第34話 女神が本体なのか分身なのか悩む場合(2)
馬だ。
馬の群れがいた。
人間は周囲にいない。
野生の馬の群れだろうか。
野生の馬って、群れるんだな・・・。
馬も、おれに気づく。
スクリーンの黄色の点滅が、みるみるうちに赤に変わっていく・・・。
何頭かが、猛烈なスピードでこっちに向かってくる。
出会っただけで、中立から敵対って、どういうことだ?
大草原、おそるべし。
おれは、まるで塊りのように襲いかかってくる馬の群れに対して、腰を落として、身構えた。
もっとも体格のいい、先頭の一頭を迎えた時、真っ先に考えたのは、誰かが飼っている馬だったら、どうしようか、ということだった。
危険だとか、怪我をするとか、死ぬかもしれないとかではなく。
誰かの馬だと、困る、と考えた。
大牙虎よりもはるかに大きなサイズの動物。
猛獣に分類されるものではないけれど、その突進は十分な殺傷力をもつだろう。
しかし、スクリーンに示されたステータスを確認すると、先頭の大きな馬がレベル5。
こいつが群れの最大レベル。
大牙虎の最低レベルよりも下だ。
大森林の猛獣、レベル高くないか?
馬レベル5がおれの前に来て、急ブレーキ。
威圧のつもりなのか、後ろ足で立ち上がり、ひひひーんっ、と一声。
四足歩行動物のくせに、器用に立ち上がるもんだ。
ただし、その大きさから考えると、こういう威圧は、本来、効果的なんだろうと思う。
地面からの姿は、三メートルくらいはあるだろう。
しかし、だ。
残念ながら、隙だらけ。
しかも、弱点だと思われるところを思いきり晒している。
俗に「馬並み」という言葉があるが、その、巨大なイチモツを。
おれは、全速の飛び込みに合わせて、全体重をかけて、思いっきり蹴り上げた。
ここは馬でも、やはり弱点だったらしい。
馬レベル5は、後ろ足で立ち上がった状態のまま、そのままゆっくりと、後方へと倒れていった。
状態は麻痺。
馬レベル5が倒れていく瞬間、少し遅れて、左右両方に馬レベル4が到達。
狙いは右。
止まろうと前足を踏ん張った姿の横腹に、まずはおれの左足が炸裂。そのまま左右の突きを高速で四連打して、馬レベル4その一は横倒しに。
その横倒しになった馬に後続が引っかかって倒れていく。
倒れた馬が六頭いたが、一瞬で間合いを詰めて、足を一本ずつ折っていく。馬レベル4その二、その三、その四、その五、そして馬レベル3その一、その二が、転げたまま、骨折の苦痛の中でもだえている。レベル3その二は、口から泡を吹き、目には涙が流れている。
馬も、泣くのか。
馬は本来、逃げる動物だと聞いたことがある。
逃げずに向かってきたのは異世界だからなのかもしれないが、とりあえず、足の骨折は致命傷で間違いない。一本折れば、大牙虎の何倍もの体重を支えられるはずがないだろう。
あっという間に八頭を無力化して、他の馬を振り返る。
馬の群れには、もはや、最初に向かって来たような勢いはなく、距離を置いて、左右にうろうろしている。うろうろしているのが八頭。無力化したのと合わせて十六頭。
後方に、えっと、子馬も合わせて十・・・一頭か。
全部で二十七頭の群れ。
あ、逃げずに向かって来た理由がなんとなく分かった。
後方の馬に、お腹が大きくなってだらりとしている馬が何頭かいる。
妊婦・・・妊馬?を守ろうとしたんだろうな。
悪いことをした、が、しかし、これはお互い様だ。
そうは言っても、頭に思い浮かぶのは、大切なアイラの姿。
ああ、もう。
しょうがない。
うろうろしているグループは、おれが妊娠している雌馬の方へと近づかない限り、こっちを攻撃する気はないらしい。
言葉が通じない相手は、その行動でこっちが勝手に解釈していくしかないのが大変だな。
おれは、足を折ったレベル3その二に近づいて、『神聖魔法・治癒』スキルを使う。
光に包まれた馬レベル3の骨折が癒されていく。
減少した生命力は回復させない。
治療が済んだ馬レベル3は、ふらふらと立ち上がり、ひょこっ、ひょこっ、と何歩か歩いてから、立ち止って、あれ、というような表情をした後、普通に歩いて、うろうろグループの方へと合流した。
いつの間にか、うろうろグループのうろうろがなくなり、ぴたっと止まって、こちらを見ている。
雌馬グループはうろうろグループに合流中。
続けて、馬レベル3その一に近づき、『神聖魔法・治癒』スキルを使用。
さっきの馬レベル3その二と全く同じ光景が、馬レベル3その一によって繰り返される。
馬って賢い動物だって聞くけれど・・・。
実は意外とおバカなんじゃないのか?
馬鹿って書くし、な・・・。
おれと馬の群れの距離はおよそ五メートル、というところか。
半円、というか、四分の三円でおれを囲むように、立ち止ってこっちを見ている。
おれは引き続き、馬レベル4その五、その四、その三、その二と、骨折を治療していく。もちろん、生命力の方は回復させない。
骨折を治療する度に、おもしろいくらい、同じ動きを繰り返してくれる。もう足は治っているのに、骨折しているかのようにひょこひょこと最初に歩くのは、どうしてなのだろうか。
馬レベル4その一は、足を折った訳ではないので、『神聖魔法・治癒』で治療はしたが、状態は麻痺のまま、横倒しになっている。生命力はかなり低い状態だが、まあ、死ぬことはないだろう。
雌馬が二、三頭、横倒しになっている馬レベル4その一に近づき、顔をぺろぺろとなめている。
最後に、立派なイチモツを一撃で悶絶するほど蹴り上げた馬レベル5に『神聖魔法・治癒』スキルを使用する。
治療が終わり、イチモツの痛みがなくなったのか、馬レベル5の状態は麻痺が消え、目を覚ました。
目を覚ました馬レベル5はがばっと立ち上がり、おれの方を向き直って、突進の構えで四肢を踏ん張る。
あ、こいつ、脳筋タイプだ。
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