第44話 そこの族長が女神の信頼がない場合(2)



 剣術修行、えっと、四日目、だよな?


 ライムの素振りにアドバイスしながら、剣筋を増やす。

 アドバイスとはいっても、ジッドの受け売りでしかないけれど。


 最近、同じような一日を重ね過ぎていて、昨日みたいな、刺激がほしくなる。


 今日はまだ、ライムは三回しか、骨折していない。

 もちろん、その気になれば、何度でも骨折させることはできるのだけれども、そこに意味はなくて。


 これは大きな課題だな、と感じた場面でのみ、骨折するほど打っている。


 今までも、そうだった。

 それだけ、ライムから隙がなくなってきた、ということだろう。


 ・・・スグル。あれを。


 突然のセントラエムの一言。


 そして、言われるままに、ライムの素振りの向こう側で、視界に入った、ものを見て。


 おれは、今回の出張の終わりを発見した。


 そして、ライムに、『神聖魔法:回復』のスキルを使い、骨折したときに消耗した生命力を回復させる。


 さあ、本番だ。






 やってきたのは五人の男たち。


 服装は、ナルカン氏族と、大差はない。

 あるとすれば、五人の男、それぞれが持つ、銅剣。


 いつものように、誰かが気づいて、女性陣はテントの中へ。


 男性陣は、テントの前へ・・・。


 といっても、今回、矢面に立つのは四人。


 武器は・・・間に合わせの木の棒と、族長くんの銅剣、一本。あとの二人は、無手。


 思えば、骨折一族の二人が、ここに立てずにいる。エイムの家族だな。

 氏族を滅ぼしかねない一家だけれど、この家も、女性陣は優秀なのかもしれない。エイムには、そういう感じがある。


 おれが初めて来たときは、六人で囲んで、全員が銅剣を持っていたのだから、それなりの「戦力」とでも言えるものだったのだろう。


 ・・・スグル。急ぎましょう。あの族長では、今回の交渉もどうなるか、分かったものではありません。


 実際、セントラエムの言う通り。


 不安要素は、族長のドウラ。

 考えてみたら、男が、本当に、ダメな一族だな、おい。


 おれとライムは、テントから離れたところで剣の稽古をしていたので、その位置取りを利用して、少し離れたところから、できるだけ静かに、ゆっくりと近づく。


「あれは・・・チルカン氏族の人たち」


 ライムには、見たことのある相手らしい。

 チルカン氏族、ね。


 エイム情報によると、ナルカン氏族とは敵対的関係で、大森林からもっとも近い氏族。


 思ったよりも、早く来たな。

 あと、二、三日はのんびりできると思っていたのに。


 まあ、それだけ、慌てているってことか。

 冬支度、大切だし、ね。


 正直なところ、ドウラでは交渉がまとめられないとは思うけれど。

 あんまりニイムに頼っても、ダメだし。


 戦闘になるまでが、勝負。

 戦闘になれば、まあ、ナルカン氏族の敗北だと、ドウラが考えているか、どうか。


 おれとライムは氏族間交渉の、チルカン氏族の背後に、静かに立っていた。

 交渉に夢中で、チルカン氏族は気づいていない。


 ドウラは気づいたようだが、気づかぬふりで、交渉を続けていた。


 ほう。

 これは、ひょっとすると、ひょっとするかも。


「・・・そんなことはできない」

「ならば、どれだけ、譲ってもらえるか、だ。この冬は無理だが、来年、再来年には借りを返せる」


 どうやら、値引き交渉に入ったらしい。


「羊六匹で、来年二匹、再来年二匹、その次の年に二匹、返そう」

「そんなことはできない、と言っている。なぜ、同数の返還にこだわる? 銅剣が自慢か?」

「銅剣を自慢するなら、交渉ではなく、奪うのみ。同数では、話にならん、とでも?」


 チルカン氏族は、ナルカン氏族の状況をつかんで、ここに来たらしい。

 そして、情報通り、ナルカン氏族は武器を失っている。

 強気なのは、チルカン氏族だ。


「そちらはウワサ通り、とんでもない奴に逆らって、自慢の銅剣をたくさん失ったらしいな。羊もたくさん奪われたと聞いたぞ。おれたちは、同数で必ず返す。羊五匹で、来年二匹、再来年二匹、その次の年に一匹、これならどうだ」


「羊の取引は、返す年数分、一匹ずつ増えるもの。チルカン氏族は、慣例を踏まえる気がないか? 羊五匹なら、来年六匹返すか、来年四匹、再来年三匹返せばいいだろう。三年間で返すのなら、合計八匹ではないか」


 ドウラって、馬鹿だよな。


「・・・あんなこと言って。相手は始めからそんなつもりはないのに。慣例が通る相手なら、こんな交渉にならないでしょう」


 やっぱりライムは分かっている。


「では、羊四匹で、来年二匹、再来年二匹、その次の年に一匹、これならどうだ?」


 うーん。

 このへんかな。


 羊四匹なら、ナルカン氏族は問題ない。冬を越せるだけの羊が残る。

 戦えば、まずは勝てない武器の差がある。銅剣と、あれじゃあ、な。


 一応、ナルカン氏族に損はないという、形はある。一匹とはいえ、チルカン氏族に損をさせるのだから。

 ただし、この交渉では、この先、他の氏族たちとどういう交渉をさせられるか、という問題点は残るけれど。


 恫喝外交、だからなあ。

 ま、ドウラの立場からすれば、相手の情報を得られていない時点で、交渉は負けだ。


 そして、戦力では、負けていると思っているのなら。

 ここが落とし所だろう。


「ここが、落とし所かしら・・・」


 ああ、やっぱり、ライムは分かっている。

 でも、もう少し、考えてみた方がいいかな。


 なぜ、チルカン氏族は、ナルカン氏族に交渉に来たのか。

 なぜ、恫喝外交で、羊を求めているのか。

 なぜ、この冬目前での交渉なのか。


 この交渉。


 ここで折れるか、折れないか。





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