第29話 怒った女神が姿を現した場合(2)



 不意に、おれの頭上に、光が広がり始める。

 光はどんどん強く、どんどん大きくなっていく。


 みんなの視線が、おれの頭上に集まる。もちろん、サーラも見ている。

 光の中から、一人の、とてもかわいい女性の姿が現れてくる。


 ・・・ちょっと待て。

 どうして、そんなことが、できるんだ?


 おれの頭上に、宙に浮いたまま、かわいい女性が浮かんでいる。


 この辺りでは見られない、長袖のゆったりとしたワンピース。

 ちょっとくすんだベージュ色なのだが、いろいろな文様が、赤、青、黄、緑、黒、紫などの糸で刺繍されている。


 もともと、かわいいのに、この場では、服が飛び抜けておしゃれだ。


 足は裸足だけれど、右足に銀のアンクレットが輝いている。

 左の手首には銀のブレスレット、ゆったりとした金髪は光り輝くように美しい。


 クマラが両手で口を押さえて、見惚れている。

 ノイハは開いた口を隠そうともしていない。


 セントラエムはゆっくりと目を開いた。エメラルドのような緑の瞳が、人ならぬ雰囲気をさらに広げていく。


『ウル』


「はい、女神さま」


 ウルが答える。


 あ、これは。

 ウルやおれだけじゃなくて、クマラたちにも、聞こえているみたいだ。


 聞こえていない者も多い。

 信仰の度合いだろう。


 神聖魔法が既に使えるアイラやクマラ、職業に巫女とあるジルはもちろん、『信仰』スキルをもたないけれども、女神の存在を盲信しているノイハにも聞こえている。


 そもそも、ノイハはセントラエム自身がクマラとおれをくっつけようとしたときに話しかけているしね・・・。


 あとは、ケーナの表情が微妙な感じ。


 聞こえているような、いないような・・・。


 確か、聞き耳とかのスキルがありそうな子だったはず・・・。


『迷ってはいけません。信じ続けるのです。スグルの・・・オーバの言葉を疑ってはなりません。』


「はい、女神さま。ウルは、オーバ、信じるよ」


 ウルが何度もうなずく。


『ウル。その娘、サーラを憎んではなりません。いいですか?』


「・・・はい。女神さま」


 今度は、ちょっとだけ間があいたが、ウルはこれもうなずいた。


 その、ちょっとだけの間は、サーラに対する、複雑なようで、単純な感情。

 おそらく、いらだち。


 それだけのものだろう。


『その娘、サーラは、少し、つらい思いをしたのです。

 だから、今は誰も、神でさえも、信じることができないのです。

 ウル。その娘、サーラに優しく接しなさい。

 相手が女神を信じているか、いないかではなく、誰に対しても、優しくあろうとすることです。

 そうすれば、ウル、あなたは誰からも愛され続けるでしょう。

 人に対する優しさを忘れてはなりません』


「はい、女神さま。ウル、やさしくする」


 ウルは涙を流しながら、うなずいていた。


 ジルにも、クマラにも、アイラにも、ノイハにも、「優しくせよ」というセントラエムの言葉が同時に届いている。


『ウル。アコンの村を優しさで包みなさい』


 ウルの全身が、光で包まれる。

 よく見ると、ジルも、同じように、光で包まれている。


 光が消えた後、ジルとウルには、いつもの毛皮の服ではなく、セントラエムが着ているくすんだベージュの長袖ワンピースの子どもサイズが着せられていた。

 文様の刺繍も同じだ。二人とも、大きめのサイズらしく、袖も、丈も余っている。


 プレゼントまでしやがった。


 セントラエムの奴、サーラの態度に相当怒っていたらしい。


『ジル、ウル。オーバを信じて、よく私のことを信じ続けましたね。これからも、女神セントラの巫女として、大森林の王、オーバを信じ、支え続けなさい』


「はい、女神さま」

「もちろんです、女神さま。ジルも、ウルも、オーバを信じる。ずっと、信じる」


 ジルも泣いている。


 そして、もう一度。

 セントラエムが直視できないくらい、まぶしく輝いて・・・。


 まるで、何事もなかったかのように、あっさりと消えた。


 ・・・あいつ、なんか、そういうスキルを身に付けたらしい。


 考えてみれば、当然かもしれない。

 セントラエムは、おれがレベルを上げれば上げるほど、レベルアップするのだ。


 おれがスキルを獲得したら、それと同じだけ、セントラエムもスキルを獲得する。いろいろな追加のスキルをどんどん身につけてきたのだとして、何の不思議もない。


 おれたちに姿を見せるスキル。

 おそらくそれが身についたんだろう。


 まあ、それをサーラがウルを悲しませた腹いせに実行してしまうところが、セントラエムらしいと言えば、セントラエムらしい。


 クマラやアイラ、他の村人たちも、ジルとウルを取り囲んで、興奮しながら話している。

 ヨルとサーラだけが、呆然として座っていた。






 その夜。


 おれは一人で後宮にいた。


 アイラは呼んでいない。

 セントラエムとゆっくり話すためだ。


 あの後、いろいろと大変だった。


 セントラエムの言葉は、信者にしか、届かない。この場合の信者は、心の奥底から信じている者、を指す。


 セントラエムの力を借りて、神聖魔法のスキルを行使できるレベルで信仰心がある者だ。信仰心が強くても、そのスキルが身につくかどうかは適性によると思うので分からないが・・・。





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