろうとしたのか。
それとも・・・。
「こちらが折れても、まだ譲らぬか。争った結果、奪われては利益もないと思え」
「ほう、自慢の銅剣を見せてくれるつもりか」
「そういうことになるが、いいな」
チルカン氏族の五人が、一歩下がって、腰を落とす。
「交渉ができないというのなら、そちらから剣を抜くといい」
「そこまで言うか。では、そうさせてもらおう」
チルカン氏族が剣を抜いた。
うん。
相手に先に剣を抜かせた。
ここまでは、ドウラもなかなか。
そして、最後に、どっちを呼ぶ?
「・・・ライム!」
お。
ドウラの奴。
正解を引き当てたな。
おれじゃなくて、ライムを呼ぶ。
この戦での、もっとも重要な、ラストカード。
どんな氏族が相手になろうと、必ず勝てる、ジョーカーであるところの「おれ」ではなくて。
まだ、戦ったことなどない、一か八かの、クイーンの「ライム」を。
よくぞ、選んだ。
ライムが、えっ、という顔をしている。
ま、そうだろうね。
まだ、ライムにも自覚が足りないから。
ライム自身がナルカン氏族の最高戦力だということに。
「ライムさんや、やっておしまいなさい」
おれはのんびりとそう言って、ライムに敵を指し示し、その肩をぽん、と押した。
ライムは一瞬、おれを見て。
それから、笑って、駆け出した。
そして、戦闘が始まった。
戦うライムは美しい。
さすがは大草原の女剣士。
英傑ニイムの血を継ぐ賢い娘。
ナルカン氏族の男性陣で、無手の二人は、あっさりやられてしまったのだけれど。
よく、あの実力で、無手のまま、あそこに立っていたと思う。
後ろから飛びかかったライムに、一瞬で一番偉そうにしていた奴が、頭から血を流して倒れた。死んだかも、と思ったけれど、ステータスを確認したらぎりぎりセーフ。
後ろから、しかも女性が木剣でかかってくるとは、思っていなかったチルカン氏族。
それでも、まだ三対四で、チルカン氏族が数的有利。
というのも、次の瞬間には終了。
無手の男を倒して、木の棒の男に向かった瞬間、背後からライムに頭を強打されて、こいつも昏倒。
もう一人の無手の男を倒した奴は、背後を振り返って、ライムに備えたけれど。
備えた構えのまま、腕を折られて銅剣を落とし、胴をなぎ払われて、膝をついた。
ドウラは、守りに徹して、相手の剣を受け続けていたが、そこにやっぱり後ろからライムの一撃が炸裂し、チルカン氏族の男は倒れた。
で、木の棒の男は、銅剣で血だらけにされてはいたんだけれど。
「あとは、おまえ一人だが、三対一でも、まだ、やる気か?」
そう、ドウラが言いながら、銅剣を構えたところで、戦闘終了となった。
ライムの指示で、最後の男が銅剣を投げ捨てる。
投げ捨てられた銅剣は、血だらけになった木の棒の男がいそいそと回収した。そして、昏倒している男たちから、次々と銅剣を回収していく。すごく嬉しそうな顔をしているのは、どうしてだろう。
「なんなんだ、このやたらと強い女はよ」
「知らないのか? うちの氏族は英傑ニイムの血を継ぐ者たち。もともと、女が強い氏族だ。まあ、甘く見ていた、そちらが悪いってことだろう」
「・・・そいつは、苦労してんだろうな、族長さんよ」
「ああ、全くだ。しかし、その力は本物。よく分かっただろう?」
「・・・この状態で言うのもなんだが、全面降伏だ。だが、このままでは、氏族が滅ぶ。そちらの条件を飲むから、羊を、頼む」
戦闘も、交渉も、ドウラの勝利、ということになるだろう。
さて、ドウラは、どうケリをつけるのか。
おれはゆっくりと歩いて近づく。
ライムが顔を上げて、おれに駆け寄り、飛び付いてきた。
おれは、そっと、ライムの髪をなでた。
大怪我をしていた無手の二人には、『神聖魔法』で、治療と回復をサービスしておいた。この一件で死なれても後味が悪いしな。
それを見届けて、ドウラがおれを小さな声で呼んだ。
女性陣も出てきて、敵味方関係なく、治療している混乱の中だ。
ドウラの手招きで、テントの内側に入る。
「オオバどの、この決着、どうつければいい?」
「自分で決めればいいだろう?」
「・・・それが分かれば苦労しない。昨日、姉さんから、いろいろとオオバどのの話を聞いた。それで、オオバどのに相談するのが、一番いいと考えたんだ。頼む」
これは、これで。
族長くんの、ドウラの、ひとつの成長かもしれない。
「ひとつ、聞いていいか?」
「何か?」
「どうして、あの戦いの前に、絶対に勝てるおれの助けを呼ばずに、ライムを呼んだ?」
「・・・オオバどのの言葉には、必ず意味がある、そう思ったからだ。昨日、「大きな見落としがある」と言われたからな。それで、姉さんと話して、剣術の稽古のことを聞いて、ライム姉さんがナイズよりもはるかに強いと、気づいたんだ。戦力は落ちたのではなく、はるかに高くなっているんじゃないか、と・・・。姉さんは有能だと、オオバどのがほめていたし」
おやおや、大したものだ。
あのヒントをちゃんと解けたのか。
でも、それだけじゃ、答えにはなってない。
「・・・あの場で、女たちが避難しているはずのテントではなく、オオバどのと剣術の稽古をしていた姉は、オオバどのと共に外にいた。ちょうど、チルカン氏族をはさみ討ちにできる位置に、だ。あそこでオオバどのの力を借りたら、まちがいなく勝てる。だが、手柄は全て・・・。ライム姉さんが戦って勝てば、この勝利は我々ナルカン氏族のもの。オオバどのの力を借りていては、この先、他の氏族との交渉が成り立たないからな」
うん。
合格点だね。
「それじゃ、どういう決着をつけようか?」
「それが、全く分からんから、困っている」
「チルカン氏族の情報がないから、だな。情報ってのは、大切にした方がいい。今回、チルカン氏族はナルカン氏族がおれにやられて銅剣を失ったという情報があったから、ここに攻めてきた。そういうことだろう?」
「そうか、情報か。なるほど、そういうことか」
ドウラはうなずいた。「じゃあ、チルカン氏族の者に、事情を聞く方が早いな」
あ、うん。
それは、そうだけれど。
「慌てるな。チルカン氏族は、馬や羊を失ったから、ここに攻めてきた。だから、羊を交渉で手に入れようとしたんだろ。混乱してあちこちに逃げ出した羊は、この大草原ではあまり見つけられないだろう?」
「む、確かに、もし、そうだったとすれば、羊を何匹かは取り戻せても、その多くはどこかへ行き、そこで死んでしまうだろうな」
「チルカン氏族は、このままでは冬を越せないし、この先、何年も、羊が少なく、苦しい状態が続く。だから、戦力が落ちたナルカン氏族から有利な条件を引き出して、それから他の氏族にも羊を少しずつ分けてもらえば、乗り切れる。そう考えたんだと思うな」
「では、羊を、彼らの求めに応じて、多めの代償で渡すのがいいか」
「いや、そこはちがう。まあ、交渉で出ていた数で、ナルカン氏族に問題がない分を渡すのはいいけれど、代償は、普通どおりにしてやることだ。あと、イモの残りはくれてやるといい」
「それでは、勝った意味がないのでは?」
「勝ったら、勝っただけ取ればいい、というのはやり過ぎだ。その代わり、嫁入りを要求するんだな。今後は、敵対しない、という方針を出させる。実際には圧勝したんだから、通用すると思うぞ。そして、その方がナルカン氏族としての生活圏の確保は、安定するだろうしな」
「・・・なぜ、敵対していた氏族との婚姻など、オオバどのは、思いつくのか・・・」
「それは、おれが外から大草原を見ているって、ことだな」
中にいるドウラたちは。
氏族の誇りだとか。
姻戚の氏族だとか、敵対的な氏族だとか。
これまでを引きずって、考えている。
それでは、互いに消耗し合って、発展するはずもない。
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