第44話 そこの族長が女神の信頼がない場合(1)



 いつも、そういう感じだけれど、今回は、いつも以上に不機嫌な顔で、族長くんのドウラはおれと向き合っていた。


 おれから言うべきことは、ない。

 ないと思う。


「ナイズが骨折して、まともに歩けない状況になった」

「知ってる」


「オオバどのの、あの力で・・・」

「・・・よく考えて発言しないと、族長としての重大なミスにつながるぞ?」


 おれは、親切にそう言った。


「なっ・・・」


 でも、ドウラは怒った。


「できることをしてくれと頼むことすら、族長にはできないのか?」

「そこじゃ、ないだろ」

「そこじゃ、ない、だと?」


 おれは、覚悟を決めて、ドウラに向き合う。


 こいつは、ある意味では、全部、説明が必要な奴だ。

 でも、考えさせる余地を残さないと、成長が期待できない。


 難しい相手だ。

 成長できそうにない奴を成長させなければならないってのは、大変な作業だ。


 こういう時、使うのは、問答法。


「ナイズは、なぜ骨折した?」

「ライムに打ちかかって、逆にやられたと聞いた」


「なぜライムに打ちかかった?」

「それは・・・」


 ドウラは表情をさらに歪めた。情けなく、恥かしい話だから、だろう。「オオバどのに、ライムが毎晩、好きなようにされていると、ナイズが自分の感情を抑え切れず・・・」


「ナイズは自分の感情で動いたんだな。それで、ライムをおれのテントに行かせたのは? もちろん、ライム本人は、自分で来た、と言っているけれど?」

「・・・おれだ」


「だろうね。分かっていたことだけれど。族長がその意図通りに進めたことに対して、氏族の者が自分の感情でその反対の行動をした。それで、族長として、おれに、女神の力を借りて、ナイズとかいう反族長の男をなんとかしてほしいって思うのか?」

「く・・・それは、そう思っていたが・・・。オオバどのは、ナイズは族長に逆らって行動した反逆者だと、言うのだな?」


「そもそも、ナイズは誰をねらって行動したんだ?」

「・・・話の流れから、オオバどのをねらったと」


「族長として、双子の姉を差し出してまで関係を保ちたい相手と、その相手を立派に守り抜いた双子の姉。もう一方は、自分の感情で動いて、族長のねらいや氏族の未来を何も考えずに、ぶちこわそうとした従兄弟。さあ、族長は、どうすべきか」


「ああ、そこまで言われれば、さすがにおれにも分かるさ・・・。オオバどのに、大変失礼なまねをした。謝罪したい」

「まあ、そこは、実害がないから。で、それから?」


「くっ、上からだな・・・ライムには褒賞を、ナイズには・・・処罰、か」

「さっき、自分が言おうとしたことが、族長としてどういう意味を持つのか、理解できたか?」


「・・・年下に、ここまで言われて、やっと気づくとは、自分でも情けないとは思う。オオバどの、どうして、その年齢で、そこまで・・・」

「人を見た目で判断するのは、族長ならやめた方がいい」

「見た目で・・・」


「まあ、ライムをおれのテントに行かせてそのままってところが、未熟だよなあ。もっとライムと話して、おれのこととか、聞くべきだったと思うし、そのために送り込んだんじゃなければ、差し出した意味もないだろうに」

「・・・姉との夜伽話など・・・」

「そうじゃなくて、相手の印象、態度、そういう情報が全てだって、ことだ」


 だーれがおまえにエロトークを聞けなんて求めるかっての!


 どれだけ、族長としての自覚がないんだ?


「情報・・・」

「ライムは、きわめて有能だと思うな。ライムを送り返してきた氏族は、いずれ衰えるだろうさ。そんな重要なことをあっさり見落すんだから」


「なっ・・・」

「もっと、ライムと話すべきだと思う。双子なんだろ?」

「む・・・」


 おれは、族長くんに背を向けて、テントの出口に向かった。

 族長くんは、ため息をついた。


「・・・オオバどのに言っても、仕方のないことだが」


 おれは足を止めて、ドウラを振り返った。


「これで、我が氏族の戦力は、さらに落ちたよ」


 ドウラが力なく、うつむいた。


 戦力回復のために、おれに治療してほしいって、単純に考えたんだな。

 ま、そんなもんか、族長くんなら。


「・・・戦力が落ちたってのは、大きな見落としがあると思うけれど、ね」


 おれはそう言い捨てて、テントを出た。


 これ以上、ドウラの顔を見る気はなかった。


 馬鹿か、と思う。

 足し算も、引き算もできやしない。


 ちょっと考えれば、戦力は上がっていると、分かるだろうに。






 陽が暮れても、テントにライムは来なかった。


 ニイムがもう一人の生娘を送り込んできたら困るな、と思いながら、目を閉じた。


 しばらく経って、完全に暗くなってから、ライムがテントに来た。


「オオバ、起きてる?」

「・・・起きてる」

「ふふ、良かった」

「遅かったんだな」


「・・・ドウラが、オオバのことを聞きたがったから」

「そうか。何を話した?」

「・・・教えない」


 そう言うと、ライムは唇を重ねてきた。


 できる女は、ちがう。

 ここで、ぺらぺらと、必要以上の情報はもらさない。


 そんなことよりも、今夜のライムは、いつも以上に積極的だ。

 重ねた唇が、離れていかない。思わず、肩に手を置いて、唇を離す。


「・・・どうした?」

「ん・・・なんか、オオバのこと、いっぱい話してきたら、オオバが好きなんだって、すごく、思ったのよ」


 やられた。

 やられました。


 はい、完全に、やられてしまいましたとさ。


 こんなこと言われて、その気にならない男がいたら、見せてくれっ! と思うぞ!


 この夜、おれたちは、いつも以上に、というか、今までとはちがって、とても激しく、互いを求め合った。


 おれは、この夜、三度も、ライムの中に果てた。





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